第36話 クリスマスプレゼント
圭吾は日曜日に琴音のクリスマスプレゼントを買いに行こうと考えた。きっと琴音も用意してくれているはず。インターネットなどで買おうか一通り悩んだが、何がいいのか分からなかった。同じ大学の山下正樹に連絡する。彼はイケメンで女の子にもモテる。最良のプレゼントが分かるはずだった。
「おっ、圭吾珍しいな」
正樹に電話するのは1ヶ月ぶりだった。琴音のことで頭がいっぱいで友達の誰にも連絡をとっていなかったのだ。
「今日、暇か」
「なんで、今日電話して今日暇かって聞くんだよ」
「ダメなら他を当たろうかと」
「お前は運がいい。今日は珍しく暇だ」
最高に恩着せがましく、暇という。こんなに暇を溜め込んで言う奴は初めてだ。中学生の時からの付き合いで、悪ふざけしていた仲だから特に気にはしてないが。
「じゃあ、元町の花時計に11時に集合な」
「ちょっと待て。何でそんなところに行くんだよ」
「じゃあな」
「ちょっと待て」
相手の了解も聞かずに電話を切る。無理やり連れ出せばいい。前から度々こうして誘った。俺と正樹ならこれでいい。理由を説明するのが面倒だった。食事でも奢ればすぐに収まるだろう。
この1ヶ月を思い出す。驚くくらい琴音一筋だった。彼女と急接近した。まさかあの子が小さい時に一緒にいた琴音で、そして俺の彼女だなんて実感が全く湧かなかった。ただ、唇の艶かしい記憶。舌を入れた感覚は未だに強烈に思い出される。しかも、初めてというのだから。だが、琴音は他の女の子とは違う。絶対に泣かすなよ、と圭吾は意識を強めた。
圭吾はベッドに寝転がり、枕をギュッと抱く。あの時、後数分長くキスしてたら俺はどうなっていたのだろう。かなりギリギリだった。流石に欲情に流されるのはヤバすぎる。自分の理性をあの時ばかりは誉めてやりたい。
それにしても、思わず顔がニヤけてしまう。あの白石琴音が俺の彼女だなんて。みんなに言いたくて仕方がなかった。琴音ちゃんと言いながらゴロンと寝転がった。目の前にはクリスマスカップリングイベントのチラシがあった。
「これを何とかしないと」
ニヤけた顔を真顔に戻し、内容を読んだ。このイベントで彼女は全てを暴露する。そのための台本を用意してあげないとならない。それと仕事だ。いい加減探さないと駄目だ。流石にこのままいけばヒモ生活まっしぐらになってしまう。琴音を見ていると全てを許してくれそうだが……。それは男としてのプライドに関わることだと思った。
圭吾はノートパソコンを起動して、ベッドの中で就活サイトを見た。様々な就職先を調べながらいつの間にか寝ていた。
―――
「お前、待ち合わせ時間決めたのなら、時間通り来いよ」
きっちりと30分遅刻した俺は、花時計前で待ち続ける正樹の姿を見た。
周りには女の子との待ち合わせが圧倒的で野郎同士の待ち合わせは少ない。こいつはその中で俺みたいな野郎を待っていたのだ。腹も立つのは当然か、俺なら絶対帰っていた。
「なあ、何でこんな場所で待ち合わせるんだよ」
遅れたことよりも待ち合わせ場所の設定に文句を言われた。横に建つマンションを横目に茜のことを思い出す。呼んだら碌なことにならないと思いふたりで行くことにした。
「で、由美さんに隠れて、何をプレゼントするんだ?」
「はあ?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまっていた。
「お前がプレゼントする相手といえば由美さんしかいないだろう」
なるほど、と思った。今のところ由美の浮気が明らかになってはいないのだ。多くの同級生はまだ俺と由美が今まで通り付き合い、普通に生活を送ってると思ってるのだ。
「由美とは別れようと思ってる」
「はあ、なんで?」
凄く驚いた顔をする。そこに嫌悪の感情も混じっていた。
「仕事も世話してもらって、住むところも用意してもらって何が不満だというんだ」
由美が広めたんだろう。情報が流れすぎていた。個人情報じゃないのか。浮気の話を伝えた方がいいか悩んだが、ここで伝えて公になったら意味がない。
「このことは誰にも言うなよ」
「まあ、俺は人の恋路を邪魔はしねえけどよ」
「で、その彼女を振ってまで付き合いたい相手って誰なんだよ」
「……ナイショ」
お約束の唇の前で人差し指を立てた。
「うわ、きも、可愛い娘がやれば最高の殺し文句だがお前がやったら寒くて死ねる」
「うるせえな、とりあえずそのうちわかるからよ」
「まあ、いいか。で、なにが買いたいんだ」
正樹の良いところは空気を読むところだ。母親ほどは口が固くない正樹に今は本当のことは打ち明けられない。このくらいの情報ならば、既に由美も想定済みだろう。もちろんプレゼントの件は内緒にしてくれとは頼んだが。
「ネックレスが買いたいかな」
「ほんと、一体誰にプレゼントするんだよ」
「だから、そのうち分かるから、きっとびっくりすると思うぜ」
「そんな前振りしたら余計気になるだろ!」
元町界隈を南に向かって歩きながら、話していると見知った男女が歩いていた。今一番会いたくなかった相手だった。琴音が鈴木と手を握るでも腕を組むわけでもなく微妙な距離で歩いている。美男美女だが、その距離は兄妹のように見えた。気づかないふりをして通り過ぎようとする。
「あれ、あのふたりって鈴木と白石じゃねえの」
「お前、知りあいなのか」
「ああ、鈴木とは最近ゼミで仲良くなったんだよ」
俺は最悪の選択をしたようだった。そうだこいつは誰とでも仲良くなる。
正樹が声をかける。鈴木と琴音が振り返った。琴音が物凄く驚いた表情をして一歩後ずさった。ダメだ、琴音。分かるけどここは踏みとどまって。心で念じる。ギリギリの所でなんとか踏みとどまったようだった。よく頑張った、思わず頭を撫でてあげたい衝動に駆られる。琴音ならきっと喜んでくれると思うが、もちろん今やったら終わりだ。
「そろそろ昼だし、みんなで食事しようや」
正樹はそう言うと、それも良いな、と鈴木も頷いた。圭吾と琴音だけが微妙な表情をしていた。
結局、元町のギュールルモンテというフランス料理の店に入って、ランチコースを頼んだ。
「ふたりは、お似合いのカップルだよな、良いなあこんな可愛い子を……」
圭吾は琴音の方を向きながら、言った。琴音がこちらを見て一瞬ほっぺを膨らませた。怒ってるのか。折角、手伝ってあげようと思ったのに。店員が前菜を4人分並べてくる。野菜にはソースをかかっていた。ソテーの詳しい説明をしていたが圭吾には、琴音のことで頭がいっぱいだった。
「そんなわけでもないがな。一時期はどうなることかと思ったものだ。最近やっと琴音も理解してくれたみたいだ」
鈴木は琴音の肩に手を回す。鈴木を睨めないからなのか、代わりに圭吾を睨んだ。
「お前、なんで白井さんに睨まれてるんだ。なんかしたのか」
「いや、そんなことはないと思うけど」
琴音やめてくれよ。気持ちは分かるよ、俺だってこの茶番をすぐにでも終わらせたいんだ。でも、そんなあからさまにやって今潰してもメリットはないだろ。悲しそうな顔で琴音に伝える。もう、仕方がないなあ、とでも言いたそうな表情の後、琴音が鈴木に近寄った。ただし、近寄っても特に何もしないのは流石だ。また、さっきの女性店員がメインの食材とご飯とパンを持ってきた。琴音と俺はパン。鈴木と正樹はご飯と分かれた。横で正樹が鈴木に質問をしていた。
「琴音ちゃんって、いつもこんな感じですか」
「そうなんだよ、でもこれからは一歩づつ変わっていけると思ってる」
「よかったですね」
「そうだね、今まで出かけるのも手を焼いたからな」
正面の琴音が表情でコンタクトを取るもんだから、こっちはいつバレるか分からなくてドキドキした。
「これからどこに行くんですか」
「うん、クリスマスのプレゼントを買ってくれるらしい。秘密ということで、店に着いたら見せてはくれないようだが」
「圭吾も、お前も彼女にプレゼント買うんだろ」
琴音が一瞬、大きな瞳を輝かせて表情を明るくした。だから、お前は分かりやすすぎる。ちょっとは慎め、と心の中で唱えた。
鈴木は気づかないようだった。食事をした後、俺と正樹は鈴木と琴音と別れて、アクセサリーを買いに向かった。
「圭吾くんバイバイ、……それと正樹くんも」
だから、お前は分かりやすすぎる。夜にラインで怒らないとならないと思って、正樹と一緒に店に向かった。
―――
今日は凄く疲れた。特に琴音と鈴木に今のタイミングで会うのは正直勘弁して欲しいと思った。正樹のクリスマスプレゼント選びは流石だった。彼女の誕生月を聞かれた時は本気で驚いたけども、正樹が琴音だと知るわけがないので1月と答えた。1月3日が琴音の誕生日。三が日だからお正月と一緒にされると怒ってたっけ。小さい時の記憶が思い出された。
スマホを見るとLINEが届いていた。このスマホは琴音と茜しか知らない。スマホのロックを解除すると、数件のLINEが届いていた。
(今日びっくりしたよー、心臓飛び出そうになった)
(偶然あのタイミングで会うなんて本当どうしようかと思ったよ)
そこから絵文字が並ぶ。
(俺も驚いた。それにしても琴音、お前分かりやすすぎ)
(嘘、上手く誤魔化したつもりだったのに)
(いや、あれはダメだろ。特に別れる時なぜ、俺だけ特別扱いなんだ)
(あははは、本音が出た)
(本音が出たじゃねえだろ、まあ気づかなくてよかった、明日になれば残り15日だ。気を引き締めていこう)
(だね)
(ちなみに鈴木のプレゼントを買いに行ったのか)
(本気で言ってますか?)
そりゃそうなのだが、これは嫉妬だと思った。
(いや、分かってる。なんでもない)
(嫉妬してくれてるんだ)
(うるせえな)
(大丈夫、プレゼントは圭吾のだけだよ)
(ありがとう、楽しみにしてる)
その後、コンテスト当日の話の流れと今後起こるであろう流れを説明する。俺も琴音も優勝前提なのが不思議だが、まあそれは間違いないと思ってる。こんな可愛い女の子はそうそういない。もし、これがオーディションならすぐにスカウトされていただろう。アイドルも顔負けの可愛いさなのだ。
(鈴木がウザいくらいわたしを監視してるから、気をつけるね)
(分かった。しばらく連絡減らそうか)
(大丈夫、部屋に入れないので)
(あっ、扉叩かれた、多分鈴木だから、行くね)
(分かった)
胸が少し痛かった。今日を入れて16日、多分鈴木の性格から今襲うとかはないだろう。むしろその後が、分からなかった。有耶無耶にならないように気をつけないと、と思った。
――
圭吾頑張れ、琴音頑張れと思ってくれたら星をいただけると喜びます。
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