第9話 携帯ショップでふたり その2

「はい、圭吾くん、そしてこっちがわたしのスマホです」

 圭吾と琴音は、スマホを確認するため、ショップ併設の喫茶店でコーヒーを飲んでいた。もちろん、琴音はオレンジジュースだ。


「琴音は、オレンジジュース好きだな」

「うん、大好き」

 これほどまで美味しそうにオレンジジュースを飲む女子を圭吾は知らない。

 親に必死におねだりして、買ってもらった幼女の喜んだ姿と重なる。


「重ならないって……」

 はにかんだ顔をして、視線を泳がせむっとした表情になる。

 琴音はエスパーなんだろうか。

 俺の言うことがなぜ分かったんだろうか。


「そりゃ、たまに口に出てますから」

「はい?」

「はい」

「……?」

「……!」

「そんなこと、ある?」

「そんなこと、あるよ」


 嘘だろ、琴音はエスパーでさえなかった。

 と言うことは、俺が琴音を好きと思っていることも?


「どうしたの」

「いや、なに、……」

「俺の好きな人のこと、わかる?」

「由美さんのこと、……だよね」

「いや、そうじゃなくて」

「そうじゃないの」

「………………」

 琴音と真っ直ぐ向き合う。じっと視線を交わす。琴音は顔が少し赤みがかかってきたような。視線を外して宙を漂う琴音の視線。やがて……。


「わっかんないよ、変な圭吾……くん……」

 ふふっと、意味深な笑顔。

 ただし、今のところは、俺の独白が告白にはなってはいないようだ。

 ホッとしたような、少し残念なような不思議な気持ちである。


「お揃いのスマホ、大切にしようね」

「うん、そだな」


 店員から渡されたスマホは見事な赤のペアカラーだった。深いワインレッドが特徴だ。詳しい機能は圭吾自身スマホにあまり詳しくないので分からない。ただ、性能より見た目を重視して作ったそうだ。


 圭吾は先ほどの出来事を思いだす。たしか……、琴音は最初、ピンクのペアを指さした。全力で否定していなければ、痛いペアカラーになっていた。目の前の琴音は可愛いけれど、中身は普通の女の子。むしろ、年よりもかなり幼い。それでも協力はしてあげたい。ただし、ピンクはなしだ。


「えー、可愛いのに」

 声に出てたのか琴音が、反論して来る。

「ピンク可愛かったな。圭吾くんとお揃いのピンク」

 想像してるのか、顔が緩む。俺が似合わないものを持つのがそんなに嬉しいのか。そんなことより、俺は大事なことを忘れていたような。


「そうだ、カードだ」

「はい……?」

「お前、そのクレジットカード、大丈夫なのか」

 さっきのカードは間違いなくプラチナカード。学生が持てるものではない。親子カードなのだろう。今のスマホは一台10万近くする。それを二台も買ったのだ。親が気づかないわけはない。

 考えたらレンタルより、やばい状況だった。


「心配してくれてるんだ」

「でも、ね」

「きっと大丈夫、だよ」

 遠目に窓の方を向き寂しい顔をする。そこには諦めの表情があった。


「わたしのパパはね。わたしに無関心なの」

「確かに昔は、教育パパだった。」

「でもわたしは文系脳。理学部には入れないと理解したパパは、わたしに無関心になっていった」


 二重の瞳の奥には焦点の合わない闇。圭吾の向こうを見ているようだった。

 琴音は父子家庭だった。母親は琴音が小さい時に亡くなったため、覚えてはいないそうだ。


「まあ、わたしが全部悪いんだけどね」

 時おり、少し悲しげな表情をする琴音。そんな訳あるかと思う。


「そんな親子がいるわけないだろ」

 だから、圭吾は言った。もし、そんな親がいたら悲しすぎる。親は子供の成長を打算なく喜ぶものなのだ。


「それは圭吾くんが幸せな親子関係を経験して来たからだよ」

「パパはわたしに冷たいの」

「跡継ぎも決まったことだし」

「もう、どうだっていいのね」


「圭吾くんはどう思う」

「みんなが可愛いって言ったって」

「こんな不自由な生き方しかできないんだよ」

 政略結婚。普通に生活してると出会うこともあまりない結婚。そんな愛もない結婚なんて悲しすぎる。


「それでいいのかよ」

 口について出た言葉だった。琴音にはやはり悲しい顔は似合わない。

「もちろん、こんなの嫌」

「じゃあ……」

「だから、共同戦線だよね」

「だよな」


 俺と琴音は、少しお互いをじっとみて、店を出た。振り返らず別々のところへ帰る。

 今は誰にも悟られてはいけない。これは俺の由美に対する復讐なんだ。

 琴音の鈴木に対する復讐でもある。

 夕焼けの中を由美のマンションに向かう圭吾。プライベートスマホは間違いなく調べられるだろう。だからこそ、このスマホは隠し通さなければならない。

 これは琴音との唯一の連絡手段。そして、唯一の情報交換の方法だから……。


 そういや、と思う。琴音が最後に言った言葉が心に残る。


「圭吾くん、小さい頃から変わんないね」

 なんのことなんだ。小さい時に会っていたのは、由美であって琴音ではない。

 そんな接点はなかったはずなのだ。

 言い間違いなのだろう、圭吾がそんなことを考えていると、目の前によく知ったマンションが見えてきた。


 圭吾は自分の両頬を両手で二回叩く。

 ここからは、俺たちの戦地だ。


「さあ、行こう」

 圭吾は、マンション前のエレベーターに向かった。


――


小さい頃から変わらないとは?


なんのことだろうね。


なんかあったのか、それとも言い間違いなのか。


圭吾くんちゃっかり琴音ちゃんに10万近くも払わせてます


ヒモじゃんと思ってしまいますよね

まあ、大学生も大変なのですよ


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PV5000超えました。最初は伸びなかったんですよね。これも一重に皆様のおかげです。

しばらく続きます、今後ともよろしくお願いしますね。

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