第54話 琴音との喫茶店
泣きはらした琴音を連れ出して、珈琲屋らんぷ宝塚店までやってきた。明らかに正気がない表情をしている。
「琴音、大丈夫、……じゃないよな」
「ごめんね、圭吾。無理言って連れてきてもらって」
女性店員がメニューを持ってきたので、コーヒーとオレンジジュースを頼んだ。
「気にしないでいいよ。本当あんな父親でごめん」
「悪く言ったらダメ。圭吾のお父さんとお母さんなんだからね」
琴音は人差し指と中指で圭吾の唇を軽く抑えた。こう言うところも彼女の人となりの良さが伺える。俺は怒りが収まらなかった。
「それでも酷すぎるだろ。俺言ってくれなんて一言も頼んでない」
「それでもだよ、悪く言ったらダメよ」
店員がコーヒーとオレンジジュースを持ってきて、ふたりの前に並べた。
「悪かった。それにしても俺のせいでもあるかな。焚き付けてしまった」
「そんなことないよ、全然圭吾くんのせいじゃないよ」
「いや、やはり俺のせいだよ。強く言いすぎた」
「わたしが強くお願いしたのが悪かったのかも知れないよ」
琴音は自分にも責任があると思っているようだった。そんなことは絶対にない。
「琴音は悪くないよ。それよりさ、もうこれ以上頑張っても仕方がないよ。俺、もう自分で結論出すから。婿養子になるよ」
「そんなこと言わないで。わたし言ったよね。みんなが笑えるようにならないとダメって」
琴音は凄く大人びて感じることがある。みんなに祝ってもらって結婚したい、確かにそう言う気持ちは俺もあった。でも、それが達成できそうにない。
「もうそんな方法ないと思うけど」
「そうだねえ、ないかも知れない。あんなに拒否反応示したら、正直難しいかも」
「お父さんはどう答えたの?」
「圭吾くんに聞かないとわからない。こっちで一方的に結論を下せないの一点張りだったよ」
「そーか」
「圭吾、わたしの気持ちなんだけどね。聞いてくれる?」
琴音は一呼吸してから、話し出した。指がぎゅっと握られていて、何か嫌なことを言おうとしてるのがよく分かった。
「うん、どうした?」
「私たちはやはり別れた方がいいと思う。こんなに非難されて結婚しても、最後にわだかまりが残ってしまう」
圭吾は唾を飲み込んだ。絶対聞きたくない言葉だった。俺はそれを望んでない、声を大にして言いたかった。
「そんな、琴音はそれでいいのかよ」
縋るような気持ちで琴音に言った。
「いいわけないよ、辛いよ。わかってよね」
「そうだよな」
「だからこそ、みんなに祝ってほしい。これだけ強く反対する人がひとりでもいたらうまく行かないんだよ」
「そんなことないよ、俺は琴音のこと第一に考えるし、大好きだから別れたくない」
「わたしだって大好き。こんなこと言いたくない。でもね、お父さんとお母さんを裏切ってまで結婚したらダメだと思うのよ」
こう言うところは、琴音はしっかりしていた。もっともこんなこと言わないで、別れたくないと言って欲しかった。こんな答えは望んではいない。
「わからないよ」
「ごめんね、でもそんな気がする。長い結婚生活辛い時もあると思うの。その時にあの時反対されてたのに、と思いたくないの」
「じゃあ、もう会わないの?」
「違う、違うよ。1ヶ月はわたし彼女だから。思う存分遊ぼうよ。わたし圭吾くんに忘れられない思い出をあげる。絶対後悔はさせない。お互い思いっきり楽しんで、それで別れようよ」
心が拒絶した。琴音と会えば、その思い出が楽しければ楽しいほど、苦しくなる。そんな1月間一緒にいるなんて、残酷すぎる。
「そんなの嫌だよ、悲しすぎるよ」
「わたしだってこれまでずっと一緒だと思ってた。でも、結婚は家族にお祝いしてもらわないとダメなのよ、わかって圭吾くん」
琴音が圭吾のそばに近づいてきた。ゆっくりと頬に触れた。琴音の瞳が悲しみの光で溢れていた。
「だから、1月間楽しもうよ。お父さんには適当に引き伸ばしておくからさ」
コーヒーの味が全くしなかった。琴音の言っていることは事実だ。でも、それはあまりにも苦しい現実だった。なんとかならないものか、それだけが頭の中をぐるぐると渦巻いていた。
「こんな苦しい思いするなら、出会わなければ良かった」
圭吾はここまで来てと言う気持ちが強かった。琴音はゆっくりと首を振った。
「うううん、わたしは嬉しかった。圭吾くんとの再会してから今まで1日たりとも無駄じゃなかったと思う」
「琴音は平気なの? 知らない男の人と知り合って、そして……」
「平気だと思う?」
「思わない」
「わたしね、すごく弱いの。最大に強がりしてると思う」
「だったら……」
「それに今別れるわけじゃないでしょ。これから1ヶ月間の思い出が加わる。それは楽しみだけどな」
「俺は苦しいよ」
「男の子ってね。関係持つと少し安心すると聞くし、わたしがんばるよ」
「そう言うのはいいよ」
「どうして……」
「苦しいんだよ、本当に……」
「そっか、わたし愛されてるんだね」
琴音はにこにこして、圭吾に抱きついてきた。
「ここ、喫茶店」
「いいよ、そんなの気にしなくて」
「気にするだろ」
「わたし達には、もう時間がないから……」
この言葉が圭吾を絶望の淵にたたき落とした。
結局、圭吾が琴音をこの後家に送った時には、22時を少し過ぎていた。
――――
これは辛いですね。書いてて辛すぎるわ。
圭吾に頑張って、この2人の生活が潰されないように願ってくれるなら星頂けると喜びます。
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