第24話 対面

 ホテルオークラ神戸。階段を上った中二階がロビーになっているホテルだ。正面から見える2階からの流水が流れる噴水が特徴的。南側入口近くに休業中の25メートルプールがあった。

 

 屋内にもフィットネスクラブ用のプールがあり、こちらは今も宿泊客用にも開放されていた。宿泊すればプールに入れるのか。圭吾も本音を言えば琴音をプールに誘ってみたいとは思う。水着姿の美少女なんて、非常に目の保養になるだろう。


 目的を履き違えるな、圭吾は頭を左右に振る。今回は、証拠集めが目的だ。プールでは証拠は集まらない。水着の琴音には、健全な男子として非常に気になるが今回は、鈴木と由美が利用したとしても、利用することはないだろう。非常に残念なことではあるが。 


 圭吾達がロビーに入ると左手にフロント、真っ直ぐ行くとカメリアというカフェが見えた。朝食バイキングにも利用されるホテルの一般的なカフェで、席数もかなり多い。


 ホテルの入出は基本的にこのロビー前の出入口を利用する。鈴木と由美のチェックインまでカメリアで休憩し、ホテルから出たのを確認して追いかけても間に合うと思った。


「鈴木と由美は、フロントに行ってしまったし、とりあえずメガネは外すか」

「うん!」

 フロントの横にあるエレベーターに視線を移して圭吾は考えた。エレベーターから降りるとフロントから、入口に目が行く。カフェに来るのであれば、その時に対応するだけの時間的余裕は十分ある。


「それにしても今日の圭吾、カメラマンだね」

「琴音も撮影してくれていいんだぞ」

「ん、わたしは、……考えとく」

 何が考えとくだよ。枚数が多いに越したことはないのに……。まあ、それでも腹が立たないのは、琴音に完全に惚れているからなんだろうが。


「カフェに行こうか」

「やった、カフェ、カフェ♪」

 琴音が嬉しそうに口ずさむ。フラワーロードの時も思ったけれども、琴音の歌のセンスは皆無だ。アイドルにはなれても、歌手は難しそうだな、と苦笑いした。


「あー、圭吾くん、笑った」

「琴音が幸せそうだな、って思って」

「絶対違う!」

 琴音はこう言う時の勘だけは鋭いようだった。


「ごめんごめん、とりあえず行こうよ」

 カメリアに入って入口近くの椅子に腰を下ろす。


「よいっしょっと、あー、疲れたー」

「なんかそのセリフおじさんくさいよ」

「うるさいなあ、疲れた時に言うだろ」

「言わない」

 琴音は細かいことには結構うるさい。この分だと結婚した相手は尻に敷かれそうだ。

 20分程度も歩いたので、さすがに疲れた。目の前の琴音はテンションが高く元気そうだが……。


「ご注文は……、あれ山本先輩?」

 ウエイトレスが注文を取りに来た。コーヒーを注文しようと目を上げると後輩の木村茜がいた。大学のイベントサークルで知り合った後輩だった。2年年下であどけなさが残る顔立ちだ。わりと目鼻立ちが整っているそこそこの美少女だった。


「あれ、由美さんじゃないですよね」

「あ、いや今日は由美は……」

「彼女、どなたですか?」

 茜はサークル時代、由美とも交流があり、良くイベントの打ち上げでも最後までいたため、話す機会も多かった。由美に話が伝わるとまずいと思った俺は……。


「ちょっと込み入った話なんだけれど、後で話せないか」

「いいですよー、朝シフトなので、2時には上がりますから」

「それは助かる」

「それにしても……」

 茜が顔を近づけてくる。唇に手を置いてヒソヒソ話をする姿勢で。


「誰ですかあの娘、むっちゃ可愛いじゃないですか」

「いや、話せば長くなるんだ」

「先輩が浮気する人じゃないことはわかります。でも綺麗すぎますよ。女にとってあれは罪じゃないですか」

「いや、まあ可愛いのは否定しないが」

「もしかして、浮気、いやむしろ本気ですよね」

 顔を乗り出して、矢継ぎ早に聞かれる。放置してると色々な所に話が行きそうなため、最優先事項として口止めをしておかないとならない。まず先に手を打っておこう。


「由美には内緒な」

「大丈夫ですよ、誰にも言いませんから。先輩わたしが口が硬いの知ってますよね」

 確かに茜は口が硬かった。俺の内緒話しが他者に漏れたことなど一度もない。今回、ウエイトレスが茜で良かった。由美と仲の良い友人なら即アウトだったところだ。


「だから、先輩。どういう関係なのか絶対教えてくださいよ」

「わかった、じゃあここに来てよ」

「わかりました。2時すぎに、ね」

 目の前の琴音は、事態がのみ込めてないのか、心配そうな表情で大人しくメニューを見ていた。

 琴音のことだから、選んでいるだけなのかもしれないけれど。


「そうだ、注文決まりましたか」

「俺はコーヒーで、そしてこと、いや白石さんは」

「わたしは、オレンジジュースをお願いします」

 茜の口角が上がる。『こと』に反応したのだ。前から思っていたが勘の鋭いやつだ。


「ご注文繰り返しますね。コーヒーとオレンジジュースでよろしいですね」

「うん、それでお願いします」

「じゃあ、また後で」

 茜はそれだけ言うと厨房に戻っていった。


「何言われたんですか?」

 さっきから気になっていたんだろう。切れ長の二重の瞳が圭吾をじっと見ていた。


「あのウエイトレス、後輩なんだ」

「えっ、それって、やばくないですか?」

「このまま放置するとやばいと思ったので、手は打った」

 先程、茜に待ち合わせ場所をメモで手渡した。さっき行ったフラワーロードにある喫茶店で午後2時すぎに待ち合わせの約束をした。

 流石にホテル関係者だから、ホテル内で話すわけにもいかない。


 一時的にふたりの追跡はできないが、ホテルの証拠集めには他にも方法はある。夕方以降の方が重要だから、一時間程度、時間が取られても支障が無い。


「2時からフラワーロードの喫茶店に向かうぞ」

「追跡はどうしますか」

「いったん茜を説得する。話はそれからだろ」

「ふたりを見失うのは、リスクが大きくないですか」

「仕方がないだろ」

「仕方なくないですよ」

 目の前の琴音が嬉しそうに提案した。素晴らしい発見をした顔をしている。顔に聞いて聞いて、と書いてあった。


「どう言うことだ?」

「圭吾くんは茜さんを説得してください」

「わたしは、二人を追いますから」

 琴音にしては良い提案だった。確かに必ず一緒で無くても良いのだ。さっきまでポンコツぶりを発揮していた琴音に任せるのは、正直気は乗らないが。


「あ、わたしを信用してませんか?」

「いや、そうじゃないけど」

「ほんとうですか?」

「うーん、ちょっとだけ、信用してる」

「うー、それはないですよ」

「信じてくれますか?」

「わかった信じるよ」

「わたしも信じてますよ」

 琴音がニコッと笑顔で呟いた。琴音の信じるは、ニュアンスがちょっと違うような。


「わたしも、茜ちゃんと浮気しないことを信じてますよ」

 言い直したが、やはりか……。彼氏彼女の関係ではないが、嫉妬はする。人によっては面倒くさい女に見えるかもしれない。でも、嫉妬してくれることが、少し嬉しかった。


「だから、茜はただの後輩だって」

「そんなことわかりませんよ。茜ちゃん可愛いし」

「可愛いなら、お前の方がずっと……」

「えっ」

「いやなんでも」

 琴音が身を乗り出してくる。にへらと笑みを浮かべた。


「聞こえなかったので、もう一度」

「言わねえよ」

「えー、言ってくださいよー、ほらワンスアゲイン」

「英語で言っても言わねえよ」

 琴音の表情を見れば、聞こえているのがよくわかった。終始、楽しそうだった。


 暫くするとコーヒーとオレンジジュースを茜が持ってきた。同じくらいのタイミングでロビーに鈴木と由美が現れた。これから、何処かへ行くようだ。琴音はオレンジジュースを一気に飲み干した。


「じゃあ、わたし行くね」

「これ、ここの支払い」

「いいよ、俺払っておくから」

「ありがと、じゃあまた後で」

「LINEでいいから定期的に連絡してくれよ」

「わかった」

 琴音は鈴木と由美を追跡するために、メガネをかけてロビーから外に出ていった。

 琴音が出ていったのを確認した圭吾は支払いを済ますと、フラワーロードの喫茶店へ向かうために、今来た道を戻った。


――――

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