第44話 謝罪
「僕はもう帰るからな」
鈴木は周りの厳しい視線に居た堪れなくなったのか、そのまま会場を後にした。
怖かった、本当に怖かった。琴音は膝をついて座り込んだ。
「大丈夫? 気分悪くない」
「うん、大丈夫、あんなことがあった後だから」
身体の震えが止まらなかった。鈴木との馴れ初めの話をしようとギリギリまで思っていた。本当に寸前のところで変えたのだ。もし変更していなかったら、最悪の結末が予想された。自暴自棄になったのが逆に良かったのか。視線を上げると父親が近づいてくるのが見えた。思わず目の前の圭吾に緊張が走る。
「なんですか」
「本当に、すまなかった」
意識が追いついてきていなかった。目の前の光景には現実味があまりにもなさすぎた。目の前の父親は土下座をしていた。
「顔を上げてください」
圭吾がニッコリと笑った。手を差し伸べる。わたしも一緒に手を差し伸べた。二人の手を握り立ち上がった。
「圭吾くん、お久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです」
「君のことは忘れたことなどなかったよ、大阪に診療所を決めたことをわたしはずっと後悔していた」
あの父が圭吾を覚えていた。信じられないことだった。
「実を言うとだ。君を知ったのは引っ越す前日だった」
手に持った鞄から小さなノートを差し出した。
「実はずっと封印していた。これを渡した時の琴音のわたしに向く気持ちが怖かった。引っ越しは決まっていた。だから、渡さなかった。本当に済まなかった」
日記の最初の方はお母さんの病院での闘病日記だった。最初は自分の病気のことを書いていたのだが、あるページから変わっていく。日常の琴音のことが山ほど書かれている為、重要なところだけを追ってみる。
(5月8日 琴音に初めて好きな子ができたの。優しい男の子。好きなのを隠してるようだけど、わかるのよねえ)
(5月13日 琴音が彼に出会って変わっていった。まだメガネは手放せないみたいだけど、おしゃれになった。毎日、鏡の前で格闘してるのを見るのが微笑ましい。今まで普段着も適当だったのにね)
(7月25日 琴音が海に誘われた。帰ってきたら真珠のような綺麗な石を持ってた。圭吾くんにもらったのって聞いたらあからさまに無視して上に上がってしまった。顔が耳朶まで赤かった、輝いてて眩しい。若いって良いわね)
次は母親の心配が書かれていた。
(圭吾くんと付き合うのは良いけど、ちょっと早いけど伝えておかないと。わたしは多分その時には、居てあげられないから。女の子にはリスクがある。付き合うと言うことはそう言うことだ。リスクを犯して泣くのは琴音だ。圭吾くんは優しいけども、男の子はリスクより興味の方が遥かに大きい。そこで間違いが起こったら確実に責任が取れない)
これはわたしが帰ってきた時に言われたな。わたしはすごく鬱陶しく感じたことがある。でも今にして思えばわかる。間違ってない、全然間違ってないよ。
暫くすると書かれることも減ってきた。末期に入って、眠っている時間が増えたのだ。わたしのこともお見舞いに来た時に数行触れるくらいになってきた。
最後のページをめくった。
(わたしはもう後わずかしか生きられないだろう。わたしの心配は琴音のことだ。あの人は、琴音の一番の幸せは医者にすることだ。もしダメなら医者と結婚させてもいいとも、言っていた。わたしはそうは思わない。人の幸せなんて、他人がとやかく言えるものでもないから。だから、わたしはあなたに残します。たった一人のわたしが愛して、共に生きたあなた。琴音には自由に生きさせてあげてください。そして、ここからはわたしの遺書です)
(ひとつはあなた。わたしのことなんか忘れて再婚してください。あの子にはまだ母親が必要です。例えば看護師の雪菜さんなんか、いいかもね。家庭的だし、面倒見が良いし、多分あなたのこと好きだよ。女だからわかる。でも、あなたが選ぶ人だから誰でもきっと大丈夫。それとね、これはわたしからのお願い。あなたが大阪に開設したいと言う話は知ってる。何度か言い争ったけど、やはりこの神戸で暖かく見守ってくれるかな。ごめん、これわたしの最後のわがままだね)
(もうひとつは琴音。ごめんね、先立つわたしを許してください。あなたにも新しいお母さんが来るかもしれないから仲良くしてね。お父さんには神戸に留まるように言ったから、多分引っ越しはなくなる。それと圭吾くんとのこと応援してる。彼は良い子よ。琴音のこと好きでしょうって聞いたら、はいと答えた。あまりにもはっきりと言われたからびっくりした。実はね、何度かお見舞いにも来てくれたの。何にも喋らないけども花とか持ってきてくれた。優しい子だから、きっとふたりは大丈夫)
(じゃあね、あなた、琴音。わたしがいなくても、泣かないでね。これは無理かー。って自意識過剰だね。じゃあね、バイバイ)
最後は別れと言うよりもちょっとどこかに行くように締められていた。
わたしは父親の瞳を見た。怒っていた。
「なんでこれ教えてくれなかったの」
「この遺書を見た時、大阪の病院の契約は決まっていた。もうやり直しできる状況ではなかった」
「お母さんに最初に説明しなかったの」
「ごめん」
わたしの糾弾する声を圭吾が止める。
「もう終わった話なんだよ。お父さんは、だから謝罪したんじゃないか」
「でも、でも勝手に許嫁を決めて、ずっとずっとわたしの意見なんて聞かなかった」
「琴音、仕方がないわ。お父さんも悩んでいたんだと思う。親の娘を思う幸せって一つじゃないわ」
こんな大切なものをずっとわたしに黙っていたのが許せなかった。
私が飛び出そうと後ろを振り向いた。
「また、逃げるの!」
目の前の茜がわたしを睨んだ。
「なあ、逃げて解決するなら逃げろよ。お父さんからだけじゃなくて、俺からも逃げるのか?」
圭吾の言葉が胸に突き刺さる。お父さんからだけじゃなくて、圭吾から逃げるのか。それはあり得ない話だ。
「ごめんなさい」
「いいよ、いいよ、ギリギリで踏みとどまったんだから、えらいぞ。えらいえらい」
頭に手を置いて撫でてきた。いや、すごくこれ恥ずかしくない。番組は終わっていたけれど、会場の風景は未だに静止画としてSNSにアップされていた。
「鈴木に関しては本当に謝る。私が完全に見過っていた。それと圭吾くんに関しては今の今まで大学にいるのすら知らなかった。本当にびっくりしたよ。ふたりが再度付き合いだしたのを知って、心臓が飛び出すほど驚いたよ」
「お母さんの遺書は見せないつもりだったんですか」
どうしてもこの件に、わたしはキツくなる。
「どこかで告白すべきだった。受験の時は医大に入ると頑張っていたから水は刺せなかった。大学に入ると許嫁ができたからより言えなくなった。二人とも美男美女だし、うまくいくだろうと安易に考えていた。すまない」
「結果論だけどさ、もう許してあげれば?」
現状を考えたら、お母さんの言う通りに再婚以外はなって行きそうだった。すぐには許せるわけはないが、時間が解決していくかも知れなかった。お母さんが一緒になれと伝えた圭吾が言うのだから、間違いないと思う。
「それはそうとですね、これは運営のお願いですが、優勝賞品をお渡ししたいのですが」
私は頭を振った。だってこの賞は一位になったカップルがもらう賞なんだ。圭吾は参加してさえいないし、鈴木と一緒に優勝はしたくない。
「繰上げですか、まあそれでしたら検討してみますね」
最終、父親とも打ち合わせて、繰り上げになったようだった。どんな理由でも鈴木と優勝はヤバすぎる。
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