第30話 告白

「いらっしゃいませ」

「琴音、こっちだ」

 ホテルオークラ神戸ニ階にある喫茶カメリア。入口から真っ直ぐ歩いた窓際の席で圭吾は手を振った。ロビーにいた琴音が気づいて走って来る。薄茶色の首までのセーターに茶色のクロス柄の膝上15センチのスカート。上着にベージュのコートを着ていた。十一月から十二月へと月日が流れ、ようやく普段と同じ生活を取り戻していた。琴音は圭吾の向かいの席に着いた。ウエイトレスが注文を取りに歩いて来る。


「今日は茜ちゃんじゃないんだ」

 オレンジジュースとパンと卵の軽食をウエイトレスに注文しながら、圭吾に言った。

「茜は家のパソコンで音声をまとめてくれてるんだ」

「わたしも力になれればいいのだけれど」

 目の前の琴音が顔を上げて視線を合わしてくる。微妙な表情から笑顔に変わった。卵の皮をきれいに剥いて一口食べた。俺が食べるサイズの半分くらいだった。


「力になってないとか思ってないよ。ここのホテル代全部出してくれたし、本当に助かった」

 琴音はゆっくりと頭を振った、肩まで伸びた髪の毛がふわりと広がる。遅れて淡い琴音の香りが鼻腔を刺激した。以前、ヒモになるからと、携帯をレンタルしようと思った俺が言うのもなんだが、完全にヒモと言っていい。以前は良心の呵責などがあったが。今はあまり気にならなくなっている。


「そんなこと、ないよ。流石に一週間の宿泊代の言い訳をお父さんにするのは大変だったけどね」

 やはり入院にしたいと言っておけば良かったかもしれない。なんか申し訳なくて胸が締め付けられそうだ。


「ごめんね、なるべく早く返す」

「いいよ、いいよ。これわたし払ってないし」

「いや、お父さんが払っているにしても、これじゃヒモじゃん」

「じゃあさ、たまにこうして奢って欲しい」

「そんなんでいいの、全く足りないと思うけど」

「お金なんか渡しに来たら、わたし絶対受け取らないからね」

 琴音が強い口調で言った。瞳に怒りの色が見えた。だから、俺は仕方なく言った。


「分かった」

 わたしは別にヒモでもいいんだけどね、と口元で呟いたように感じた。


「なんか言った」

「うううん、なんでもない」

 顔を赤らめて、首を左右に振る。

 これ他人が見たらどう思うだろうか。お金持ちの彼女に無心する彼氏。あまりにもリアルでちょっとやばい。


「ありがとな、それと警察への陳述書の作成など何から何までお願いして」

「仕方がないよ。圭吾くん動けなかったし。それに、あれはわたしが完全に悪かったのだから」

 パンをちぎって口元に運ぶ。オレンジジュースをストローで一口飲んだ。

 

「逮捕されそう?」

「向こうの弁護士は示談交渉してきたけどね。慰謝料も百万、ホテル代も全部出しますからって」

「驚いたよ。政治家の息子がグループにいたなんてね」

「わたしもテレビで見たことのある政治家の先生に頭下げられてびっくりしたよ」

 卵を一口かじって、小さく切ったパンを口に入れる。食べ方にも品があるな、と感じた。


「逆にテレビ報道されないから、良かったかもな」

「確かにね。あまり公になりすぎるとお父さんにもバレちゃうし困るよね」

 目の前の琴音がテーブルに頬杖をついた。視線が僅かに曇った。


「由美さんにはかなり怪しまれてるの?」

「由美の父親から説明しろって言われてる。どこにいるのか散々聞かれた。まだ、浮気の件は口外できないから。帰ると面倒なので直接実家に帰ろうと思うんだ」

「ごめんね、わたしのせいで……」


「琴音のせいじゃないよ。この件ははっきりさせないといけないんだ」

 琴音が奥歯を噛み締めていた。握った指先に力が入ってるようで、震えていた。


「茜ちゃんから聞いたよ。会社を辞めようとしてるって」

 頬杖をやめて、姿勢を正す。表情に緊張の色が色濃く出ていた。


「その件もごめん、今から探して間に合うか分からないけど、仕事はなるべく早く決めるから」

「わたしは、ゆっくり探していいよ」

 残ったパンに最後の卵を乗せて食べた。表情にはゆったりとした微笑みがあった。


「ありがとう。琴音に反対されると思った」

「本当はね、前は反対だったの」

「そうなの?」

「茜ちゃんに説教されちゃった」

「仲良くなった日の話か」

「うん、だからわたしはいいよ。ま、わたしからはそれだけ」

 しばらく躊躇して目線を泳がせた後。


「わたし、いつまででも待てるから」

「えっ」

「あっ、なんでもないの。こっちの話」

 両手をバタバタ左右に振って打ち消した。琴音は浮気の報告がある前までは何事にも動じないお嬢様のイメージだった。実際は全然違ったけど、それが返って親近感を感じさせた。


 俺は彼女にどうしても言わないとならないことがあった。席を立って頭を下げた。


「どうしたの、圭吾くん」

「協力して欲しいんだ」

「わたしが力になれること?」

「琴音しかできないことだ」

 琴音が視線を窓側に移す。じっと遠くを見て、こっちに向き直った。


「わたしは、何があっても圭吾くんの味方だよ」

 首を少し傾げて笑顔を作った。

 ポケットから四つ折りのチラシを出し、広げる。琴音の方に手渡した。


「これって確か、1週間前の日に喫茶店で貰ってたパンフレットだよね」

「そうだよ、これに出場して欲しいんだ?」

「わたしと圭吾くん」

「違う、琴音が鈴木を誘って出て欲しいんだ」

 表情が明らかに曇った。内容に理解が追いついてないようだった。


「ごめん、順序立てて話すよ」

 微妙な表情をしながら、笑みを浮かべた。瞳が辛そうな色で揺れていた。


「このイベントで優勝するとベストパートナーとして発言する時間が与えられるんだ」

「お父さんが主催に入ってるから、なんとなく知ってた」

「そこで、浮気の件を話してくれないか。テレビ放映もされているらしい。例えテレビが止められても何社もマスコミが来てる。雑誌に載るだろう」

 微妙な表情から、笑顔に変わった。


「なるほど、鈴木に仕返しをして欲しいというわけか。エントリー期間は」

「ギリギリまでエントリー受け付けてるけど、残り後五日間」

「早く言うつもりだったんだけれど、証拠が少なかったから、音声データが肝になってしまったんだ。茜と琴音も追加で写真撮ってくれたし、証拠としては行けると思う」

「いいよ、お父さんが一番驚くだろうね」

「鈴木を説得できるか」

「大丈夫、優勝したらデートとその後のこと匂わせたら絶対来る!」

「それって、結構危ないんじゃ」

「圭吾くんも茜ちゃんも頑張ってる。わたしも頑張らないと、ね」

 視線を合わせてパッと弾けた明るい表情を見せる。


「これで鈴木との関係は完全に切れるなら、わたしも本気出すよ、だから……」

「だから……?」

「圭吾くん、力を貸してね」

「あぁ、もちろん」

 琴音が何も言わないで手を出して来た。俺はその手を取り握手をした。


―――

すみません

ちょっと遅くなりました。

圭吾くん頑張ってと思ったらメダルいただけるとありがたいです。


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