第53話 確執

 琴音の家から帰って、真っ先に居間に向かった。


「俺、婿養子になろうかな、と思ってるんだけど」

「お前、ふざけるなよ! 言ってる意味わかってるのか」

 ほぼ、予想通りの父親の反応だった。分かってはいたけれど取り付く島がないとはこのことだ。


「なぜダメなんだよ」

「うちの家系を潰す気か」

「それのどこが悪いんだよ」

 母親が慌てて、居間に入ってきた。顔から血の気がひいていた。


「圭吾、なんてこと言うの、説明しなさい」

 母親は父が絡まない時には、圭吾の味方なのだが、こと父親が絡むと父親と一緒に追い込んでくる。昔から変わることのない光景だった。


「琴音の家で、お父さんから医者にならないかと言われたんだよ」

「何言ってるのよ、あんたは工学部よ」

「二年次の編入制度、知ってるだろ」

「お金はどうするの」

「全部出してくれるってさ。その代わり結婚する時に婿養子に入れって言われた」

「別れろ、そんなもん認められるわけないだろ」

「そうよ、確かに向こうの気持ちもわかるけどさ。うちは代々受け継いできて、圭吾にもその責任があるのよ」

 責任か、ずっとそういやその台詞聞かされてきたな。しかし、その代々守ってきたはずの家系もうちを除けば殆ど崩れていってるじゃないか。


「うるせえよ、そんな簡単な気持ちで付き合ったわけじゃねえし」

「どちらにせよ、婿養子なんて聞けないわ。由美との時も言っただろ。その時は向こうが折れてくれた。今回もそれでいいじゃない」

 由美の時か、あの時も大揉めに揉めたっけ。由美が親父に泣きついて、この話は向こうが全面的に下りて纏まったんだよな。そう考えると自分の父親ながら、最低だと思う。


「今回は無理だと思うぜ。上場企業とは立場も違うから」

「なら、仕方がないんじゃない」

「何が仕方がないだよ、そんな簡単に別れられるわけねえだろ」

 俺は腹たちまぎれに、机を叩いて、2階に上がった。やはり無理か、この親には分かり合えることはないと今更ながら思った。

 婿養子なんか二度と言うんじゃねえぞ、後ろから親父の怒声が響いた。


 琴音に連絡するのも気が引けたので、俺は腐れ縁の山下正樹に電話した。


(おっ、珍しいな。なんかあったか)

 滅多に電話しないのに、何となく分かり合える。さすがは親友だ。

(ちょっと飲みに行かないか?)

(なんかあっただろ。彼女に振られたか?)

(そんなんじゃねえよ)

(まあ、いいや、いいぜ。どこで飲む?)


 圭吾は西宮の居酒屋を伝えた。正直、正月から開いてる店が少ないのと、あまり遠くに行きたくもなかった。


「よっ、珍しく時間通りじゃねえか」

「そんな余裕ないんだよ」

「まあ、ならいいわ、入るか」

 居酒屋に入るとたくさんの人がいて忙しそうだった。2人席に座って、注文をした。


「唐揚げと、枝豆、牛すじに、このチーズ、後生二つね」

 女性店員が注文を繰り返して、厨房に戻っていった。


「で、なんなんだよ、えらく塞ぎ込んでるじゃねえか、振られたか?」

「それなら、よっぽど楽だよ」

「俺、ある女の子と付き合ってるんだけど、その親から編入して医者になれと言われた。お金は全部出してくれるんだけど」

「なんだそりゃ、惚気話かよ」

「いや、そこまではいいんだ。ありがたい話だと思う。仕事も決まってないしな」

 店員が生を二つと突き出しを持ってきた。

 乾杯をして生ビールを飲む。この喉越しが美味しい。


「なんだ、他になんかあるのか」

「婿養子に来てくれと言われてる?」

「いいんじゃね、その娘の家、金持ちなんだろ」

「うん、無茶苦茶金持ちだと思う」

「じゃあ、なぜ悩むの」

「親父がねえ」

「あー、お前の親父確か重度の家系主義者だったか」

 手を叩いて笑った。女性店員が注文の品を並べていく。唐揚げを食べた。琴音の唐揚げとは違うがこう言うのも好きだ。


「笑い事じゃねえよ」

「それでお前は塞ぎ込んでるのか」

「そうだよ」

 正樹は他人事だから笑ってられるんだよ。当事者の俺にはとても笑えるものではない。


「で、親父には婿養子になりたいと言ったのか」

「言ったら、けんもほろろに言われたよ」

「だろうな」

「で、お前はどうしたいんだ」

「俺は琴音と一緒に生きていきたい」

「ちょっ待て、もう一度」

「だから、俺は一緒に生きて行きたいって」

「その前、名前……」

「琴音……」

「はあ? お前白石琴音と付き合ってるの?」

 凄い驚いた顔をされた。それもそうだろう、何度も釣り合いが取れてないと周りからは言われたもんな。


「あっ、言ってなかったっけ。由美と鈴木が浮気してて、ふたりで追い詰めたんだけど、恋が芽生えた」

「はあ、なんだよ、それ」

「ダメか」

「それ俺以外の奴には言わないほうがいい。きっと街歩けなくなるぞ」

「そうなのか?」

「隠れファン無茶苦茶多いんだからな。鈴木なら諦めてたやつがどんだけいるかわかってんの?」

「いや、知らないわ」

 圭吾は琴音と道歩く時は今以上に気をつかわないと、と思った。


「まあ、いいや。で、どうするの?」

「だから、悩んでるんだよ」

「俺なら悩むところないんだけどね」

「婿養子でいいじゃん」

「そんなに簡単に行かねえんだよな」

「まあ、がんばれよ。陰ながら応援してるわ」

「冷たいなあ」

「あのさ、アドバイスはしただろ。そんなもん比較する方がおかしいって」

「お前は軽くていいよなあ」

「まあ、俺はどうでもいいけどさ。俺にとってはうまく行かない方が面白いしよ」

「それ酷いだろ」

「俺に黙って、琴音ちゃんと付き合ってるとかあり得ねえし。水くさいにも限度があるぜ」

「それは全面的に謝る。あのタイミングでは言えなかった」

 圭吾が話していると突然、スマホの着信音が鳴った。


「ちょっとごめん、琴音から電話」

「ゆっくり話してこいよ」


 店から出て、スマホの応答ボタンを押した。琴音が泣いている音が聞こえた。


「琴音、どうした」

「圭吾くん、ごめんね、突然かけて」

「いいよ、どうした泣いてたようだけど」

 琴音の声は慌てていた。心の整理がついてないようだった。


「どうした?」

「さっき圭吾のお父さんとお母さんがやってきてね。お父さんに諦めてくれと言って帰っていったの」

「嘘だろ」

「本当よ、わたしびっくりして。何も考えられなくて、ただただ泣いてた。お願い今から会えないかな」

「わかった。今から迎えに行くわ」

 圭吾は正樹に事情を説明して、宝塚の自宅へ向かった。馬鹿親、ふざけんなよ。

 圭吾は本気で自分の家が嫌になった。


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