第28話女子会
現在、時刻は夜の8時をちょっと回ったところだった。窓の景色は先ほどより夜の度合いを濃くしていた。お酒が入ると先ほどの険悪な雰囲気は一転して和やかなムードになる。
カクテルを持って乾杯をした。さながら即席の女子会と言ったところである。
暫く茜と話した後、琴音は今まで貯めてたものが一気に涙腺崩壊を引き起こした。
先ほどの恐怖と相まって、内に秘めつづけた圭吾くんへの想いが言葉に出た。十年間、拗らせ続けた結果だった。
おさえていた感情が堰を切ってあふれるように泣いた。
ハンカチで左右の目を何度も拭った。もう拭くところがない。
「もう、仕方がないなあ、ほらわたしのも使いな」
「っ、ありがとう……」
「ボロボロじゃん」
「だって、……だって…」
もう喋らなくていいわよ。茜が隣に来て背中をさすってくれた。
「ほーら、もう大きいのだから……」
「会ったばかりなのに、……っ、こんなしてもらって、っ…」
「いいよ、いいよ気にしないで、泣けば楽になれるから」
結局、そこから半時間くらい茜に介抱され続けた。これじゃわたし幼女みたいだ。
「ごめんなさい、落ち着いてきました」
「いいよ、お互い様だし」
「ありがとう」
「それにしてもなぜ、泣くのよ。圭吾のことならわたしが泣きたいくらいよ」
ショートボブの髪の毛を左右に揺らせて、真っ直ぐに見据えた。自然と二歳年下の女の子に怒られている格好になる。
「ごめんなさい」
「いいよ、もう、それで鈴木との関係は? どこまで進んでたの」
目の前の茜は頬杖をついて、覗き込んだ。
「ちょっと、どさくさ紛れになにを聞くんですか」
「へえ、やることやってんだ」
「してません!」
「えっ、彼女なのに?」
「確かに形は彼女ですけども、キスもしてませんよ」
圭吾くんには話の都合、キスを今までしていたような言い方をしたことがあったけど、本当に何もしなかった。
「鈴木、よく我慢してるわねえ」
茜は夜景に映る自分の姿を見ながら、ショートボブの髪を触っていた。髪の毛が気に入ってるのかな。確かに小柄な茜には似合いすぎていた。
「それが交際の条件ですから」
茜の瞳がその一言に強い興味を持った。目線を近づけてくる。
「琴音、交際に条件なんて付けてるの」
「当たり前ですよ。厳しい条件つけたら大抵は諦めてくれるので」
「お父さんは文句は言わないの」
「父は古いタイプの人間ですから、婚前交渉は基本反対なんですよ」
心底驚いている様だった。わたしとしてはこれで諦めてくれれば一石二鳥だったのだが。
「こんな条件飲むと思ってなかったんです」
一息ため息をつくと目の前のカクテルに口をつけた。アルコールが喉に侵入してくる。最近そう言えばお酒を飲んでなかった。カクテル程度なのにほろ酔い気分になった。
「よく飲んだねえ、その条件……」
「飲まないなら、つきあえないと言いました」
「そりゃ、浮気もしたくなるかもなあ」
茜が鈴木に同情の色を感じている。なにを言ってるのかな当たり前なのに。喜んでその条件を受け入れたんだから。
「つきあってる間の浮気は、アウトですよ」
思わず語気が強くなった。
「それ、結構可哀想……」
「そうですか」
「でもさ、琴音だって浮気してない?」
「してません、拗らせた想いを語ってるだけです」
「手を繋いだりとかは……」
「子供でも手を繋ぎますよ」
図星をつかれて頬を膨らませてしまう。まったく、ただその危険性が無かったわけではない。
「流石にキスとかはしてないよね」
「してません」
目を閉じて、組んだ腕の中に顔を下ろす。このまま寝れそう。あ、でも帰って膝枕してあげないと……。圭吾くん、起きて痛がってないかな。
「眠たい? 結構お酒弱いの」
「最近飲んでなかったですから」
「そっか、最近ご無沙汰だったのね」
「何を言ってるんですか」
なんか、その表現はかなり勘違いさせる表現だ。ご無沙汰と言えばこの流れで使えばエッチな関係だったり……。わたし何を考えてんのよ、顔が真っ赤になる。耳朶まで染まっていた。
「最近もなにも、したことないです! あっ」
酔いと言うのは恐ろしい。こんなこと今まで言ったこともないと言うのに。これも、さっきの詰問のせいだ。今まで溜まった想いが、拗らせ続けた原因が、告白によって解放された結果だった。
「あれ、もしかして処……」
「ちょ、ここでそれ言わないでください」
図星をつかれてハッとする。そりゃ、年頃になればそのような関係になるのも当然だと思ってた。単に機会がなかっただけなのだ。
「ということは、圭吾くんが初めての男になるということか」
「だから、やめてくださいって」
いい関係になりそうになったこともあるし、いいなと思った人もいた。
その度に過去の思い出を引きずった。告白してきた人に対して、結婚までは関係を持たないことを条件にしてきた。
殆どの男性はプラトニックラブというのは形だけで結局は求めてきた。身体だけの関係がと思って、即別れた。小学生の頃の記憶をよくまあ、ここまで拗らせたと思う。圭吾くんより優しい男性はいなかった。
「それを知ったら、圭吾無茶苦茶喜ぶかも」
「絶対言わないでくださいね。言ったら舌噛んで死にますから……」
茜が楽しそうにニッコリと微笑む。もうどっちが歳上なのかわからない。
「こんな面白いこと誰にも言わない」
「面白いって、なんですか」
「面白くないの?」
「面白くないです!」
「まあ、冗談はさておきほんと、口硬いから、安心して」
「むー」
「でもさ、関係になりそうな雰囲気なら、先に言わないとダメよ」
「分かってますから」
「忠告、個人差はあるけどね、初めては痛いから……」
「分かってます、知ってます。圭吾くんになら伝えます」
また、大きな地雷を踏んだ。今日のわたしはダメだ。
「赤くなったり、青くなったり信号みたいで面白い」
「ふざけてます?」
「ふざけてない、可愛いなって思ってね」
「今日のわたし変です」
「そりゃ、奪われそうになって、命懸けで助けてくれて、それが大好きな人だったらねえ」
「なにが言いたいのですか」
「もう好きにして、って言う気分だよね」
「うるさい!」
確かに膝枕とか今まで恥ずかしくてできなかったことも人前でもしたいと思ってしまったり、明らかに異常事態だが。
「タイミング良かったわね」
「そうですか?」
「いつもの琴音なら、表面取り繕って本音出さなかったでしょ」
確かにわたしは結構めんどくさい女だ。拗らせたら、まず本音は言わなくなる。顔から火が出るような告白、よく言えたなあ、と思う。それが理由で、ここまで、踏み込まれてるんだけどね。
戦争なら完全に首都陥落。白旗降って投降してるところだ。
「それにしても茜は、人の本心を出させるの上手いですね」
「昔からね、圭吾にも頼りにされてるのよ」
「ここまで父親にさえ心開いたことないのに」
ムッとした表情が顔に出てしまう。怒ってはいないけれど、照れ隠しだ。
むしろ、父親にこそ本音を見せてないか。
あの人はなにを考えてるんだろう。自分のことを押し付けてきて、辟易してるというのに。
「で、ここからが本題なんだけれども」
「本題ですか」
横を通り過ぎるウエイターが明らかに嫌そうな顔をした。
高級レストランに居酒屋の雰囲気を持ち込むふたり。人が多かったら絶対注意されただろうな。下手をすれば退店を促されても文句は言えなかった。
それにしても今から本題か、えらい長い貯めもあったものだ。もっともその原因がわたしにあることは間違いないのだけれど。
「さっき、部屋に盗聴器を仕掛けてきたの、盗聴器と言っても集音マイクを仕込んだ簡易のものだけれどね」
「えっ、それって犯罪」
「バレればね。バレなきゃいいのよ」
「それって隣の部屋への盗聴?」
「そう、予定したことが殆どできなかったから、チャンスはこれが最後かもしれないし」
琴音は最後のカクテルを飲み干した。
「部屋に戻りましょう」
決定的な証拠を録音して、圭吾と一緒に戦うのだ。もう迷ってはいられない。最大限に利用しよう、琴音はそう考えた。
―――
お酒の席ということで、本音トークです。
茜が大人で琴音が幼く見えてしまいますね
今後ともよろしくお願いします
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良いね、フォローもよろしくお願いします。
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