第51話 圭吾の家
圭吾くん、今日は迎えに来なくていいからね。昨日、琴音に言われていた。いつも会う前には必ず迎えに行っていたから、行かないと時間が長く感じられてソワソワする。今日は何度も、二階の部屋から外の景色を見た。もちろん来る時間まで余裕があったのでまだ来ていない。
11時5分前に家のインターフォンが鳴った。
圭吾はすぐに階段を降りて、玄関のドアを開ける。目の前には琴音の笑顔があった。茶色の上下、ワンピースとジャケットがお揃いの色でブラウスが白だ。スカート丈が膝上15センチくらいあるので、結構短く視線がどうしてもそちらに行ってしまう。
「エッチ……」
視線に気づいたのか、少しスカートの端を持って琴音が呟いた。
「ごめん」
「いいけどね」
ちろっと舌を出した。
右手には菅屋の刻印されたお菓子の紙袋があった。朝から並んで買いに行ってくれたのだろう。
「どうぞ、入って」
圭吾が玄関の扉を開けて琴音を中に通す。
「本日はお呼びいただきありがとうございます」
玄関で深々と頭を下げて挨拶をした。慌てて出てきたお母さんにお土産を渡す。
「これ、宝塚の名物です」
「知ってるわ、美味しいのよね」
琴音は母さんの心を掴むのに成功したようである。
「お茶淹れてくるから、暫く居間で休憩していて」
居間に入ると父親が目の前の椅子に座っていた。
「どうぞ、座って」
俺と琴音は居間の長椅子に座るように促される。母親がお茶と琴音が持ってきたきんぷくりんを配った。そのまま、父親の隣に座る。圭吾はお菓子を一口食べてお茶を飲んだ。栗の味がしっかりしてて、甘すぎず美味しかった。
「琴音さんって、いいお名前ね」
「はい、ありがとうございます。白石琴音です。山本さんとはクリスマスくらいからお付き合いをさせていただいております」
「圭吾ったら何も言わないからびっくりした。お相手がこんな可愛い娘だったなんてね」
両親共に琴音をじっと見た後に、圭吾を見る。そのまま何往復か繰り返していた。正直、琴音の容姿に言葉以上に驚いていたようだった。
「すみませんでした。父が無理を言って。お正月をご家族で過ごせなくしてしまったこと。ごめんなさい」
「いいよいいよ、お正月なんて気にしなくったって」
「まあ毎年のことだからな。それより圭吾にこんな美人の彼女を連れてきたことが驚いたよ」
「そうそれよ、琴音さんに会ったら聞きたかったのよ。出会いとかも全く言わないし」
「そうなんですか」
「そうなのよ、琴音さんの名前自体昨日初めて聞いたしね。仕事が決まらずに何やってるのかと思ったら」
「仕事のことはわたしにも責任があるのです」
「えっ? なんで……」
「わたしが由美さんとの関係を潰しちゃったかな」
「いやいやいやいや、あれは浮気されてたから当然だろ」
「まあ、色々とあったみたいだけど。そういや圭吾が幼馴染というんだけど、どういうこと?」
「わたし、小学生のある一年間神戸にいたのですよ。その時に圭吾くんとは同級生で色々と連れて行ってもらいました。わたしその頃人見知りが酷く圭吾くんがいなければ今の自分はなかったな、って感謝しています」
「へえ、親には何も言わないから分からないのよね」
「うるさいなあ」
そこで一旦話を切り、少し真面目な顔になった。
「そうだ、琴音さんのお父さんって、何か事業やられてる方なの?」
「父は診療所を開いております」
「へえ、琴音さんのお父さんお医者さんなんだ」
「じゃあさ、やはり婿養子に来て欲しいとかあるの?」
「婿養子、……ですか?」
「そう言うのあまり考えてないの?」
「いえ、父が考えてるかもしれません」
「そっかー」
父親が背もたれにもたれかかっていた姿勢を正した。
「白石さん、……歴史で聞いたことがあるかもしれないけどは日下部定好って知ってるかな」
「はい、織田信長に仕えた武将のひとりだったと思います」
「山本家はね、この日下部家の本家の一派なのよ」
「どれ、家系図でも見せるかな」
家系図は巻物になっており日下部定好から始まり、ずっと続いていた。圭吾も小さい時に説明されたのを思い出す。自分の家が戦国大名の一派だと言うのは子供心に嬉しかった。しかし、今はこの家系図が重い。
「こんなに一代も絶やすことなく続いてきたんですね」
「今の時代だから、本家と言ったって崩壊の危機にあるのは事実。だからこそ、琴音さんには……」
「もういいって。その話は今する話でもないだろ」
俺は話を切って、琴音に二階の部屋に案内した。圭吾は何もわかっとらん、後ろから父親の声が聞こえた。
「ここが圭吾くんの部屋なんだ」
琴音が勉強机の端に手をついて、俺を見た。
「たくさん勉強したんだね」
「頭が悪かったから勉強しないと受からなかった」
「嘘ね。うちの大学理系と文系では偏差値10くらい違うもんね」
「関係ないよ」
「関係あるよ。あーあ理系工学部か、羨ましいな。理系行ってたら鈴木の話もなかっただろうし。わたしにとっては本当羨ましいよ」
「まあ、琴音には俺がいるし」
「だねえ、今は幸せだよ」
「それはそうと、ごめんな、つまらない話聞かせてよ」
「つまらなくないよ、凄く大事な話だよ。恋愛はふたりでできるけど、結婚は周りのことも考えなくちゃ」
「でも、琴音はお医者さんの一人娘だろ。きっと……」
「その先は言わない」
琴音が人差し指で圭吾の唇を塞いだ。
「明日、お父さんから似たような話あると思う。わたしは正直わからないの」
「うん」
「婿養子とか、家系を守るためとか、わたしには想像できないんだ。今は圭吾くんがいて、凄く好きで充実してる。もちろん結婚したいし、その後の生活も一緒に歩んでいきたい、と勿論思ってる」
「俺も分からないよ。家族が大切にしてきたものを守らないといけないと言う気持ちは当然にある。でも、琴音とは別れたくない」
「それでいいんじゃない。わたしも圭吾もつき合って僅か数日。分かるわけがないよ」
「そうだな」
「今はそれよりも……」
琴音が圭吾の身体に飛び込んだ。ベッドに倒れ込む。暖かくて、柔らかくていい匂いの琴音。一定のリズムで刻む心臓の鼓動が聞こえた。
「こうしたら安心する?」
「琴音がだろ」
「圭吾くんは?」
「俺も……、安心する」
「ねっ!」
「ちょ、ちょっと、ここでは……」
「どうしたの」
スカートが捲れそうだったから、戻したら、顔を真っ赤にしていた。
「勘違いしたの」
「なにと……」
「ベッドの上だし、その、あの……スカートに手を入れたのかと。こんな悩ませちゃったから、それも仕方がないかな、と」
「エッチ」
「圭吾くんのせいだから……」
顔を真っ赤にして、視線を外した。
「知らない」
「ごめん」
「じゃあ、責任とってキスして」
「えっ」
瞳を閉じて唇を突き出してくる。
ゆっくりと琴音に体重を載せて押し倒すようにキスをした。
これ今扉を開けられたら、完全に勘違いされるな。
そして扉が開けられる。
「お昼ご飯、お寿司頼んだか、あっ」
何でこうもタイミングが悪いんだ、と言うかノックくらいしろよ。
「ごめーん、どうぞ、ごゆっくりー」
慌てて母親が出ていった。
「ちょっとー、圭吾くんのせいだからね」
「そうなの?」
「うん、わたし凄いはしたない女性だと思われたよー」
流石にベッドに押し倒されてキスしてたと言っても、人の評価はあまり変わらないだろう。
「圭吾くん、ちゃんと言っといてね」
「何を?」
「なんにも、なかったって」
いや、それは琴音無理ありすぎるだろう。
圭吾はその後、家族に非常に苦しい言い訳をするのであった。
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