第5話 学校 その2

「なぜ、女の子と抱き合ってるの?」


 由美の冷たいまでに痛々しい視線が突き刺さる。自分のことを反省することもなく、糾弾しているのだ。そうだ、由美はどんな時でも自分から謝ったことはなかった。だからこんなに簡単に嫌いになれたのか。


「それは、わたしが……」


 引き離した琴音が俺の前に飛び込んできた。この娘はいつもこうだ。知り合いになってから期間が長いわけではない。ただ、思えばいつも自分の責任にして俺を庇ってくれていた。


「いいよ、白石さん」


 琴音の肩を軽く持ち、ゆっくりと前に立つ。名前で呼ばないのは、親しい関係ではないことを示すためだ。由美は琴音のことをあまり知っているわけではない。浮気相手の彼女なんてことはなおさら知らない。だから、俺は覚悟を決めた。俺は彼女のせいになんかしない。


「彼氏と最近うまく行かないってさっき相談受けてたんだけど、ちょっと泣き出しちゃって俺も悪いとは思ったけど、あんまりに可愛かったから、つい抱きついてしまった。全面的に俺が悪いんだ」


 責任は俺が全部被る。ふたりの関係を知らなければ琴音はただの被害者だ。突然、俺の胸に飛び込んだ理由なんて、ただ誰かに支えて欲しかっただけだろうけど。彼女の責任にはしたくない。


「それ、浮気、いいえ……、痴漢、……いやレイプじゃん」


 激昂し感情をあらわに俺を責めてくる。レイプか。行きすぎた表現が由美らしいな。彼女は譲歩することはない。はじめから分かっていた。


「そう取られても、仕方がない。レイプかは知らないけれども」


 由美は警察沙汰にはしないだろう。少なくともそれでは彼女だった由美の立場も危うくなる。もちろん、後ろめたさもある。


「圭吾くん、何言ってるの」


 事情が飲み込めないのか、後ろに立つ琴音が不安そうに聞いてくる。きっと俺の嘘を琴音は許せないんだ。真っ直ぐで曲がったことをしない琴音。彼女は嘘をつけないタイプの人間なんだ。


「圭吾くん? ……はあ?」


 前に立つ由美は、両手で自分をかかえ込む。琴音の言った内容よりも、俺の下の名前読みが気になったらしい。そういや、そうか。個人差があるとは思うがあまり親しい仲でなければ下の名前は呼ばない。この呼び方は誤魔化さないとならない。


「あ、白石さんは動揺してるだけで、いつもは山本くんと呼ぶんだ。間違えて下の名前呼んじゃったのかな」


 誤って下の名前を呼ぶやつなんているのかと思った。親しくない間柄なら、名前自体知らないことも往々にしてあると言うのに。ただ、彼女に迷惑をかけるわけには行かない。


「いいわ、どっちでも。パパに連絡する。浮気でも、レイプでもどっちでもいい」


 由美は俺の嘘を見破っていたのだろう。4年も付き合った仲だ。急ごしらえの嘘が通用する相手ではなかった。


「あなた名前は?」

「白石さんだよ、彼女は関係ないだろ」

「俺が無理やり抱きしめただけだから」

「あなたに聞いてるのよ!」


 俺の真意を気づいているのか全く信用してない目を向けてくる。浮気を疑っているのだろう。真実を伝えたほうが良かったのか。ただ、それでは浮気の話をしなくてはならなくなるのか。浮気を明らかにするには今は証拠があまりに少なすぎる。


「なんで! 圭吾くんは本当のこと言わないんですか」

「だから白石さんは黙ってて」

「大丈夫だから」


 後ろを振り返り、琴音を見る。この子は本当に泣き虫だ。誰かに守ってもらわないとダメなタイプなのかもな。二回も名前読みされたら誤魔化せねえよ。まあ、琴音の真っ直ぐな視線を見て思う。彼女は嘘が嫌いなんだ。それなら尚更、琴音のせいにはできない。


「何がどう大丈夫なのよ」

「どっちなの? 浮気、レイプ?」


 冷たい視線をさらに冷たくしてこちらを睨み付ける。もう、由美も分かっていてやってるんだ。浮気の線しかないって。いきなり抱きつかれて泣いた彼女を介抱する。これは浮気にはあたらないと思う。ただ、それには基準なんてなくて、誰が判断するかによるのだ。由美はこんな些細な関係でも許したりはしない。


「浮気じゃないわ、わたしは本気」

「はあ?」

「わたしは圭吾くんが好き」

「ちょちょっと、何言ってるんだよ」

「圭吾くんは黙ってて!」

「わたしが抱きついた」


 俺は明らかに動揺した。一瞬、琴音が何を言っているのかわからなかった。琴音が泣き出して、それを介抱しただけのはずだった。

 でも今の琴音の話では、由美へのライバル宣言とも捉えられかねなかった。

 ここまでハッキリと言ってくると思わなかったのだろう由美も動揺していた。


「彼のことで泣いてたのは本当、でももうあの男にはもう興味はない」

「わたしが圭吾くんにくっついたら抱きしめてくれただけ」

「圭吾くんには何も他意はありません」


 琴音の表情には、今まで見せたことのない強い感情が見てとれた。やはり、琴音は思った通りの娘だった。彼女は嘘が嫌いで、全面的に守ろうとする。打算なんてそこには全くなかった。


「由美さんには悪かったと思う」

「これは、わたしの出来心です」

「由美違うんだ、これは俺が悪い」


 こんなこと言われて放っておけるかよ。俺は涙ながらに言う琴音を後ろから抱きしめた。


「だめ、誤解されるよ」

「誤解じゃねえって、俺は琴音のことが好きなんだ」


 俺は琴音のせいにして、平々凡々と暮らしていくなんて、ごめんだ。大学生なら羨むゼネコン。一部上場企業。今はそれより大切なものがある。



「ふうん、『こ・と・ね』ねー」

「やっぱり浮気じゃない」


 話を聞くと由美は、スマホの発信ボタンを押した。


――


 由美、怖いねえ。

 女の嫉妬はやばいよ。

 

 琴音は可愛いイメージを心掛けてます。

 うまくいってるかな。


 読んでくれてありがとうございます。

 今後ともよろしくお願いします。

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