第11話 決戦の時 序

 11月15日 土曜日。

 とうとうこの日がやってきた。

 由美は今日と明日、お友達の家に泊まりに行くことになっていた。

 もちろん嘘をついてるのは間違いない。メールの内容から、本日鈴木と会うことは間違いなかった。


「じゃあ、友達の宏美のところに行ってくるね」

 由美は10時過ぎに出かけて行った。宏美と言っているが、俺は由美の友達の中でそんな名前の友達を知らない。


 恐らく具体的な名前にすると、俺が電話をかけるニアミスが起こる可能性があるからだろう。ニアミスでなくても、電話をかける可能性はある。


 友達と口裏を合わせると言う方法もあるが、そこまで信頼のおける友人はいなかった。由美の交友関係は、俺とも仲が良いため、場合によっては来ていないことをばらしかねない。

 由美にとっては架空の友達にする方が都合がいいのだ。


「浮気しちゃだめだからね」

 その言葉だけ言い残して出かけて行った。

 琴音とはあの日から会っていないから、少しは信頼を取り戻したのかも知れない。

 もっとも今回に関して言えば、自分のこと優先で俺の浮気など二の次になってるのだろう。


 出かけたのを確認して、俺は琴音に電話する。


「もしもし、あっ圭吾くん!!」

 圭吾くんのところがワンオクターブ上がった。友達と10日以上会わなかったのだから、当然だよな。当然なのか?


「琴音、本日は尾行することになる」

「そうだね。見つからないように気をつけないとね」

 楽しそうに琴音は、笑った。久しぶりのデートを楽しむ彼女のようなトーンで。ここはもう少し緊張感を持ってほしいものだが。


「そうだよ。見つかったら元も子もないんだからさ」

 それから1時間ほどでマンション前に琴音はやってきた。上下白のお揃いの服。スカートは少し短めのフリルスカートだった。いつも似合うよな。服が似合うのか可愛いから似合って見えるのかは分からないけれど。


「ごめんな、ここまで来てもらって」

 左右にゆっくり首を振る。ロングヘアの髪が揺れる。太陽のせいだろうか、その笑顔がとても眩しい。


「ううん、ここの方が目的地も近いわけだし問題ないよ」

 あらかじめ二人が相引きするホテルはわかっている。鈴木も流石にラブホテルを選択するほど野暮ではないようだ。

 

 本日、宿泊予定、ホテルオークラ神戸。元町商店街から500メートルの距離にある35階建のホテルで、展望台やプールまで完備されている。


「それじゃあ、行こうか」

「じゃあ、お願いします」


「えっ、ああ」

 琴音から手を繋いできた。表情を見るとニッコリと笑顔を返す。そうだよな、監視に行くとは言っても行くのは高級ホテル。


 デートをしてるように周りに溶け込んだ方がいいだろう。自分をそう納得させようと思う。隣の琴音は……。


「みんなから、どう見えるかな」

 他のカップルが仲良く手を繋いでるのを見てたからだろう。対抗意識でも燃やしたのか聞いてきた。

 恋人同士に見えると言って欲しそうだった。ちょっと照れ臭かったため、圭吾は。


「うーん、兄妹に見えるかな」

「いててて」

 思いっきり手をつねられた。

 琴音は首を大きく振る。


「ふん、しーらない、っと」

 琴音の機嫌を損ねてしまったようだ。チラッと琴音の方に視線を移す。言葉では怒っているようだが、怒ってるようには見えない。機嫌を損ねたふりをしているだけだった。凄くご機嫌な琴音がそこにはいた。


「ホテルオークラ神戸までのルートは、と」

 電車を乗り継いで行かないとならないようだ。琴音と隣りあって駅まで向かう。機嫌が完全に良くなったのか。腕を振る手が大きい。手を離して、今度は腕を絡めてきた。


「……、えっ」

「だめ、かな」

 じーっと熱い視線を送ってくる。やはり、琴音は俺のことを意識してくれてるような気がする。


「いや、ダメな訳じゃないんだけれど」

「じゃあ、いいよね」

 腕を押し付けてくる。必然的に胸が腕に当たる。これはヤバい。今は自制心、と何度か唱えた。


「そう言えばさ、昔もあったね」

 琴音は不思議なことを言った。そういや、携帯ショップでも同じようなことを言ってたな。聞き間違いかと思っていたのだが。俺は確認のため琴音に聞き返した。


「昔もあったって、なんのこと」

「そうだよね、やっぱり覚えてないか」

 琴音は絡めた腕を離して、大きく伸びをする。それから、また腕を絡めてくる、


 琴音と俺が接点を持ったのは、大学一年のサークル。四年前のことだ。その間も彼氏彼女という関係になんか、もちろん一度もならなかった。腕を組むなんてあり得ない。琴音の近くには鈴木がいた。もちろん今のような関係になりたいと思ったことはあるけども……。


「琴音と腕を組んで歩いたことなんて今までなかったと思うけど」

「やっぱり、覚えてないか」

 少し寂しそうな琴音。俺の足をちょっと蹴りながら歩く。


「痛いって……」

「昔、と言っても小学5年から6年までのことだよ」

「はあ?」

 予想外の答えだったので、何を言ってるのか分からなかった。返事にも色濃く表れてしまったようだ。


 小学生の時にこんな美少女がいるわけがなかった。いたら忘れるわけがない。でも名前に引っ掛かりを感じた。あれ、白石。頭の片隅に残っているその名前に心当たりがある。そういえば、俺は完全に思い出した。


「眼鏡っ子」

「えー、ひどい、わたしそんなあだ名だったんだ」

「わるい、ごめん。完全に忘れてた」

 白石という名前自体は忘れたことはなかった。確か5年の時に引っ越してきて、6年の夏が過ぎると引っ越して行った。


 その一年半の間は、よく遊んだ。転校生というのは、積極的に話しかけていかないと、クラスで浮くものである。


 特に白石は大人しいこともあり目立たなかった。だから、声をかけた。とても地味で目立った特徴もなかったことから、眼鏡っ子という区分で考えていた。


「わたし、可愛くなったかな」

「びっくりした、と言うか今の今まで白石があの白石と思わなかった」

「じゃあ、努力した甲斐もあったのかな」

 そう言えばもともとパーツ的には昔の白石も可愛かったのだろう。やたらと大きなメガネと目立たない性格が災いしてあまり意識したことはなかったけど。


「そう言えば、さ」

「どした?」

「お通夜の時のこと、覚えてる?」

 忘れることなんて、出来るわけがなかった。

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