第50話 バイト先にて
アルバイトが決まったため、圭吾は30日までの四日間、琴音と殆ど会えていなかった。朝、仕事を探して、昼から夜遅くまでバイトのシフトを入れていた。
コンビニの店内に来店の音楽が流れる。
「いらっしゃいませ」
来店してきたのは琴音だった。
「琴音、どうして」
「とうとう来ちゃったよ」
「ダメじゃ無いか。こんなに遅くに出歩いたら」
現在は夜の22時。女性が出歩く時間としては不思議でもない。だが、琴音は宝塚の家から15分間歩いて、電車に乗り西宮のコンビニまでやってきたのだ。過保護だと思われようと、夜道を一人で歩くのは心配だ。鈴木との事件から、1週間くらいしか経っていないのだ。
「だって、だって、……」
琴音が強く抱きついてきた。上目遣いの瞳が潤んでゆれていて、とても保護欲がかり立てられる。ただし、ここは圭吾のバイト先だ。
「ちょっと、待ってよ。他にも店員もいるし、……ね」
琴音の両肩を抱いて、ゆっくりと離した。
バイトの章先輩がこっちに来た。
「お前、今日は帰っていいから」
「いや、俺後2時間働く予定が……」
「お前あほか、いや確実にあほだろ!」
「そんな言い方しなくても」
「お前がこんな可愛い彼女できる可能性は人類有志、地球が生まれてから知的生命体が生まれるより、遥かに低いんだぞ。そこを理解しろよ」
「そんなことないですよ。圭吾くんかっこいいですから」
琴音がふたりの会話に割って入る。こう言う冗談を間に受けるところも実に琴音らしい。
「まあ、いいや。それなら俺が代わりに送り届けてやろう」
章先輩は任せろという顔をしてニヤリと笑った。送り狼になる気満載の笑顔だ。
「圭吾くんっ……」
凄い困った顔で全力でこちらに助けを求めてきた。
「あっ、俺送っていくんで帰ります」
「やっぱり圭吾くんだ」
琴音がまた全力で抱きついてきた。
「羨ましいぜ、そんな美少女に惚れられるなんて」
ふたりを交互に見た後、不思議そうに言う。
「どうしたらそんなに懐かれるんだ?」
「ひなの時から育てると懐きますよ」
「ちょっと圭吾くん、わたし鳥じゃない」
「わかってる例えだ」
「まあ、あながち間違ってないけどね」
俺と琴音の出会いを考えるとこの例えがしっくりきすぎて笑ってしまう。もし子供の頃に出会ってなかったら、鈴木の話を俺になんてしなかっただろう。あの時の出会いがあったから、今のふたりがあるんだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて帰りますね」
深夜の道は暗くて女性の独り歩きには不向きだ。ここまでひとりでよく来たなあ、と思う。
「心配になるから、今度からは夜遅くに出歩かないようにな」
「なら、もうちょっと時間作ってよ。わかるけど、こんなのってないよ。わたし……こんなの望んでない」
「お前に並べる男になりたいんだ」
「もうなってるよ」
琴音は一言言った後、言わないといけないことを思い出したようで、そこで言葉を区切る。
「そうだ。お父さんがお正月空いてる、と聞いてた」
「お正月は朝から家族でお祝いするくらいだから、午後からなら空いてると思うよ」
琴音がゆっくりと首を振った。
「おせち一緒に食べようって」
「えっ、お正月朝からお邪魔していいの」
「うん、わたしからも一緒にいて欲しい」
「わかった。親には言っとくから……」
「大丈夫かな?」
「多分、大丈夫だろ……」
「お父さんも話したいことあるらしいし」
「どんな話? すごく気になるけども」
「ないしょ」
「なんだよ、それ」
琴音は口に手を当てて笑った。そう言えばここ数日間、この笑顔見てなかったな。寂しくさせたな、と圭吾は思った。
「じゃあ、明日は圭吾暇?」
寂しそうな表情で、少し気を遣いながら上目遣いで聞いてきた。
明日から三日までは休みにしていた。流石にここまでバイト入れてたら、本末転倒だと思っていたからだ。
「じゃあ、どこか行こうか。圭吾決めといてね」
「分かった」
圭吾は琴音の住む宝塚の家の前まで戻ってきた。父親の車が戻っていた。
「お父さん帰ってるみたいだから行くね」
「うん、また明日」
「明日ね」
振り向く少し前にふわりと髪を肌に感じた。心地よい匂いが漂う。唇が柔らかさに包まれた。
「ガード甘いよ」
少し悪戯っぽく琴音が言う。
「琴音相手だからな」
「そっか、そうだよね。わたし以外とは禁止、……だからね」
「当たり前だろ」
「じゃあ、今度こそ本当にバイバイ」
「うん、じゃあ行くね」
琴音を見送って自宅へ戻る。
西宮の家に着くと、玄関に母親がいた。
「どう仕事、決まりそう」
「まだ分からないよ」
「まあ、ゆっくりと決めればいいよ」
「それはそうとあんた、お正月は家にいるだろうね」
「いや、朝から出かける」
俺がそれだけ行って上に上がろうとしたら止められた。
「なぜ、お正月に何の予定があるの」
「えっ? あっ、……言ってなかったっけ」
「何のこと?」
「俺、少し前から女性と交際してるんだ。お正月はそこのお父さんが連れてこいって」
「はあ? わたし何も聞いてないわよ」
「そりゃそうだ。今言ったんだからよ」
「なら、明日お付き合いしてるお相手の娘さんをうちに連れてきなさいよ。水くさいわよ」
「えー、連れてこなきゃダメ?」
「由美さんの時だって連れてきてたでしょう。正月にいきなりいなかったらお父さん止められないわよ」
「わかった。ちょっと琴音に電話してみるよ」
「琴音!? あんたやけに親しいわね」
「うるさいなあ」
「モテないと思ってたけど、こんなところ父ちゃんと似なくても良かったのに」
「俺はあいつとは似てない」
「そんな頑固なところも父ちゃんにそっくりだよ」
圭吾は琴音に電話をかけた。数回鳴って琴音が出る。
「あっ、圭吾くん!」
「もしもし、琴音」
「どうしたの?」
「うん、実はさ、お母さんに正月の話したら、明日連れて来いって言われてさ。琴音明日、うちに来れないかな?」
「行っていいの?」
「もちろん」
「わかった。じゃあ何時くらいがいいかな」
「いや、その前になんかお母さんが話したいみたいだ。代わるな」
「あっ、うん」
母親が圭吾の電話を奪うように取り、圭吾にとっては余計な話をしていた。10分くらいして電話を返してくる。
「どうだ」
「なぜ、そちらの親御さんのこと言ってくれないのよ。わたしすっごく失礼な彼女、……だよ」
「そんなことないよ」
「うちの家が家族付き合いないからか、わたしもそう言うの疎いのよ。明日は11時にそちらにお伺いするから。圭吾くんよろしくお願いします」
「わかった。あまり怒るなよな」
「圭吾くんの家庭の事情全くわからないんだから、教えてよね」
「わかったよ」
電話を切って、母親の方を見る。
「ねえ、圭吾。あんたもしかして凄いお嬢様と付き合ってない?」
「なんで、そう思う」
「話し方がね、生まれ持ってのお嬢さんなんだよ」
「明日来れば、分かるよ」
「あんた、本当に何も言わないから、心配だよ」
「大丈夫だって」
「どこであんたら出会ったの?」
「幼馴染だよ」
「はあ?」
「本人に聞いて。俺そう言うの話すの苦手だからさ」
「わかった」
「じゃあ、上行くから」
「大丈夫なの、琴音さんは将来うちにお嫁さんに来てくれるんだよね」
「そんな先のこと分からないだろ」
圭吾は二階の自室に戻った。琴音がうちに来る。少し前なら考えられなかったことだ。圭吾は琴音のことを考えながら、いつの間にか眠りについていた。
――
読んでいただきありがとう
今後のよろしくお願いします。まだ続きます。
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