第6話 待合室

 大手ゼネコン、建設会社の一角。

 圭吾と琴音は案内された椅子に腰を掛ける。面接の時に数回来ていた待合室だった。さすがに最大手のゼネコンで、待合室は商談スペースも兼ねている。今日は休み前で人も多かった。  


「圭吾くん、なに飲む?」

「あぁ、いいよ。自分で行くから」

「ううん」

「取ってくるから言って」

「じゃあ、アイスコーヒーで」

「分かった」


 無料の自販機。琴音はさきほど秘書から何杯飲んでもただと説明を受けた。それを聞いて圭吾と自分のジュースを取りに行く。大学にもあればいいのに、とオレンジジュースを飲みながらこっちを振り返る。


「ごめんね、来なくてもよかったのに」

 由美の電話の後。すぐに琴音と俺は由美の父親に呼び出された。プライベートな問題なので、琴音には関係がなかった。別に断れば良かったのだが……。


「ううん、これはわたしの問題でもあるから」

 琴音の瞳が圭吾の方をじっと見つめている。少し潤みをたたえた表情が愛らしい。

 本当に本心なんだろうか。

 さきほどの琴音の言葉を考える。

(圭吾くんが好き)


 チラリと琴音の方を見る。

 流石に学園一の美少女が圭吾のことを一目惚れするわけがない。圭吾を守るためにとっさについた嘘なんだろうけど。それにしても。


「オレンジジュース好きなんだ」

「うん、大好き」

 たまに見た目以上に幼く感じる。オレンジジュース好きは琴音のイメージに合っていた。


「なに、言われんのかなあ?」


 ミディアムヘア、幼さとあどけなさが残る笑顔が男心をくすぐる。この笑顔に何人の男が撃沈して来たことやら。鈴木ほどイケメンじゃ無ければ正直難しい、と思う。


「ごめんな、好きなんて言って」

 琴音が数秒間じっと視線を絡める。ため息をついて、遠くを見る。なにかを吹っ切ったように再度振り返る。


「圭吾くん気にしないでいいよ、分かってるから」

 意味深な表情でこちらをじっと見つめる。分かってるというのは、好きと言う言葉のことだろうか。それとも、他に意味があるのだろうか。


「圭吾くんには由美さんがいること分かってるから」

 窓の向こう、遠くをじっと見ながら。圭吾は喫茶店のことを思い出す。そう言えば、まだ誤解は解けていなかった。琴音には圭吾と由美の愛は続いていると思っているのか。

 

「それにしても、由美さんの愛凄いよね」

「わたし、びっくりした」

「完全にわたしたち、浮気してるみたいだよね」

 ちょっと悪戯っぽい笑顔を向けてくる。琴音は浮気と勘違いされて嬉しいのだろうか。当然、それは思いあがりだと思う。さすがに琴音と俺じゃ釣り合いが悪すぎる。


「琴音ちゃんに言ったこと、嘘はないから」

「……なんのこと」

「あっ!」

「……」

「またまたー、そんなこと言う」

 分かってるってという顔をして、こっちをじっと見つめてきた。

 なにが分かってるのだろうか。琴音が本気で好きと思ってくれているのなら。全てを投げ出してでも、応えたい気持ちはある。もちろん琴音が気を使ってくれているだけで、本心のはずはないのだが。


「圭吾くんと由美さんお似合いよねえ」

 手をパンッと合わせて嬉しそうな笑顔。

 勘違いなのか、俺が好きと言った牽制なのか。どちらとも取れる表情だった。


「琴音も鈴木さんとお似合いだろ」

 琴音の勘違いを慌てて否定するのも大人気ないと感じたので、琴音の話に変えてみる。


「ハァ、本気で言ってる?」

「ごめん」

「私たちは本当に終わり」

 俺から見ればすごくお似合いのカップルに見えた。美少女とイケメン。実際は復縁の可能性はなさそうだ。

 琴音がフリーなのであれば、出来ればお近づきになりたい気持ちはある。


「ただねえ」

「そんなに簡単に行かないのだ、これが」

「どう言うこと?」

「鈴木の話聞いてたっけ?」

 内容は痴話喧嘩だったが、鈴木は最後に何か吐き捨てるように言っていた。


「医者を継ぐとか」

「そう!」

 パッと明るい笑顔をする琴音。覚えていたくらいでこんなに表情が変わるもんだろうか。そこが可愛いんだろうけど。


「わたしのミスコンの話知ってるかな?」

「鈴木が琴音を口説き落とした話?」

「そんなこと、してない。されてない」

 口を尖らせて語られている噂を否定する。


「そうなの?」

「なんで、あんな奴好きになるのよ」

「でも、君だけを、とか言ってなかった」

「よく覚えてるなぁ。確かにそんなこと言ってたことはあります。無視してたけど」

「えっ、でも彼女だよね」

「まあ、それは、そうなんだけどね」

 今度は机に両手を伸ばして、顔を机に乗せる。本当見てて飽きないよなあ。


「そうじゃなくて……」

「そこに父親が来ててね」

「鈴木を気に入ったの」

「わたし、一人っ子だし」

「わたしが医者になれれば良かったんだけどね」

「わたしは文化系。どう編入しても無理で」

「まあ、もともと文系脳だし」

「それで付き合うようになった」

 殆ど政略結婚と変わらない内容だった。

 ふたりは相思相愛だと思ってたんだけれど。


「だから、何か浮気とか大きな理由がないと別れられないのよ」

 それであんなめちゃくちゃな別れ話になったのか、と納得した。


「社長がお呼びです」

 先ほどのメガネをかけた秘書がふたりに声をかけてきた。俺はドキドキした面持ちで琴音の横を歩く。やがて、社長室の扉が見えてきた。


――


琴音ちゃんと圭吾の勘違い?


いつ気づくのか、気づかないのか。


それは今後のお話。


読んでいただきありがとうございました。

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