Chapter 5: “Typo”
1話 “Typo”
◆◆◆
……さて、と。
転移魔法を連続使用した疲労も回復した。やっとマトモに動ける。
両の肩を1度ずつグルリと回し。次に首を左、右と動かす。
動かす度にバキッだのゴキッだのと嫌な音が鳴る。全く、年は取りたくないものだ。
老いた身体を労いながら、ゆっくりゆっくりとコリを解す。
ヒルアの最西端に位置する儂の庵から、オーロングラーデに1度。そこで聖女と合流して、聖女を連れてレウワルツまで1度。この時点で同日に2連続。
結局、魔王を取り逃がして、次の日には勇者とオルトヌスも連れて1度。最後に庵に帰るために1度。
2日連続で2連続使用。計4回。内2回は複数人での転移という重労働。
改めて羅列すると酷いものだ。齢130の老人がやっていい内容では無い。
……などと。身体を解しながら取り留めの無い内容を思考していれば、庵の周囲に張り巡らした索敵魔術に反応があった。
最近発明された「探知魔術」ほど優れたものでは無いため、何者かの詳しい判別など不可能。それでも、ドアベル代わりにはなる。
さて、こんな辺境の山奥に態々出向いてきた物好きは一体何者だろうか。
「よぉ、クソジジイ。くたばってなくて安心したぜ」
「……なんじゃ。誰かと思えば、ラドロボールか。またぞろ何か盗みにでも来たかの。生憎じゃが、“前回” と同じく此処には高価なモノ等ありゃせんよ」
律儀に庵の入口から入ってきたのは、金髪金眼の青年。
ヘラヘラとした笑みを浮かべ、両の手には金と銀の指輪が幾つも嵌められている。どこか軽薄な印象を受けてしまう青年。
……しかし、こうした外面の半分は、この青年が過酷な生い立ちの中で身に着けた生き抜くための知恵。指輪は戦闘に支障が無いよう軽量化された魔導具。軽薄な言動は相手を油断させるためのモノだ。
尤も。半分は彼自身の趣味。金銀財宝やキラキラした物が大好きなのも揺らがぬ事実。
名をラドロボール・ゴールド。「前回」において勇者一行に選ばれた男である。
「おいおい、俺様の名前は “ラドロボール” じゃなくて “ラドロヴォール” だって何度言えば分かるんだよ」
「少なくとも、“今回” では1度目じゃな。初めて聞いたわい」
おっと。また間違えてしまった。
全く、最近の若いモンの名前は覚えにくくて敵わん。魔術の詠唱よりも難しい。
いつだかエスリムの言っていた「きらきらねーむ」とはこういうものか?
「老人の屁理屈うぜぇ……。あと、もう1つ訂正だ。俺様はとっくにコソ泥稼業からは足を洗った。今の俺様は、元勇者一行の “義賊ラドロ” 様だぜ」
そう。彼は決して身綺麗な存在ではない。善悪で言えば「悪」に分類される人間。その能力を買われて減刑を対価に抜擢された、正真正銘の犯罪者である。
「前回」における最初の邂逅は、彼が儂の庵に忍び込んだ時。それが、「今回」では堂々と入口から、ぶっきらぼうながらに挨拶しながら入ってくるとは。
……それでも、音を始め一切の気配を感じさせなかったのは身に染み付いた技術なのだろうが。
ともあれ。勇者一行として歩んだ救世の日々が、青年の心に何らかの変化を生んだのは間違いないのだろう。
「何のかんの言っても盗人なのは変わらんじゃろ、ラドロボール」
「あぁ!? 全然違ぇだろうが! 義賊には矜持があんだよ! そして俺様はラドロヴォールだ! ラドロボールじゃねぇ!」
「ほいほい、ラドロボールラドロボール。完璧に覚えたぞ」
「こんのボケ老人……! 今日という今日は許さねぇ! 目にモノ見せてやる……!」
「ほっほっほ、儂に勝とう等100年早い。経験の差を思い知らせてやろう!」
「言ってろ!」
懐かしいものだ。この若造と戦うのも「前回」以来。
どれだけ強くなったのか見させてもらうとしよう。
◆◆◆
「……さて、と。ま、こんなもんじゃろ」
「くそっ……まだ、決着は……ついて、ねえぞ……」
また負けた。
5年間、ひたすら鍛えても及ばねぇ。
いや、もっとか。「前」でコイツがくたばってから、ずっとだ。ずっと、俺様はコイツを超えようと足掻き続けてきた。
その「前の俺様」の意思を継いで、経験を糧として。それでも、及ばない。
……俺様は弱ぇ。どうしようもなく。「前」も昔も今も。ずっと弱ぇままだ。
「それだけ息を荒れさせておいて何を言うか。ほれ、茶でも飲んで落ち着け」
ジジイの気配が遠ざかったと思えば、直ぐに戻ってくる。
俺様に差し出した手には湯呑が1つ。中には琥珀色の液体。
覚えのある薬草の香が漂ってくる。間違いなく、「前回」で散々飲んだジジイ特製の激マズ薬膳茶だ。
くそったれ。疲労で倒れてる奴に熱い茶を渡すか? 普通は冷たい水だろうが。
「……ちっ。……茶が勿体ねぇから受け取ってやる」
「ほっほっほ。そういう事にしておいてやろう」
気に入らねぇ。
普段は一言も二言も余計な癖に、肝心な所では「賢者」になりやがる。こちらの全てを見透かしたような目で、優しく微笑むだけに留めてしまう。
大人なんて全てゴミだ……そう思ってた俺様の考えを引っ繰り返しちまったクソ爺。俺様が間違っていた事を突き付けてきたクソ爺。
……くそっ。やっぱマズイ。
「……それで? ただ旧交を温めに来たという訳でもあるまい。要件を聞こう」
茶を飲み終わって、呼吸も整えば。見計らったように、ジジイが切り出す。
……ま、これくらいは見抜くよな。
なら、こっちも直球で行くとしよう。
「単刀直入に聞くぜ。あの日、どうして聖女を連れて行った?」
◆◆◆
「単刀直入に聞くぜ。あの日、どうして聖女を連れて行った?」
ふむ。「あの日」というのは、魔王を討伐すべくレウコンスノウに向かった日の事だろう。
儂は態々オーロングラーデに一度転移し、聖女を連れて向かった。加え、それは大魔聖堂からの指示ではなく儂の独断だ。
「オルトヌスより魔王発見の報を受けてのう。かの者を押さえつけるには、戦力はどれだけあっても過剰という事は無いじゃろうと、そう考えた次第じゃよ」
「建前はいらねぇよ。教会連中やエスリムは騙せても俺様は無理だぜ。何せ俺様は、聖女の特大の秘密を知ってるからな」
……ほう。ラドロボールが有する「記憶」がいずれの「過去」のモノかは分からぬが、どうやら彼は知ってしまったらしい。
そも、普通に考えて教会騎士数十名と勇者が軍師の策と共に居たのだ。結局取り逃がしてしまったが、普通であれば十分と考えられる。態々戦闘用の体力・魔力を削ってまで連れて行くのは理に適っていない。
隠し立てするだけ無駄、か。
「……此度の魔王が聖女メレリアに如何なる反応を示すのか。それを確かめようと考えたのじゃ」
そう。あの日、儂は魔王と相対しながらも戦闘とは別の事に意識を割いていた。
魔王エイジが聖女メレリアを認識して如何なる反応を示すのか。それを観察していた。
「へぇ。アレが事実なら納得の確認だな。結果は? 魔王はどんな反応を示した?」
「何も」
「……は? 何も?」
「あぁ、魔王は聖女を視界に収めただけじゃった。あれは、自らを囲む集団の1戦力……単なる敵の1人としてしか考えておらんかった様子じゃったぞ。演技という訳でも無さそうじゃった」
「おい、そりゃオカシイだろ! 魔王と聖女は……!」
ラドロボールの困惑も分かる。
何故ならば。
「うむ。然れども、魔王は実の妹に何の特別な反応も示さなかった。それが動かざる事実じゃ」
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