第37話 初デート?
「琴音ちゃん、まだ起きてるかい」
鈴木が扉をノックする音がしたので、わたしは開けた。鍵が掛かる扉ではないので、入られたら厄介だったからだ。
「どうしたの?」
ニコッと笑顔で笑いかけた。
「来週の日曜日に海遊館に行かないか」
デートのお誘いだった。まずいな。圭吾からデートには行くなと言われている。何があるか分からないからだ。ふとした拍子に思いも寄らない行動に出ると言うこともあり得た。
「ごめん、クリスマスイベント終わってからにしようよ」
「なぜ、琴音はあのイベントに拘るんだ」
わたしは突然言われて動揺した。簡単にオッケーをしてくれたので、聞いてくるとは思っていなかったのだ。
「いいじゃない、ふたりの思い出にもなるし」
誤魔化そうと笑顔を作った。
「俺は別にカップリングイベントなんかでなくてもいいんだ。琴音が拘っているみたいだから、出てあげようと思ってるだけなんだよ」
「涼介はイベントに参加することが嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど今の琴音ほどの拘りはないよ」
「それじゃあ、行きたくないの?」
「イベントはもちろん参加するつもりだよ。お父さんもスポンサーになってるしね。ただ、それには条件がある」
「条件?」
「そうだ。今回、琴音とデートがしたい。イベントまでに一回だけでいい。してくれないなら、イベントは棄権する」
鈴木の視線がいつになく強く、わたしを見つめていた。流石に行かないわけにはならない。わたしはニッコリ微笑むと、じゃあ楽しみにしてるね、と答えた。
圭吾にはどう説明しようかと悩んだ結果、言わない方がいいと思った。心配するに決まっている。言ったところで圭吾にも選択肢がないのだ。デートをして帰ってくるだけなのに余計な心配事を増やすわけには行かない。昨日も買い物に付き合ってもらっている。デートをしたとしても今までの行動から考えたら無理やり求めてくることはない。言う必要がないのだ。
大学が休みだったこともあり、それから1週間は鈴木も来なかった。鈴木は授業のある時は父親と一緒に行動していることが多い。授業終わりに家に寄ることが日課になっていた。休みには父親とあまり関わらないため、家に来ないのだ。もちろんわたしが明らかに嫌がっていることも理由だとは思うが。そのため毎日圭吾とLINEでふたりの今後について語り合った。圭吾は仕事のことも真剣に考えてくれているようだった。この時期でありながら、面接を一社入れて来ていた。内定になればいいのにな、と思った。
海遊館に行く当日、かなり緊張してきた。残り六日になっていた。これさえ乗り切れば、後は大丈夫だ、と思ったからだ。
朝10時前に鈴木は自宅横にインプレッサSTIスポーツを停めた。
「結構、早いねえ」
「琴音がお寝坊さんなだけだろ」
「そうかも知れない」
全く乗り気がしなかった。本来であれば着替えなどもさっさと済ますのだが、まだ、普段着のままだった。
鈴木は居間で父親と談笑をしていた。わたしはなるべく露出の少ない茶色のワンピースを選んだ。上から紺のジャケットを着込んだ。今日の衣装は脚が転ばない程度に長い膝下15センチのスカートだった。絶対何もしないと言う意思を示していた。
「琴音はこの車に乗るの何回目だっけ」
「四回目くらい」
「五回だよ」
「そっかー、あんまり乗ってなかったね」
「デートなんて初めてだからな。嬉しいよ」
わたしは笑顔を作った。出来れば後ろの席に座りたかったのだけれど、流石にそれはまずいと鈴木の隣の席に座った。
「海遊館初めて行くね」
「君は殆どそのような場所に行ってないだろ」
「だねえ」
愛想笑いを浮かべてしまう。確かに断りまくったから行くわけもなかった。正式に付き合った相手も鈴木以外いなかったし、友達と行く気にもなれなかったのだ。圭吾となら行きたいな。圭吾今、何してるだろう。
「君はあまり乱暴な運転は苦手だったね」
「うん、怖いから……」
「分かった。義父さんからも言われている」
珍しく紳士的な運転だった。由美と付き合って女性の気持ちがわかるようになったのだろうか。だが、そこになんの感情も感じなかった。
車は神戸線を通るのではなく、景色の良い湾岸線を通った。大きな橋がかかっていて確かにロマンチックに感じれる光景だった。もちろん鈴木でなければだが。
「琴音はどんな曲を聴きたい」
鈴木は大量に音楽データを入れているのかどの曲でも再生できると言っていた。わたしは何も聴きたくなかったので、適当でいいよと答えた。早く終わって欲しかった。
「先に食事をしていこうか」
ランチの予約をしていたのかラヴイエ1923というステーキカフェに入った。
肉フレンチというジャンルの店である。ランチメニューを頼んだ。オマール海老と肉のメニューだった。ランチなのに四千五百円もした。
「おいしいね」
わたしがニッコリと微笑むと、鈴木は嬉しそうにした。相手が浮気をしてるにも関わらず、わたしは少し罪悪感を感じた。
今日の鈴木はいつにもなく優しかった。エスコートも無駄がなく優雅で、あれ、こんな人だっけと思った。
海遊館のチケットを購入して水族館に入った。1番の目玉はジンベイザメの大きな水槽だが、様々な水槽があり飽きさせなかった。
ペンギンの水槽に来てみているとペンギンが目の前で転んだ。可愛いよ、と微笑んでいたら、そっと耳元で君の方が可愛いよ、と言われた。
もし圭吾とキスしてなかったらヤバかった。浮気した件もあるのに、かなり心が持っていかれていた。危ない。鈴木ってこんなキャラだっけ。もっと子供ぽいと思っていた。由美とのデートを重ねたことで女性の扱いが相当慣れたのかもしれない。それに比べてわたしはかなり幼かった。
結構やばいかも……。圭吾助けて、と思った。
ジンベイザメの水槽は思ったよりも遥かに大きくて、雄大に泳ぐサメが印象深かった。大きいねえ、と見ていたら肩をそっと抱かれた。気づくのが遅れるくらいさりげなかった。いつものわたしなら、肩を抱かれる前に身体を移動させるのだが、ジンベイザメに見入っていたため、気づくのが遅れ、結局抱かれた格好になる。
今日は本気でヤバいかも、と思った。鈴木の熱い視線を何度も感じた。何か決意をしているようにさえ思えた。このまま、普通に家に帰れそうになかった。
「ちょっとお手洗い行ってくるね」
鈴木にそう伝えて、ジンベイザメの水槽の近くのトイレに入った。大きく息を吐く。かなりヤバいことは間違いない。今日1日を見ていて思った。電車で帰りたいな、と思うがそんなこと許されるわけもない。鈴木はどこかホテルを予約してるのではなかろうか。
圭吾にLINEを送る。
(ごめん、今鈴木と海遊館に来てる)
(はあ、なんで?)
(行かないとクリスマスイベントに参加しないと言われて思わず受けてしまった)
(それ、連れて行く口実だろ。なんで受けてるんだよ。そもそもなんで相談してくれないんだよ)
(ごめん、心配させると思って)
(ああ、どうするかなあ、それ絶対ホテル予約入れてるよ)
(だよねえ、わたし断れる自信が全くない)
(どうしようか。とりあえず車に乗らないわけには行かないけれど。ホテルの話は先にしといた方がいいと思う)
(うん)
(それとなく、ホテルとか予約してないよね、と聞くんだ)
(分かったよ、やってみる)
(その対応次第で、また考えよう)
(ありがとう。もし最悪鈴木を避けられなかったらごめん)
(そんなこと言うなよ。俺が焦るから)
(だよねえ、わたしも焦ってる)
戻ってきたわたしを鈴木が出迎える。
「行こうか」
わたしはこのタイミングしか無いと鈴木に聞いた。
「この後どこに行くの?」
「秘密だよ」
ニッコリと笑った。これはかなりの確率で間違いない。
「わたしね、これはわたしの憶測でしか無いんだけれど、そういうのは初めてだから」
「わかってる。嬉しいよ」
「いや、そうじゃなくて!」
思わず焦って口に出た。明らかに拒絶を意味する。もう背に腹は変えられない。絶対抱かれたくない。正直、怖かった。
「なぜ、今日ではダメなんだね」
「まだ、心の準備できてない」
「そこが最後まで不思議だったんだ」
鈴木とベンチに腰をかけた。わたしの強い拒絶を感じたのか、話を聞いてくれる気になったらしい。無理やりはなさそうと思って、少しホッとした。ホッとすると涙が落ちた。泣いてるんだ、この歳になって処女を大切に取っておくなんて、流行らないかもしれない。でも、圭吾との関係を壊されるようで思わず出た涙だった。
涙を拭いながら、ごめんと言う。
「全然覚悟してないじゃないか。なのに数日後には好きにしていいと君は言った。その真意が分からなかった」
わたしのあまりにも軽すぎる言動を反省した。確かにわたしにあまりにも似つかわしくない言葉だったのだ。初めから抱かれる気がないから言えたのだった。
「今日は抱かないから、これだけ教えて。どういうつもりだったんだい」
ここは、間違いは許されない。鈴木はわたしを疑っていた。たぶん初めて疑ったのではなかろうか。この答え次第では、当日イベントもなくなる。かと言って、ここでまたトイレに行くとことはできない。気づくと涙が止まらなかった。
「ごめんね、ごめん。わたし初めてだよ。こんなの何度も言うことじゃないけれど。初めてだから、そのタイミングはわたしが決めたい。それにね。涼介、わたしが好きにしていいと言ったら無茶苦茶にするかな?」
わたしは上目遣いに見た。泣いたせいで瞳が潤んでいた。
鈴木はわたしの言葉を聞きながら自分の気持ちを整理しているようだった。じっと見つめている視線に気づいて考えがまとまったようだった。
「いや、そんなことするわけないじゃないか」
「だよね、だから言ったんだよ。涼介じゃなかったらきっと言ってない」
「分かったよ」
鈴木は笑顔でそう言った。わたしはチクリと心が痛んだ。利用するものは全て利用した。女の子が見ていれば最低の女に見えたかも知れないな。鈴木は何も言わずに送り届けてくれた。
家に着くと真っ先にベッドに転がり込んだ。良く騙せたものだと思った。本当にギリギリだった。処女で良かった。鈴木もわたしが処女だったから、こんな無茶な言い訳を飲んだのだ。後は当日だけだ。それにしても鈴木は紳士的だったな、と思う。いつもこうであれば、もしかしたらわたしの心はかなり前に陥落してたかも、と思った。
でも今は後悔なんてない。彼は浮気をして別の女を数回以上抱いたのだ。結果として圭吾と共同戦線を取ろうと言った。その事実は変わりない。残り日数は明日で六日。もう僅かなところまで来ていた。琴音はスマホを開いた。圭吾から何件もLINEが送られてきていた。無茶苦茶焦っていたようだった。助かった気持ちと圭吾の優しさに触れられて嬉しかった。早く教えてあげなければ、とラインに入れた。
(大丈夫だよ。何にもされてない)
(良かった。本当に本当によかった。琴音の心が壊されないで本当によかった)
この文字を噛み締めながら、わたしはまたうつ伏せになった。
「本当に怖かった」
安心したら涙が出てきた。本当にわたしは泣き虫だ。
(琴音、俺から提案があるんだけど、いい)
スマホのバイブが鳴った。圭吾からLINEが送信されていた。
(どうしたの)
(今回のようなことを防ぐ意味あいで、琴音の家の合鍵作って送ってくれないかな)
(わかった。何があるか分からないもんね)
(ありがとう。なんとなく気になるから、使うことはないかもしれないけどね)
――
今回ばかりは危なかったですねえ。
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本日は読んでいただき、ありがとうございました。
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