第49話 由美
「琴音!?」
琴音の肩を叩いた。
「どうしたの? 圭吾くん」
「声が大きいよ」
琴音を呼び止めようとしたのが間違いだったのかもしれない。思いっきり由美にバレていた。由美と目の前の彼氏は、顔を見合わせた。由美が咳払いをして、独り言を言う。
「圭吾、可愛い彼女と来れて幸せでしょうね。わたしなんて従兄弟と来てるから楽しくもないよねえ」
「はあ? 俺あんたの従兄弟じゃねえ」
ヒールが大きく上に上がり思いっきり振り下ろされた。
「いたたたたー、お前何やるんだよ」
「従兄弟だよねえ、わたしたち」
「従兄弟じゃねえだろ、こい」
今度は倍の高さからヒールが落ちた。
「ひえええっ」
明らかに骨が折れたような鈍い音が聞こえた。大丈夫なんか。
「そうだよ、従兄弟だよ。だから、……お願い頼むから近寄らないで」
びっくりするくらい早い速度で強面の兄ちゃんが逃げていった。
「あらら、従兄弟帰っちゃった」
「従兄弟じゃねえだろ」
「従兄弟よ、誰がなんと言おうとね」
このすぐバレる嘘ですら、納得させようとするのが由美だ。
「ねえ、圭吾」
「どうした琴音」
「圭吾に琴音って呼び方定着しちゃったの。もしかしてあんた達もうやった?」
「何を言うんですか、圭吾とわたしはまだキスしかしてませんよ」
琴音が思いっきり誘導尋問に引っ掛かっていた。
「やっぱり浮気じゃん」
「浮気じゃないですよ。圭吾くんの本命はわたしですから。わたしが彼女です」
「何言ってんの。2カ月くらい前に急に付き合い始めたくせに」
「付き合い出したのはそうでも、圭吾くんとの出会いはあなたと大して変わらないわ」
激論を繰り広げられるふたり。ただ、ここがユニバーサルスタジオの店内であることを忘れてはいけない。
「なんか可愛いお姉ちゃん、怒ってるよ」
「見ちゃだめよ、ゆうくんは知らなくてもいい世界のお話なの」
「僕が知らなくてもいい話?」
「そうよ、わかったら行くよ」
要するに行き交う客から思いっきり引かれていた。
「なあ、事の発端の俺が言うのもなんだけど、とりあえずパーク内から出て近くの喫茶店で話でもしないか?」
由美と琴音に睨まれた。琴音は由美に関しては一歩も引く気がないようだ。
俺と琴音と由美は、ユニバーサルスタジオの外にあるスターバックスコーヒーまで戻ってきた。ホテル京阪内に入っている店。ユニバは外部持ち込みが禁止されているため、そんなに混んではいなかった。俺はキャラメルマキアート、琴音はフルーツフラペチーノ、由美はキャラメルフラペチーノを注文した。
俺たち3人はユニバが見える窓側の席に座った。由美が奥の席、琴音と俺が手前の席に着く。由美が髪の毛をかき分けて、俺と琴音を見た。
「かいつまんで話すな」
「二人の馴れ初め?」
「まあ、そんなとこだ」
「俺がゼミ旅行でいなかった日のことを覚えてるか?」
「あー、覚えてるわよ」
「あの日、実はゼミ旅行に行かないで様子を見ていたんだよ」
「どう言うことなの」
「琴音から鈴木と由美が浮気していると聞いたから」
「はあ? 嘘もやすみやすみ……」
で、これが写真。俺は自分のスマホから、由美に何枚か写真を送った。
「で、これがどうしたの」
かなり動揺しながら答える。瞳に怒りの色が見てとれた。
「これより少し前に琴音は、鈴木のパソコンを開けて予定を確認できてたんだ。その一つがこれ。予定ならいくらでも言ってやれる。ここ一年くらいの外出や俺がいない時を狙っての不倫」
圭吾は大量の浮気の証拠データを送った。
「で、これが元町ホテルでのデート」
この後の音声も録ってある。
「だから、なんなの、これ。わたしが浮気していたのは分かったわ。でもさ」
由美は琴音に指を指す。
「あなただって浮気をしてるよね。そもそもそっちが先という可能性だってあるわけじゃん」
「そんなわけないでしょ。わたしと圭吾くんが付き合ったのはあなたの浮気の後なの」
「それを証明する証拠もないわけだしね」
「でもさ、逆に言うとそれ以前から付き合っていたという証拠もないわけだろ」
「それは……」
「俺は由美がいつから不倫関係だったのか知っている」
「由美さん、それとね。わたしは鈴木の許嫁だったから。いつも会えるわけじゃなかったのよ」
「琴音さんは、じゃあわたしと鈴木が浮気してたから、それで近づいて、やがて好きになっていったと言うわけね」
「そう、かな」
琴音がチラッとこっちを確認した。過去の話は言わない方がいい。言えばきっとこの女は引かないだろうから。
「圭吾……」
突然、由美が両手を握ってきた。
「わたしが全て悪いわ。でもね、これは出来心なのよ」
「出来心でこんなに浮気を重ねないし、そんな振りをしても今回ばかりは許さないから」
由美はもう一度、髪をかき分けた。瞳が怒りの炎に揺れていた。
「琴音さんね、あなたは鈴木と別れた寂しさから、この男に近づいたんだと思う」
琴音がチラチラ、こちらを見てくる。言いたくて仕方がないのが分かる。
「だから、わたし言っとかないとならないと思って。これはね、あまり公にはしたくないんだけど、圭吾ね、ちょっと性癖が特殊なの」
「おい、ちょっと待てよ」
「圭吾くんは黙って。これは大事な話よ」
すごい真面目な顔で琴音に言われた。
「特殊とはどう言うものなんですか?」
「あなたには分からないかもしれないけど、流石に聞いたことくらいあるかな。ムチで叩いたり、縄で縛ったり、蝋燭使ったりするプレイ」
「えぇー!」
ちょっと待て、こいつ無茶苦茶な嘘をサラリと言ったぞ。何を考えてるんだ。ただ、これはこれで圭吾は、琴音の反応が無茶苦茶気になった。
「ちょっとびっくりしちゃった」
俺を潤んだ瞳で見てくる。
「わたし、そう言うの本当に何も知らないから、ゆっくり教えて。圭吾くんが好きなら、わたしはいいよ」
この告白に俺は無茶苦茶感動した。こんな無茶苦茶な話ですら、真剣に考えて前向きに捉えようとする。嫁にしたら最高すぎるだろ。
「いや、琴音。ごめん、全部こいつの嘘」
「え、そ、そうなの!?」
目の前の由美の怒りの炎が増した。
「驚いたわ。SM趣味なんていえば、引いて別れると思ったんだけれど、あんたみたいな美少女が、なぜこんな男に拘るの。寝たから?」
「だから、寝てないって、抱き合ったりはするけども」
琴音が想像して幸せそうな表情をする。
「圭吾くんも初めは気づかなかったけど。わたしは覚えてた。わたしたちは小学生のある一定期間を共に過ごし、恋をした関係にあったから。ずっと圭吾くんのことが好きだったから」
「そんなわけないでしょう。あなたみたいな娘は、小学生の時のクラスのどこにもいなかったわよ」
「そうかな、わたしの名前は白石琴音。記憶にないかな?」
目の前の由美が過去の記憶に触れた瞬間。その顔は醜く歪んだ。
「もしかして、メガネの?」
両手を叩いて、琴音がニッコリと笑った。
「大正解!」
「信じられないわ。あのブサイクがどうしたらこうなるのよ。あんたもしかして整形でもしたの?」
「元からだったんだよ。メガネで隠してただけ。圭吾くんには何度か見せたことある」
過去の記憶を思い出して、怒りの炎に更に火がついたようだった。
「そっかー、十年越しの恋かー。それなら尚更、条件つけさせてもらわないとね」
「条件?」
「だって、とりあえずわたしに勝ち目なさそうじゃん」
「えらく簡単に引くなって思って」
「あら、わたしも女の子よ」
「で、その条件というのは?」
「マンションの借りるお金全部出してたでしょ。後生活費、それらを一括で返して欲しい」
「いや、由美それはあまりにも酷いだろ……」
「それだけで良いの?」
「えっ、あっ、ちょっと琴音」
「あなたが払うの?」
琴音が自分の持っているポシェットから銀行の封筒を取り出した。
封筒を開けると帯封が入った二セツトの札束が入っている。
「ここに200万ある」
「琴音、やめろよ。由美に金を渡す必要はないんだ」
「圭吾くん、でもこれで脅されることも無くなるの。いつかこうなると思ったから、用意していたの」
「これは俺と由美の問題なんだ。金で解決する問題でもない」
「あなた、凄いわね。そんなお金をポンと出せるなんて。わたしでも無理だわ。正直びっくりした」
「圭吾くんと一緒にいるためなら、何でもするって決めたから」
「だから、さっき言ったことが本当ならわたしは大丈夫だよ。熱いのちょっと怖いけど慣れれば……」
「琴音さん、ごめんあんた本当にこいつに惚れてんのね。ドン引きするくらい誠実で驚いたわ。あんた、でも圭吾で良かったわね。他の男なら何されるかわからないわよ」
「琴音その話題、今後禁止な」
「えと、ごめん」
「あーあ、なんかめんどくさくなってきた。わたしはあの従兄弟とでも適当に生きるわ。圭吾が訴えるとか言うなら、わたしも戦うけども、ね」
「もういいよ、鈴木は排除できたし当面の問題は解決した」
「お金のことはもういいの?」
「気持ちが変わる前に行ったら。わたし気持ち変わればうるさいわよ」
「なら、行こうか琴音」
「うん、圭吾くん、じゃ由美さん、さようなら。ありがとうね」
「わたしは何もしてないわよ」
「彼女の座を譲ってくれて」
「飽きたら返しなさいよ」
「飽きないですよー」
琴音が由美に舌を出した。
珍しく由美がニッコリと笑った。
「それと、圭吾これまでありがとね。お父さんには適当に言っとくから安心して」
「わかった。これまでありがとう。さよなら」
圭吾と琴音はスターバックスを出て駅に向かって歩き出した。
「あーあ、アトラクション一個しか乗れなかったよ」
「もう一度、入り直すか」
「いいねえ、行こ!」
ふたりは駅と逆方向、ユニバーサルスタジオに向かって歩き始めた。
―――
ふたりの後ろ姿を見ながら由美がひとり呟く。
「あーあ、もったいないことしちゃったな」
空を仰ぎ見た。どこまでも雲ひとつない青空が広がっていた。
「つまらない浮気をして、大切な人を失ったことに今更気づくなんて、わたしって本当にバカだ」
「あっ、……」
由美はかなり長い間そこから動けなかった。
―――
由美への仕返しが足りないとか言われそうですね。
僕的にはこれもひとつの結末かなと思いました。
これでしがらみも無くなりました。
もう少しだけこのお話にお付き合いください。
それではまた明日。
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