第12話 琴音の気持ち

 白石琴音が、山本圭吾と出会ったのは小学五年の春のことだった。

 どうせ友達なんてできることないし。できてもすぐに転校した。琴音の父親は遺伝子治療の第一人者だったこともあって、様々な病院を転々とした。


 開業医になればいいのに。当時はよく思った。転勤ばかりしてたから、小学五年の頃には友達をつくることを諦めていた。


「白石って言うのかお前、おとなしいな」

 山本と出会ったのは転校初日だった。転校生挨拶でいつものように何も言えなかったわたしに興味を示したらしいのだ。

 となりに引っ付くように由美もいた。


「俺は山本、こっちは鳴沢な」

 よろしくと挨拶して、手を出してきた。

友達ごっこは嫌だった。握手することもなく、声を繋いだ。


「馴れ馴れしいよ」

「そりゃそうだよ、友達だろ」

 かなり、冷たくしたのにニッコリと笑顔で返される。仲良くなったって、しばらくすれば引っ越ししてしまう。別れのつらさを感じるくらいなら、仲良くする必要なんてないのだ。


「わたしはずっとひとりだった。今さら友達なんていらない」

 今を考えると強がりだったのかもしれない。ハリネズミのようなトゲトゲとしてささくれ立っていた。


「ずっとひとりがいいなんて嘘だよ」

「そりゃ、いつか別れが来るかもしれない」

「でも、想い出は忘れないだろ」

「忘れられたよ」

「今はそう思ってるだけだろ。白石が別れた友達も時間が経てば懐かしく思い出すよ」

「それにまた、再会する時だってあるだろ」

「白石がとびっきり可愛くなって」

「そうなったら俺なんて相手してくれないかもしれないけどな」

 胸が高鳴った。彼なら、山本ならば裏切られることなんてないかもしれない。今まで思えば裏切りの連続だった。もう引っ越すことはないと言われて親友を作って数週間後に引っ越したこともあった。


 友達を作った時は毎回ラインやメアドを交換した。別れの時には絶対挨拶返すねと言った。初めは別れの勢いでメールやラインで埋め尽くされた。勢いは長くは続かない。メールは減っていき半月も経つと自然消滅した。相手との距離を近づけようとしても連絡する理由も無くなってくる。学校が変わると話す内容が噛み合わなくなる。心の距離が離れてしまうのだ。

 だから友達を作らなくなっていった。


 夏の太陽の日差しが地上にあたる転校はじめての夏休み。山本は由美を連れて琴音の家にやってきた。家を教えた覚えはなかったのだが、連絡網を見たようだった。


「海に行こうぜ」

「なぜ、誘うの?」

「それは夏休みだからだろ」

 意味はわからなかったが、山本はいつも強引だった。どんなに気のない台詞を言っても諦めなかった。その日は母親の調子が良かったこともあって退院していた。


「琴音いいじゃない、友達は大切にしないと」

 母親はいつも優しかった。唯一、信頼していい人だった。家族で唯一甘えられた。

 気乗りはしなかったけれど、母親の勧めもあって。


「じゃあ、ちょっとだけ」

 行こうとしたら水着は持ってるか、と聞いてきた。遊ぶつもりなんかなかった。一緒に行くといっても、馴れ合うつもりはなかったのだ。


「まあ、いいか」

 誘われて海辺に来たら、やはり一人だった。もう慣れたことだけど。山本は由美と目の前の海で遊んでいた。


「あっ、つめたっ」

 突然、水を浴びた。なぜ、と思って振り返ると山本が笑っていた。


「ちょっと濡れたら困るよ!」

「水着を持ってないからと言って、水を掛けないとは言ってない」

 驚いた顔、ちょっと可愛かったぞ、と言ってくる。

「バ、バカ」

 普段着に水をかけてくる友達なんていなかった。そんな距離のつめ方は普通はしない。嫌われるからだ。

 山本は今までの形だけの友人と明らかに違った。


「そんなふさぎ込んでても仕方ないだろ」

「知らない」

「小学生らしく楽にいこうよ」

「なんで、そんなにわたしに関わるの」

「そりゃ、気になるからに決まってるだろ」

「おっ、赤くなった」

「ふざけるな」

「ふざけてないって」

 山本と話していると悩んでることが馬鹿馬鹿しくなってきた。そして、両手を蓋のようにし琴音の方に向けてきた。


「見てみろよ」

「これ、ここで取ったんだ」

 それは綺麗に海の水で磨き上げられた真珠のような石だった。

 石だけどもあまりにも綺麗だった。


「綺麗っ……、まるで宝石みたい」

「こんな綺麗な石があるの」

「ほら、興味が出てきた」

「やっぱり、白石も女の子だよな」

「一緒に石を探しに行こうぜ」

「うん」

 その日は綺麗な石を夕方まで探した。

 思えば友達と思いっきり遊んだのは久しぶりだった。その日1日探したが綺麗な石は見つからなかったが。山本から貰った石は琴音の記念になった。実は大人になった今でも肌身離さず持っているのだ。


 それから夢のような一年半だった。自転車を押して海に行ったり、山登りをしたり、そこにはいつも発見があった。次の夏になる頃には山本がただの友達から、気になる男の子になっていた。


「白石、メガネやめたら可愛くなるぞ」

 メガネを外して顔を洗っていたら山本が言って来た。ちょっと照れくさそうに。その日、山本の視線がやけに感じられた。


「どこ、見てるのよ」

「さあね、しらね」


 そう言えば母親の友達の結婚式で、ブーケの花束を渡す時におしゃれしたことがあった。天使が舞い降りたみたいだった、と感想を聞いた。それは言い過ぎだけど顔立ちは整っている自信はあった。だから、人前では似合わないメガネをかけてきた。


 可愛いというだけで何か理由をつけて近づく男子が特に嫌だった。可愛い女の子と話したいとか動機が不純すぎる。やがてそれは欲望に繋がる。危険極まりない話だ。だが山本だけには、可愛い姿も見てもらいたいな、と感じていた。


 山本との遊びは楽しかったけれど、それと同時に母親の容態が悪くなり出した。一時は安定してたのに、と悔しかった。楽しいことと悲しいことは、バランスが釣り合うようにできていると聞いたことがある。


 でも、そんな馬鹿な話はない。奇跡を信じて、毎日お寺に通った。


「ママを返して、お願い」

「何もワガママは言わないから」


 必死に祈った。それでも良くならず……。


 母親の容態は刻一刻と悪くなって行った。

 はじめはたまに退院していた。それが入院生活に、やがては立つことさえできなくなっていった。


 このことは山本には言わなかった。言ってしまうと、山本は自分のことのように悩むことだろう。その顔を見るのが嫌だった。


 だから、いつも母親のところに行ってくるとだけ言ってきた。

 

 山本との忘れられない楽しい時から一年もすると母親の命の終わりを強く意識するところまで容態は悪くなった。


 そしてとうとう、その日が来てしまった。


琴音視点です。

琴音がどうして好きになったのかがわかるように書きました。


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よろしくお願いします。


次回は少し泣けるお話。

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