第45話 飲み会

 その後お父さんは病院の仕事があるから、と帰ってしまった。帰り際に圭吾に声をかける。


「予定を教えて欲しい。娘が正式に付き合ったら、一度ご飯食べにいくのが夢だったから。それと話したいことがある」

「わかりました。僕は言っていただければ大丈夫ですので、お父さんの空いてる日に合わせてください」

「わかった。琴音から伝えさせるから」

 お父さんが会場を出て行くのを3人で見送った。


「じゃあ、打ち上げに行くかねえ」

「えっ、打ち上げするんですか」

「やっと終わったんだ。行こうよ」

 元町の、茜のマンション。コンビニでつまみとビールやお酒を買って帰って来た。


「まあまあ、疲れただろうから、ベッドにでも座って」

「さっきは床だっただろう」

「細かいことは気にしない。鈴木には座られたくなかったから。圭吾と琴音ならいいよいいよ」

 みんな思い思いにお酒を持つ。圭吾はビール。わたしと茜はライムサワーだ。みんな声を合わせて乾杯をした。


「仕事の後のお酒は美味しいよ」

「めちゃくちゃ緊張しましたよ。もうダメかと思った」

「まあ、今回は琴音が頑張ったよ」

「実はあの前に鈴木から全部知ってると脅されてたんです」

「うっそー、やばかったじゃん」

「でしょ、もう泣きそうでした」

 柿の種を食べながら、ライムサワーを飲んだ。美味しい、大人の贅沢だ。琴音は、ライムサワーの喉越しを楽しみながら今日のことを考えた。あの性格なだけに、鈴木はうまく行ったら強行してでも関係を持とうとしてきたはずだ。本当に何もなくて良かった。


「それにしてもお父さんとの話って何か琴音、知ってるんじゃない?」

「わたしは知りませんよ。でも、ちょっと今日はお父さんとの距離が縮まって嬉しいです」

「親公認だもんね。もう行くところまでいっちゃう?」

 茜がライムサワーを飲み切って、酎ハイを飲みながらニヤニヤした視線で圭吾とわたしを見た。


「ちょっとー、わたしたちそんな、まだキスくらいしか」

「えー、キスしてたんだ。やはりあの日?」

 こくりとうなづく。ライムサワーを飲み干した。


「圭吾もすみにおけないねえ。で、どこまでのキス? キスでも色々あるじゃん」

「それは……」

「この話題やめようよ。なあ……」

 茜の表情がいやらしい表情になる。


「それ、バラしてるのと変わんないけども。じゃあさ、エッチとかするの?」

「知らない」

 わたしきっと顔真っ赤だよ。目の前の圭吾も話題には乗り気ではないようだ。ビールを飲みながら、無視を決め込んでた。ただ、わたしの言動が気になるのかチラッと見てくる。お互いいい歳をした大人なのだ。近い将来そのような関係になるのは当然だ。今言われるのは確信をつかれているようで嫌だった。

 

「そっかー、まあ浮気の件があったからねえ。でも、それならもう無くなったわけだし」

「まだ残ってるよ、由美さんのこと」

「そっちはもういいよ」

「ううん、良くないよ。ちゃんとしないと。まだ別れたことにすらなってないよね」

「それはそうだけどよ」

「ここへ呼んじゃう?」

「馬鹿言うなよ」

「喫茶店で会おうよ。わたしも同席するから。ちゃんとしとかないとわたしたちが浮気になっちゃうよ」

「分かった。連絡しとくから、琴音も同席お願いな」

「うん、もちろん」

 わたしはニッコリと笑った。今の圭吾の彼女はわたしなのだ。ここはきっちりしないとお互い嫌な思いをすることになる。わたしも酎ハイを飲む。


「それはそうと茜は彼氏作らないのかよ」

「それ、圭吾が言う?」

「いや、それはそうだけどさ」

 茜も好きな人は一緒だった。茜ならば応援してくれるけれども、好きと言う気持ちを抑えるのは辛いことだろう。好きと言いたくても言えなかった少し前までの圭吾との思い出と重なる。ダブル浮気がなければ、今の関係にはならなかった。本当に運が良かった。


「それはそうと仕事決まりそう?」

「うるさいなあ、探してるよ」

「ニート決定だね」

「そうならないように頑張ってるんだから」

「わたしは急がなくてもいいけどなあ。なんなら、わたしが働いたらいいし」

「うっわー、でた。それにしても初任給じゃどうにもならないよ」

「うん、分かってる。毎月、お小遣いももらってるから」

「はい?」

「はあ?」

 目の前の圭吾と茜が顔を突き合わせた。普通と思ってたことは普通じゃなかった。


「いくら毎月もらってるの?」

「えー、と言わないといけない?」

「そりゃそうだろ」

 目が泳いでしまう。やはり一般的ではなかったのだ。そんな気はしてたけれども。酎ハイを一気に飲んで酔いの勢いに任せた。


「20万、かな」

 にっこり可愛く笑顔で言う。糾弾されるのは目に見えてるので、なるべく最小限に。


「そりゃ、許嫁でも文句は言えんわ」

「だなあ」

「えー、それ酷すぎない?」

 わたしの相場観がおかしかった。大学に入ってお金もいるだろうからと毎月20万もらっていた。仕事をしてもなくなることも無さそうだった。これ以上、飲むと帰られなくなるので、酔い覚ましにオレンジジュースを手に取る。


「世間知らずのお嬢さんっているのよねえ」

「本当、驚いたよ」

「まあ、人のお金事情にとやかく言う気はないけども、自立した方がいいよ」

「そうかなぁ」

 確かになにか変だな、とは思ってた。これで限度なしのカードも自由に使えるなんて言ったら何言われるか分かったものではない。


「まあ、金持ちの考えることはわからんわ」

「そんなお金持ちだなんて」

「あんたの親の会社、超有名なクリニックじゃん、それでそこのお嬢さん。確かにあんたは抜けてるから、お嬢様ぽくはないけどね」

「うわ、ひっどーい」

「まあまあ、琴音は充分にお嬢様だよ。可愛いし」

「うわ、惚気話きたー」

「うるさいなあ」

「このラブラブなふたりにボッチなわたし。とても不幸な気分になるわー」

 茜が圭吾に近寄る。もう、カシスオレンジも飲んで次のお酒を探していた。完全に酔っていた。茜の唇のすぐ近くに圭吾の唇があった。


「ねえ、キスくらいしても大丈夫よね。目の前の琴音もオッケーだし」

「オッケーなわけないでしょ」

 なんか涙が出てきた。


「ちょっと冗談だって。泣かないでよ」

「冗談でもそう言うのやめてください。苦しくなるから」

「あーあ、完全に堕ちてるね」

「なんかその表現エロくない?」

「うーん、でももう圭吾のためならなんでもしちゃうって目をしてるよ」

「うるさいなあ、もう。そうです、わたしは圭吾くんのものなんだから」

「……、ちょっと引いたわ」

 茜もわたしが一途なのを分かっててやってるんだろうけども、改めて聞かされると確かに完全に堕ちてるね。何言われても確かに応えてしまいそうな危うさは感じた。まあ、相手は圭吾くんだし、そんな要求しないだろうけども。


 その後、恋バナに女子ふたりで盛り上がってしまい圭吾だけが完全に取り残された格好になってた。


「お疲れ様」

 2時間くらい盛り上がって気がついたら遅い時間になっていた。22時15分か、結構盛り上がってしまったな。


 圭吾はその後家まで送ってくれた。


「気をつけてね」

「琴音もな」

「ちょっと待って」

 わたしが身体を伸ばして圭吾の唇に触れた。


「んっ……」

 軽いキスをして、そのまま離れた。この瞬間がたまらなく幸せだ。ちょっとお酒の香りがした。


「じゃあまた明日」

「うん、朝起きたら連絡するな」

「うん、お願い」

「バイバイ」

 わたしは圭吾が見えなくなるまで、手を振っていた。


読んでくれてありがとうございました。

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