第35話 父親の家にて

 宝塚の自宅には2台の車が停まっていた。一台は父親の白のBMW、もう一台は鈴木のシルバーのインプレッサSTIスポーツである。以前鈴木に何回か乗せてもらったことがあったが、乗り心地があまり良くはなかった。鈴木はWRCカーで立ち上がりが最高だと言ってた。信号待ちで、一気に加速させた時は怖いからやめてと言ったら、琴音は泣き虫だなと言ってたっけ。基本的に彼とは合わないのだ。琴音はそんな速い車なんて乗りたくもなかった。父親の乗るBMWの方が好きだった。乗り心地がよくゆったり乗っていられるからだ。ただ、免許は持っているが、基本車を運転しない琴音には、どちらの車も特に欲しいとも思わない。車に興味がないのだ。鈴木と琴音は車に対する考え方も正反対だった。


(とりあえず言わないと)

 圭吾と触れ合ってしまった今、本当は会いたくもなかった。生まれて初めてのキスは琴音を欲情させていた。今までしてこなかっただけに。十年来燻りくすぶり続けただけに、琴音には強烈だった。自然と身体は受け入れる準備が整っていた。


(はしたない女と思われそう)

 下腹部が濡れてることに気づいて、顔がほてってしまう。


 鍵を開けて、自宅に入る琴音。


「琴音ちゃん、今帰ったんだ」

 琴音の家で我が家のような態度をとる鈴木。薄い唇に二重の鋭い目、鼻筋が通っていて、表情が豊かだ。見た目だけなら琴音にもイケメンだと思う。生理的に受け付けないだけだ。いつもの琴音なら無視して上がっていくのだけれども、それは流石に今はまずい。


「うん、そういやクリスマスイベント出てくれると言ったよね、ありがとう。嬉しい」

 にっこりと微笑む琴音。わたしも上手になったな。心の中は嫌悪感しかないが、その表情を笑顔で塗り固める。


「いいっていいって、それよりLINEで話した話、続きが聞きたい」

 琴音はLINEの話を思い出す。寒気がした。圭吾と繋がれた今、鈴木と話だけであっても、そのような関係になるなんてあり得なかった。鈴木が確認を入れたのは、数日前に交わしたLINEの後言わなかった言葉の先である。正直言いたくなかったし、気持ち悪かった。

――――


(涼介、話があるの)

(どうしたの琴音ちゃん、改まって)

(お父さんが主催するクリスマスカップリングコンテストって知ってる?)

(もちろんだよ。お父さんから何度か聞いてる)

(あれに一緒に出場しないかな。わたしたちの関係も三年近くなるし、この機会にね)

(僕達の関係をテレビで、特にお父さんに知って理解して欲しいんだね)

(どうかな、出てくれる?)

(僕と琴音なら優勝できそうだ。優勝したら、どうしてくれるの?)

(……ちょっとだけ考えさせて)

(わかった、その件は朗報待ってるよ。出るのはOKだ)

(それにしても、琴音が下の名前で読んでくれるなんて正直嬉しい)


 鈴木が望む話は、ちょっとだけ考えさせての後だろう。何も言わずにこのまま上がっていけたらどんなに良いだろう。それを許さないと目の前の男が無言で語っていた。


「……、わたしを好きにしていいから」

 半ばやけだ。あまりぼやかしても気づかなければ効果がない。鈴木はそっと手を回してきた。気持ち悪い。手を思わず振りほどいてしまう。心が受け付けないのだ。


「今はダメというわけか、分かったよ。クリスマスイベントの後楽しみにしてるよ。その日は寝かせないから……」

 鈴木の瞳が琴音の目の前数センチまで近づいた。心の中を覗かれそうに感じて思わず視線を外した。


「分かった……」

 それだけ言うと、二階に上がっていった。イベントまでの間、わたしは鈴木に想像の中で犯されるのかな。気持ち悪い以外の何ものでもなかった。圭吾には仲良くすると言ったが、もう二度と話したくもなかった。

 

 自室に入ると下着を脱いで洗濯用のネットに入れる。洗濯機に放り込んで自室に戻った。下着が明らかに湿っていた。顔が赤くなる。


(キスだけで感じていたの、わたし)

 意識はしてなかったけれども、自分が求めていたのは間違いのない事実だったようだ。はしたない女だと思う。先ほどのキスを思い出すだけで、全身が別の生き物になったみたいに脈動するのが感じられる。生まれて初めてのディープキスは衝撃だった。同じキスでも普通のキスとは違い、より性的な意味合いが強い。これはわたしにはまだ刺激が強すぎる。琴音は、頭を冷やそうと一階の洗面所へと足を向けた。


「琴音、帰ってたんだな」

「お父さん、ただいま」

 頭を冷やそうと顔を洗っていると後ろから声がした。振り返るといつになく上機嫌な父親がいた。鈴木からクリスマスイベントの話を聞いたのだろう。


「それにしても琴音が自らイベントに参加するとは思わなかったよ。コンテストとか嫌いだろ」

「カップルイベントは普通のコンテストとは違うから」

「そうか、それにしてもやっと許婚いいなづけらしい自覚ができたんだね」

 心底嬉しそうだ。心からこの話題が消えてくれ、と思った。笑顔で隠してるが、いつ、この嫌悪感が顔に出るとは限らない。


「がんばるから」

「頑張らなくても琴音は母さんに似て可愛いから」

 視線を父親に向けた。思わず視線が鋭くなってしまった。父親に母親のことは言って欲しくなかった。あなたが殺したも同然だと思ってる。父親は母親が亡くなるまでは好きなように生きてきた。引っ越しの連続、家族は父親に振り回され続けた。母親は心労がたたって、癌を患ったのだ。医学的には何の根拠もないが、琴音はそう思っていた。


「父さんも当日来るんでしょ」

「あっ……、ああ今の視線怖かったぞ」

「なんでもないから、それより当日……」

「もちろん行くよ」

「じゃあ、わたし頑張るから」

 微笑みの化粧をいっぱいに笑顔を交わす。


「わかった、頑張れよ。可愛い琴音なら頑張らなくても優勝間違いないけどな」

 それだけ言うと、鈴木のいる応接室に入っていった。琴音は気取られなくて良かった、とほっと息をつく。これからイベントまで残り20日。なるべく、父親とも鈴木とも関わりたくはなかった。


車の記述が多いですね。今のスバルはSTIでもそんなに乗り心地悪くはないようですけども、ただラリー仕様なんで普通の女の子には受けが悪いですよね

BMWはお高いだけあって、そこそこ伸びが良く、それでいて乗り心地がいい最高の車だと思います。

車の話が長くてすみません。

圭吾の恋はとりあえず鈴木を追い込む必要がありますね。駆け落ちでもしない限りは、鈴木が許嫁ですから。


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