第48話 パークにて
次の日、夜が明けるとすぐに父親は仕事に行ってしまった。今日は大学の講義もないので、特に予定はない。バイトは由美と一緒だったから随分前に辞めていた。生活費が必要なかったからだ。琴音と地に足をついて歩いて行くことを考えるとバイトだけでも先に決めないと駄目だと思った。
「おはよー」
流石にずっと同じ部屋というのは、お父さんの目もあったので、昨日は琴音の隣部屋に布団を敷かせてもらって寝た。
今の状況だが、まだ圭吾は布団から出てはいない。目の前に琴音の顔があった。
「ねっ、しよ、朝のキス」
「んっ……」
唇に触れるくらいの軽いキス。10秒くらいして顔を離す。少し後に身体が震えた。琴音のいい匂いがする。温かい。圭吾の身体の中に収まるように琴音が抱きついていた。
「ここが一番落ち着く」
「そ、そうかな」
朝は色々とまずい。性欲が高まりやすいのだ。身体は欲望に非常に素直だった。
「あっ……」
「あっ」
「なんか熱いものがあるよ」
「ごめん、琴音」
恥ずかしいので、琴音を引き離そうとする。
「いいの、このままで」
「いや、それはまずいと思う」
とても自制心が保てる気がしない。
「我慢できなくなっちゃう?」
瞳を潤ませながら、上目遣いで見てきた。
この目はやばい。なんか昨日から妙に色気が出ていて、心臓がやばいくらいに脈を打っていた。
「圭吾なら、いいけどなあ」
この言葉に一気に冷静さを取り戻す。
「あっ」
ゆっくりと引き離して、琴音を見る。
「こんなところで勢いじゃなくて、ちゃんと段階を踏んでいきたい」
父親の言った節度あるお付き合いとはそう言うことなんだろう。琴音は特別なんだ。
「そっかー、優しいね圭吾」
「当たり前だろ、何年来の付き合いだと思ってるの」
「そりゃそうか。じゃあ、ご飯作ってくるから、ちょっと待っててよ」
上目遣いにこちらを見る。
「じゃあ、行ってくるね」
圭吾の身体からゆっくりと離れて、扉を開けて出ていった。去り際に一言大きな爆弾を置かれた。
「女の子だって、欲望あるってこと忘れないでね」
「えっ!」
慌てて下に降りていった。胸のドキドキが止まらない。頭が今の言葉を何度も反芻する。もしかして誘われていた。もちろん、答えなんて見つかるわけもなくて、悩みは空回りして、気がついたら琴音に呼ばれていた。
目の前にご飯、スクランブルエッグ。ハム、サラダとお味噌汁が置かれていた。
琴音の今日の格好は、白の上下のワンピースだ。腰のところにリボンがあり、こちらがアクセントになっている。
「ごめんね、簡単なものしか作れなかったけども」
「いやいや、充分すぎます」
琴音は料理に関しては、普通に作れそうだった。残念ながら夜ご飯をご馳走になったことはなかったけれども、朝ごはんはかなり早く作っている。慣れている証拠だ。
「琴音って料理上手?」
「あー、わたしは男親しかいなかったから必要に迫られて上手くなったの」
「そうだ、今度お弁当作ってあげるよ」
ゼミの日、日程が合えば、琴音のお弁当が食べられるということだった。それは楽しみだ。
圭吾はスクランブルエッグを食べ、ご飯を食べ、味噌汁を飲んだ。相変わらず母親の匂いのする美味しいご飯だ。
暫くすると鍵屋がやってきてシリンダーごと交換した。琴音から渡しておくね、と圭吾に最初の一本を渡された。後は琴音と琴音のお父さんの分だそうだった。
「圭吾くん、今日はどうするの?」
「仕事先探そうかな、って」
「一緒に探してあげるよ」
琴音が圭吾の横に椅子を近づけて来た。
「家に帰って調べようとしてたのだけれど」
「ここでも一緒だよ、ここで探そうよ」
「じゃあ、そうしようか」
琴音が椅子に座りながらこっちに視線を向け、少し言いにくそうに聞いてきた。
「お父さんに相談してみようか」
「いいよ、いいよ」
「なんで、アドバイスくらいもらってもいいよね」
目の前の琴音がいつになく真剣な表情をしながら言った。
「そうだな」
「会う日が決まったらそうしようかな」
「じゃあさ、気分転換に今日はデートしようよ」
「えっ?」
「だって今までわたしたちデートらしいこと全くしたことないよ」
「鈴木がいたからなあ」
「だから、圭吾くん、今日はデートしてください」
「わかった、今日はそうしようか」
「やったー、じゃあどこ行こうか」
「元町?」
「いや、もういい。いっぱい行ったー」
「琴音はどこ行きたいの」
「思いっきり彼女らしく、ユニバとか」
「えー、大阪出るの」
「うんうん」
「ユニバに行こう。実は一度も行ったことない」
圭吾は由美と結構行ってたことを思い出す。
「あっ、その微妙な表情はもしかして……」
「仕方ないだろ」
「じゃあさ、エスコートしてよ」
「分かったよ」
ユニバーサルスタジオは夢洲という人工島に造られた体験型アトラクション施設だ。ハリウッド映画を舞台にしたアトラクションと子供向け遊園地施設、スーパーマリオをモチーフにした施設がある。チケットは通常チケットと一部のアトラクションが待ち時間なしで乗れるエクスプレスパス7とエクスプレスパス4がある。ただ、両パスともに売り切れていた。圭吾は通常パスの予約を取ろうとした。
「カードか、コンビニ払いか」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「えーと、432……!?」
圭吾は打ち込んでいるスマホの手を止める。振り返り琴音を見る。途中で止まったのを見て首を傾げていた。
「どうしたの?」
「それお父さんのカードだよな」
「親子カードだよ」
「ダメだって、勝手に使っちゃあ」
「えー、許可もらってるけど」
「もらっててもダメ。ここは俺が出すから」
琴音にはきっちりと言っておかないとならない。あまりにも琴音は親に依存しすぎている。なんでも親頼みだと自立できなくなる。
「えー、でもお金なくなるよ」
「なくなる前に、バイトをする」
「固いねえ、圭吾くんは……」
「軽いのが好きか」
「うううん、そこが好きなんだけどね」
「じゃあ、お昼ご飯とかはわたしが持つね。どうも持ち込みできないみたいだし」
「わかった、そっちは頼むわ」
宝塚から、ユニバーサルスタジオまでは乗り換えを挟んで50分くらいだった。
尼崎まで電車に乗り、大阪駅へ。大阪駅から西九条乗り換えでユニバーサルスタジオ駅までである。
「うわー、これが夢にまで見たハリウッドだよー」
外の街並みの雰囲気も中に合わせて駅を出た瞬間から、そこはハリウッドだ。楽しそうに歩きながら、ユニバーサルスタジオ入口の地球儀までやって来た。
「大きいねえ」
「ねえ、わたしたちの記念写真撮ってもらおうか」
「そうだね」
「すみません、写真撮ってもらえますか」
道行く男の人にカメラを渡して琴音が戻ってきた。地球儀の前で抱きつくような形になる。琴音、カメラ渡す相手を考えろよ、と心の中で思った。彼女が非常に険悪な顔をして見ていた。男が琴音に気が入ってるのに気づいたのだろう。男の方も可愛い女の子が対してカッコよくもない男と抱き合ってるのが非常に気に食わないようだった。
「ありがとうございました」
琴音だけが気づくこともなく幸せそうに帰ってきた。
「みんな親切ね」
「……そうだな」
あの光景を見て気づかないのはある意味すごいよ、琴音。
入口でチケットを見せて中に入る。ディズニーであれば期間中の入園は何度も可能だがユニバーサルスタジオは一度だけだ。
「うわ、本当に西洋の街並み。凄いねえ」
街並みから細部に至るまで雰囲気を合わせているのが流石ユニバーサルスタジオだ。
「何から乗ろうか」
琴音が聞いてきたので、ジュラシックパークを勧めた。最近のアトラクションも良いけど、それは圭吾が知らなかった。
「怖くない?」
「多少……」
「まあ、いいや、面白そうだし」
ジュラシックパークのエリアの近くまでくると、恐竜の音とともにメインテーマが流れる。臨場感は最高だ。待ち時間は30分。冬は寒いからやはり狙い目だな、と思った。
「ここって恐竜と戯れるようなお話なの?」
「どうだろうね」
「なんか怖いのとかあるの」
「さあ、どうでしょう」
「やっぱり映画みたいに怖い目あうの」
「映画怖いよねえ」
「圭吾くん!!」
目の前で怒ってる琴音がいた。
「どうした」
「今のセリフ思い返して見て」
「うん」
「どう思った」
「何にも答えてないや」
「でしょう、わたしこんなに怖がってるのに、酷くない」
「分かった、少し怖い目合うよ、これで良い」
「分かった」
簡単に納得してくれて良かったとホッと胸をなでおろす。
順番が来るまで他のアトラクションやイベント、レストランの話をしていたが、やがて順番が来る。
ライドに乗り込んだ。一番前は怖いので真ん中を選んで琴音の隣に座る。ずぶ濡れになる可能性があるのでポンチョを着た。琴音が俺の手をぎゅっと握る。見ると少しはにかんでニッコリと笑った。
「ようこそ、おいで下さいました」
ジュラシックパークのテーマとともに、ライドが動く、大きな扉が開かれた先には恐竜が生息しているかのような光景が広がっていた。
「かわいい」
草食恐竜が樹木を食べてる光景を見て、琴音が楽しそうに見ていた。
「ゆったりしたライドで良かった」
「そうか」
「こういうライド好きよ」
俺は琴音に心の中でごめんね、と謝った。
突然、流れる警告音。どうやら道を間違えたらしく、肉食恐竜のいるエリアに突入してしまったらしい。
「うわ、怖いよ、あの恐竜に食べられちゃうよ」
小さいが明らかにダメな肉食恐竜が目の前に迫ってくる。
「きゃあー」
寸前のところで避けられた。
「ワープします、ワープします」
警告音はまだ続いている。目の前には大きなティラノサウルス。恐竜の王様だ。
目の前に来て食べられると思った瞬間、突然暗転して落ちた。
「きゃああああっ」
凄い距離を落ちて行く。
こんなに落ちて大丈夫なの?
気づくと水に着水。もちろん水を大きく浴びた。ネタバらしをすれば落ちてると見せかけて、実はレールを早い速度で降りて行く絶叫マシーンである。じゃなきゃあの高さ確実に死ねる。
「これ、急流滑りの怖い版?」
「よくわかったね」
「ポンチョ買ってて良かったよ。でもビショビショだよー」
「怖かった?」
「無茶苦茶、怖かったです」
「圭吾くん、耳貸して」
「どした?」
「パンツの中までぐちょぐちょだよ」
「ごめん、それ誤解招くから人には話さないで」
琴音も気づいて一気に顔が真っ赤になった。
「ちょっとお手洗い行ってくるよ」
「うん、ゆっくりで良いよ」
「ありがとう」
「履き替えてこいよー」
琴音がこっちに走って近づいてくる。
「だから、それ言わないで。恥ずかしいから」
「わかった」
圭吾は右手を振って琴音を見送った。
15分経って琴音がトイレから出てきた。
「おまたせ」
「復活した?」
「うん、大丈夫」
「散々だったな」
「圭吾くんの、せいですよーだ」
身体を少し前に突き出して、舌を出す。
「で、次はどこ行こうか」
「ユニバで食べるなら美味しいハンバーガーの店があるよ」
「マクドかな」(関東の人はマックと読み替えてください)
「違うよ。メルズドライブインというユニバ専門のハンバーガー店があるんだよ」
カウボーイが出てきそうな入口の中にハンバーガー店があった。本家のマクドよりも肉厚なバーガーが挟まって美味しそうだ。ただ、値段も3倍、分量も1.5倍は多かった。俺は良いけど、琴音は大丈夫だろうか。
琴音はダブルビーフチーズバーガセット、俺はアメリカンテリヤキバーガーセットを選んだ。
「一口食べてみる。美味しいよ」
目の前の琴音も一口食べてた。
「美味しいね」
次から次へと口へ放り込もうとすると琴音から不満の声が聞こえた。
「どうした?」
食べながら、琴音の方を見遣る。
「わたしも圭吾くんのハンバーガー食べたいなあ」
「そっか、食べる」
「うん!」
嬉しそうに俺の食べたところを噛む。
「うん、美味しいよ」
「圭吾くんもこっちからガブっと食べて」
「え、でもこれ琴音が食べたところじゃん」
「だから?」
「いや、こっちから食べます」
「よろしい」
どうやら、特にハンバーガーが食べたいわけではなくて間接キスがしたいだけだった。
飲み物なら分かるけども食べ物ではあまり聞かなかった。
「そう言えばさ」
「どうしたの、琴音」
「由美さんの時、生活費いくら貰ってたの?」
「うん、父親の仕事に入るまでしばらくの間って、毎月5万くらい」
「そっかー、なら私も援助しないとね」
ニッコリと微笑んで、財布を取り出した。
「ちょっと待って」
「どうしたの?」
不思議そうな表情をする。
「いや、それあまりにも情けない男だろ」
「そっかなあ、わたしは圭吾くんの力になりたいけどな」
「いや、受け取れないよ。由美の場合と事情が違いすぎるし」
「違わないよ」
ニッコリと微笑む琴音。
「圭吾くん信じてるから、わたし達一緒になったらこのお金は2人のもんなんだよ」
「わたしの貯金ね。今総額で5000万は超えてるの。あんまり使わなかったから、いつの間にかね。でも、これはふたりのものよ」
「いや、それは共同財産じゃないからさ」
「結婚したら一緒だよ。圭吾くんが困ってたらわたしが助けないとね」
「ごめん、今は情けない状況ですまん。これ受け取ったら最低だから。明日からバイトでもなんでもするからさ」
「分かったよ、圭吾はやっぱり優しい」
「いや、普通だよ、それあてにするやつがクズすぎるだけだよ」
俺と琴音はご飯を食べながら次のアトラクションを二人で選んでいた。見知った人物を目の端に見つける。少し前まで一緒にいたあの女だった。
「由美……!?」
由美が見たことのない男とパーク内にいた。
―――
まさかの会いそうにないところでの接触です。さてどうなることでしょう。
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