幕間 修行の日々②「宿命の対決」
ツウと汗が伝う。同時に、ゴクリと喉が鳴った。
緊張している。肉体が、精神が、この上なく緊張している。
それもそのはず。
これから俺が戦うのは、俺の人生最大の強敵にして宿敵。
永遠のライバルとでも呼ぶべき存在なのだから。
身体が震える。
恐怖ではない。これは武者震いだ。
今日という日のため、万全という言葉では生ぬるい程の準備をしてきた。
眼前には師匠。
だが、戦うのは師匠ではない。
俺はその背後に、もっと強大な敵を見据えている。
絶対に負けられない戦い。
師匠の弟子として、そして一人の男として。この戦いに負けるわけにはいかない。
師匠が右手に持った得物を徐に動かす。
金属製の小さなソレを、一度下へと動かし、再び上へと持ち上げる。
そして、ゆっくりと口に運んだ。
「……ふむ。やはり弟子1号の料理の方が美味かったな」
「うがぁぁぁぁぁ!!!!おのれ魔王ぅぅぅぅぅ!!!!」
俺は今日も「
◇◇◇
バルバルに来て1年ほど。師匠は修行という名目のもと、家事の全てを俺に丸投げし続けている。当然、朝昼晩の食事3食を作るのも俺の仕事だ。
ウアは様々な家事を手伝ってくれているが、料理の手伝いだけは俺が断った。
というのも、俺は料理にはそこそこの自信があったからだ。
ほとんど家に居ない両親に代わり、俺とウアの分の食事はずっと俺が作っていた。何と言うか、台所は俺の縄張りのような認識なのである。
いずれはウアにも料理スキルを磨いてもらう日が来るだろう。一人で生きていくためにも、また誰かと結婚する時にも……は?一人暮らし?結婚?……やはりウアに料理を教える必要は無いな。これは未来永劫、俺の仕事だ。
そもそも、女が料理を作るという価値観が時代遅れ・世界遅れ。女性の方が高い魔力を持つ傾向にあるし、この世界における男女の格差というのは驚くほど少ない。
ま、ともかくだ。俺は料理にちょっとばかしの自信と誇りがあった。俺自身、料理をするのは好きだしな。
だが、しかし。
ある日、俺の存在を脅かす最強最悪の敵が現れたのだ。いや、そいつはずっと傍にいた。俺が気付かなかっただけで。
「なぁ、弟子2号よ。もう止めにせぬか?お前はまだ此処に来て1年。翻って、我が比較対象にしているのは6年の歳月を此処で過ごした1号だ。調理技術が劣っているのは致し方ないことではないか?」
「そういうことじゃないんですよ!これは男として負けられない戦いなんです!」
3日前の事だ。ふと気になって、俺は師匠に弟子1号の……「前の俺」の料理について尋ねた。尋ねてしまった。
別に師匠は俺と「前の俺」を比べて何かを言おうとはしなかった。しかし、僅かな違和感……ほんの少し言い淀んだり、懐かしそうな目をしたり、気を使おうとしていたり……そういう違和感を俺は見逃さなかった。見逃せなかった。
師匠を問い詰め土下座までして、ついに「弟子1号の料理の方が美味しかった」という本音を聞き出すことに成功したのである。
その時の俺の感情が分かるだろうか?
めっっっちゃ悔しかった。
俺は師匠に特別な感情を抱いている。
これが恋愛感情かどうかは良く分からない。
だが、その強さと知識に憧れを抱き、その人柄を敬愛している。
少なくとも、世界で一番尊敬している女性であることは疑いようがない。
そんな女性の口に毎日運ばれる料理。
この世界の1年は、地球よりも少しだけ少ない360日。なので、360日×3食=1080食。
約1100回も俺は弟子1号に……「前の
師匠が大して気にしていなくとも関係が無い。これは俺のプライドの問題である。
「絶対に勝利してみせるぞ、魔王……!」
「どうでもいいが、本来の修業の方を疎かにせぬようにな」
◇◇◇
「くそっ……!どうしても勝てるビジョンが見えない……!何て手強いんだ、魔王……!」
「ねぇ、兄ちゃん。私も手伝うよ?」
「駄目だ、ウア!これは俺の戦い……!」
修行の空き時間に料理を作っては試食を繰り返していたが、どうにも煮詰まっていた。
「前の俺」は十中八九、俺と同一存在。俺がどれだけ頑張っても、結局は「前」の二番煎じにしかならない。
だが、ここで料理を妹に手伝わせてしまえば、俺は経験でも不足してしまう。毎日1食ウアが担当するだけで、3分の1の経験が削られる。
そういうことを噛み砕いて説明してみたが、ウアは引き下がらなかった。
「料理は兄ちゃん1人でやるにしても、味見をする人がいた方が良いでしょ?」
……確かに、それはそうかもしれない。俺一人ではどうしても独善的で凝り固まった発想と味付けになってしまう。それでは絶対に「魔王」には勝てない。
しかし……
「1人で考えるよりも2人。私も含めて兄ちゃんの力なんだよ。私たちはずっと一緒の兄妹でしょ?」
そうか。そういうことか。
確かに、その通りだ。俺の今までの人生はウアと共にあった。
ウアあってこそ、俺は今の俺になる。ウアは俺の一部なのだ。
「……そうか。そうだったな。大切なことを忘れてた。ありがとう、ウア」
「気にしないで。私は兄ちゃんの幸せだけを考えてるんだよ。兄ちゃんが幸せになってくれれば、それだけで私は良いの」
「ウア……!なんて可愛い妹なんだ!マイスイートシスター!愛してる!」
「えへへ。兄ちゃんはずーっとずーっと一緒に居てくれたから。その恩返しがしたいだけだよ」
「本当に可愛いな、お前は……!兄ちゃんは幸せだ……!」
こうして。ウアが味見役兼アイディア担当として力を貸してくれるようになった。
そして。
「
それが紆余曲折を経て、あのような事態に繋がるとは、この時の俺はまだ知る由も無かったのである。
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