第14話 別れの日 1日目(琴音視点)

「大丈夫か」

「うん、もう平気」

「つらくなったら言えばいいから」

「ありがとう、おかげで落ち着いた」

「良かった」

 山本は、ニッコリと微笑んだ。

 

 圭吾の笑顔に、優しさに琴音の心が射抜かれた。

 その時は気づいてなかったけれど、わたしはこの時恋に落ちたようだった。


 山本は同級生と比べても、特別カッコいいわけじゃなかった。どちらかと言うとふざけた顔つきから、芸人に似ていた。

 でも、琴音にとっては特別な人だった。


 葬儀場に帰るふたり。今日は一日お母さんと一緒にいるのだ。線香を前に寝ずの番をする。最近では交代で寝る場合が多いらしく、ここでもそうだった。両親の親戚は広島に祖母と叔母さんがいたが間に合わず、他に親戚と言っても関係が希薄だ。もちろん病院の人はいたが、そんなことまで頼めなかった。


 わたしが手伝うよ。山本の母親が申し出た。なんか息子が聞かなくってね、と苦笑いをしてた。圭吾は娘さんが好きみたいなのよね、と言わなくていいことまで言ってる。わたしはそんなネタばらしいらない。

 でも今のわたしに気にかけてくれてるなら、ちょっと嬉しかった。だって今のわたしは……。

 父親は丁重に断ったらしいが、山本のお母さんの勢いに押されたようだ。


 結局、今お母さんの前に山本もいた。


「ありがとう、線香かえるね」

 今日一日、線香を絶やすことはできない。初七日を終えるとうずまき型の線香になって、あまりかえる必要はなくなるのだが。


 今は長めの線香を使っていた。

 線香は一本2時間くらいで消える。これを交代で見るのだ。

 今は山本と交代の時なのだが、白石が心配だからと一緒にいた。こう言うところが、女の子に好かれるんだ。きっと、わたしだけじゃなくて、由美ちゃんも。


「寝ないと、明日つらいよ」

 明日は葬儀にお骨上げ、法要と目まぐるしい一日となる。

 

「いいよ、俺は大丈夫だから」

「それよりさ、白石のお母さんのこと聞かせてくれよ」

「わかった」

「ありがとう」

 母親の方をチラッと見る。まるで眠っているようだ。目を閉じて幸せそうな。わたしは母にも聞かせるように知っている話を伝える。


 山本の指が琴音の手の上に添えられた。

 目の前には線香の煙。山本に視線を移す。目が合う。心臓がドクンと鳴った。


「わたしが生まれたのは……」


 芦屋の有名な産婦人科専門のクリニックだった。母親は身体が弱くて、出産の苦痛に耐えられないと言われていた。


 やめた方が良いと周りが止めるのを聞かなかった。この子はわたしと一緒。頑張り屋で、きっと泣き虫、しかし芯の強い子になる。わたしはこの子を産みたい。生まれたがってるもの、と。

 結局、つらいお産になったが、医師たちが見守る中、1700gの女の子が生まれた。


 わたしはかなりの早産だったらしい。未熟児だったため、同じ病室には入れず、すぐに引き離された。心配して何度も様子を見に来るので看護師さんに笑われたらしい。


「ほんと似てるな、そんな意固地なところは」

 山本は琴音の方を見てきた。ほんと意固地で泣き虫なお母さんだった。よく親になれたなと思う。でも母親の言うことならよく聞いた。


 小さい時の成長は他の子より遅くて心配したそうだ。障害があるのじゃないかと影口も立てられた。

 父親が心配そうに伝えると。


「この子がもし身体に特徴がある子でも構わないじゃない」

「みんな特徴があるようにこの子にはそれが個性なんだから」

 父親もその時、親になったんだと思う。

 結局、心配は取り越し苦労で、琴音は二歳を超えるくらいから一気に成長した。

 小学校に入る前には普通の子と変わらないようになっていた。


 父親の方は意思疎通が下手な仕事人間だった。自分の父親を見返そうと必死になっていた。母親は出世より安定を望んでいたが、それが叶うことはなかった。


 引っ越しがあまりにも多いので、よく喧嘩したらしい。それでもついて行ったのは、やはりふたりとも愛し合っていたのだろう。


 母親と父親は恋愛結婚だった。看護師の母親にプロポーズしたらしい。父親の家庭は医師ばかりの家庭で看護師と結婚したら、賢い子供が生まれないだろうと反対された。


 父親は断固として勘当同然で結婚した。父親の家庭とはそれ以降疎遠になった。父親はそれが腹立たしかったらしく最先端医療の医師として誰にも負けない努力をした。


 いつも母は陰になりながら支えた。オシドリ夫婦だった。母親の病気が見つかったのは、ちょうど3年前。神戸の病院で健康診断に行った時に見つかった。ステージ3の乳がんだった。摘出手術をした。美乳よ、これはこれでいいでしょうとは言ってたけれども。女性としての大切なものを失ったのか塞ぎ込むことも多かったらしい。


「でもね、お母さんは絶対わたしの目の前では辛い顔をしたことがなかったのよ」

 再発がわかったのは一年前。

 父親に聞かされた時は、頭を鈍器で殴られたようだった。

 2階にかけ上がった。声を押し殺して泣いた。我慢すればするほど涙が溢れた。


「いや、それは弱さじゃない。母親を想う優しさだよ」

 山本はそう言ってくれた。いつも優しい言葉ありがとう。ここからは、山本には伝えていないことになる。


 また、引っ越しをするらしい。お父さんが開業医になると言ってくれた。

 それ自体は嬉しかった。母親が亡くなったからだろう。もう、父親を見返すために無茶はしないと決めた。それは私のためだ。

 でも、引っ越し先は大阪。この学校には通えない。別れの時までに言わなくちゃならない。きっとわたしはまた泣くだろう。


 山本とも別れてしまう。でもそれは終わりの別れじゃなく再会の別れなのだ。今度出会ったらわたしね、山本くんをびっくりさせてあげるんだ。綺麗になってね。今までは男の子に綺麗な姿を見せることが嫌だった。だから変な眼鏡をつけた。

 

 変な輩は寄ってこない。でも、もういい。本当の姿を隠して生きるなんておかしいと気づいた。圭吾くんは顔じゃなくて内面を重んずるタイプだ。でも、きっと可愛い娘の方が嬉しいはずだ。


「山本くん」

「どうした白石……、あっ……」

 山本がわたしを見た。瞬きもしないで。

 ね。山本くんも可愛いと思ってくれてるんだね。そう、わたしは可愛いんだよ。知らなかったと思うけど、殆どの男子が、視線を釘づけにするくらい。


 ずっと知ってた。母さんがそうだったもん。

 メガネをかけた。今はこれくらいでいい。わたしは今一度頑張るんだ。母親がいなくなって大きく生活は変わるだろう。それでいい、変わるのが当たり前なのだ。


 山本がこっちを見て耳元で囁いた。


「ごめん、よく見えなかった」

「もう一度、メガネ外してくれる」

「嘘……」

「本当だよ」


 母親が亡くなった日なのに、その無邪気な嘘に救われた。


「そっか……」

「ねえ、わたしのこと、可愛いと思った?」

「思ってねえよ」

「ほんとかなぁ」

「ほんとだよ」

「あっ」

「なんだよ」

「線香、消えちゃう」


 あまりに話に熱中してて、気づかなかった。危ない、もう少しで最大の親不孝をするところだった。


 わたしが持った線香に山本が火をつける。


「なんか、結婚式みたい」

「なに不謹慎なこと言ってんだよ」


 まんざらでもない山本の照れた姿があった。


あとがき


すみませんね、バタバタになってました。

修正してます。 

今後もおかしいところは直しながら更新していきます。


読んでいただきありがとうございました。

今後ともよろしくお願いします。

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