12話 “Load Game” 後編

 その選択を前に、俺は自らに問いかける。

 俺は再び魔王になるのか、と。

 「前の俺」が魔王と呼ばれていた。だから、俺もなるのか?


 こんな風に。まるで誰かの思惑に乗せられるようにして?

 流されるままに魔王になるのか?


 「前の俺」のことを想う。

 きっと、「俺」には魔王と呼ばれてでも成し遂げたかった事があったのだろう。

 出逢いがあったのかもしれない。イベントがあったのかもしれない。

 やり方が外道でも。その姿勢は一定の尊敬は出来るだろう。


 けれど。全く記憶に無い。覚えていない。

 

 俺は常に選択をしてきた。これからもするだろう。

 しかし、忘れてはならない。

 それは俺が行うものだ。俺が俺の意思で選ぶものだ。

 

 これからも俺は「前」の事を調べるだろう。情報を集めるだろう。

 まるでゲームのセーブデータを読み込むように。記録を集めていくだろう。

 けれど。その記憶に染まらない。記録そのものにはならない。


 だって、俺は――



◇◇◇



「クリス!2人でウルヴァナを突破する!」

「…………え?は、はい!」

「おやァ?いつの間に愛称呼びなんて始めたんだァ?遂にそういう関係になったのかァ?」


 双剣を構え、正面のウルヴァナへと向かっていく。

 既に魔術の装填も始めている。

 クリスが出遅れていたが、判断が追いついたようだ。魔力の充填を始めた。

 他の四天王や魔王軍兵士が追いついてくる前に全てを終わらせる。

 許されるのは数秒。打てる手は精々5手が限度。

 その5手でウルヴァナを無力化しなければならない。

 戦い方も実力も未知数の四天王。攻略本も攻略サイトも無い。そのくせターン制限だけは鬼畜仕様。難易度は最高レベルだ。

 無謀かもしれない。それでも!


「ふーん。少年はそういう選択をするんだ。面白いじゃん」


 直後、俺は。

 俺とクリスは背後からの魔術によって吹き飛ばされた。

 殺傷力は皆無の一撃。ただ遠方へと飛ばすためだけの魔術。

 それを撃ったのは――


「ホース!?」


 否、彼は。


「古今東西、少年少女の青春を応援するのっておじさんの特権だよね」


 いつの間にか懐かしの仮面を装着していた男の名はヴァルハイト。

 執行官、真実のヴァルハイト。


「約束を忘れないようにね、少年」


 仮面の男は気だるげに右手をブラブラと振りながら呟いた。

 その意味くらい分かる。

 さっきのクリスの言葉とは違う。彼は死ぬつもりなんか微塵もない。

 そして、彼は仮面を付けた。既に「仲間」ではなく、「敵」なのだと示している。

 逡巡は一瞬。


「最後に戦おう!ヴァルハイト!」


 俺は走りながら右手を掲げた。

 契約魔術の結ばれた右手を。



◆◆◆



「よいしょっと」


 仮面の男は、魔術で自らの背後に蒼い炎の壁を顕現させた。

 それは教会騎士最強の8人「ゼリオス」が得意とする神聖魔術。ゼリオス以外には発動不可能とされている強力な結界魔術。

 自らが倒れぬ限り対象を通さない不退転の城壁。


「どういうつもりだァ?執行官?」

「いやー、あのままだと少年が生きて切り抜けられるか分からなかったからねー」


 仮面の男はヘラヘラと笑う。自分が完全な死地に残ったという認識が無いようにヘラヘラと。

 そこに爆発の影響から脱したフィデルニクスが追いついた。


「そもそも、貴方が魔王様と共にいるのが全く理解不能なのですが。「世界法」の第5条、教会所属の貴方が知らないわけでは無いでしょう?」

「魔王に協力したら処刑でしょ?知ってるよ。でもさ、大事に取っておいたイチゴを横から掻っ攫われちゃ堪んないでしょ。まだスポンジ部分だって食べきってないのに」

「はい?」

「何て言うのかな。魔王の罪を全て知りながら、それでも少年のままの少年。それが一番美味しそうだと思ったんだよねぇ」

「相変わらず、会話するだけ無駄なようです。貴方を早々に無力化し、魔王様を追わせていただきます」


 魔王軍およそ400。異形の精鋭たちが戦闘態勢に移る。


「ま、あとは単純にさ。最後の戦いまで、おじさんの奥の手を知られるわけにはいかなかったんだよね」


 仮面の男はその全てを前に、心底楽しそうに笑ってみせた。


「さぁてと。おじさんの「真実」の力。その全力。ちょっと凄いよ?」



◇◇◇



 走る、走る、走る。

 後ろを振り返ることなく、ただ走る。

 ちゃんとクリスも付いてきているようだ。ならば問題は無い。

 とりあえずバルバルを目指す。あそこに入れば捕まることは無いから。

 クリス一人くらいならバルバルに頼めば入れてくれるだろう。ウアが何を言うかは分からないが、仕方ない。緊急事態だ。

 森に入る瞬間を目撃されないように追手との距離を離すことは重要だが、どうやら既にかなり離れたらしい。

 それだけ、ヴァルハイトが上手く立ち回ったのだろうか。

 

 こうしていると、5年前の夜を思い出す。

 あの日も仮面の男を背後にして逃げていた。

 アイツに救われたのも同じ。目指す先がバルバルなのも同じ。


 右手首の白いミサンガが切れて消えた。

 これはヴァルハイトと結んだ契約魔術。互いが互いを傷つけないと契約したもの。

 切れる条件は2つ。俺か彼が自分の意思で切るか、どちらかが死ぬか。

 あの男に限って後者は無いだろう。

 そう信じるしか、今は出来ない。

 

 変な男だ。狂った男だ。だけど、彼に何度も救われたことは事実。

 いずれ奴自身の望みを叶えるため。俺は研鑽を積み続けよう。

 最後の決着の日まで。


 そんなことを考えながら、逃げ続ける。

 そして、数日かけてバルバルのある場所へと辿り着いた。

 ……あった場所へと辿り着いた。


 その場所をいくら探しても、黒き森は見当たらなかった。



◇◇◇



「は、ははは……おい冗談よせよ、バルバル!お前の好きな花を踏んじゃった事は謝っただろ!?姿を見せてくれよ!」


 何だ、これは!?何なんだ、これは!?

 バルバルがあった場所には、大きなクレーターが無数に穿たれているだけ。

 まるで巨大な力同士が何度もぶつかったように幾つも幾つも。


「師匠!ウア!」


 ウアがいない。師匠がいない。バルバルがいない。

 ふざけるな!何なんだよ!

 この世界の全てが敵で!親すら敵で!

 数少ない味方になってくれたヒトは次々といなくなって!

 俺が何をしたっていうんだよ!

 俺に何をしろっていうんだよ!

 俺をそんなに魔王にしたいのか、この世界は!?

 そんなに望みならなってやろうか!?最低最悪の魔王様によ!


「魔王様……」

「クリスか!そうだ、クリスはずっと異界の中にいたんだよな!この辺りにさ、異界に隠れてる存在とか感じないか?」

「魔王様……」

「……クリス?」


 クリスの様子がおかしい。思えば、逃げている間ずっと無口だった。

 不思議には思っていたが、何を聞いても曖昧な返事しかしなかったので、バルバルに到着して落ち着いたら対応しようと思っていた。

 或いは、故郷を消し飛ばされてショックでも受けているのかと考えていたけれど。

 それは全く見当外れだったらしい。


 だって、彼女は今、


「……ははは。どうしたんだ、突然?」

「魔王様は何故あの時、妾を駒として切り捨てなかったのですか?」

「……は?」

「妾の愛した魔王様なら!あの時、妾を切り捨てました!容赦なく、顔色一つ変えず、けれど心中で涙を流して!」


 くそったれ!そういうことか!

 狂人の思考を読み切れなかった!読み違えた!

 彼女にとっては、負の感情を向けることも愛情表現。

 傷つけることも傷つけられることも愛に他ならない。

 逆に言えば、それらが為されないという事は、真の意味で見捨てられたのと同義なのだ。

 誰かが言っていた。好きの反対は嫌いではなく無関心だと。

 彼女はそれの極点だ。愛してしまえば「好き」も「嫌い」もない。無関心以外の全てが彼女にとっての愛情表現なのだ。


「こうすれば魔王様は妾を殺してくださいますか!?蔑んでくださいますか!?痛めつけてくださいますか!?」


 ふざけんな!流石にムカついた!

 こっちだって限界なんだよ!いっぱいいっぱいなんだよ!

 足をかけ、クリスを地面に押し倒す。彼女の細い両手首を俺の両手で拘束し、彼女の腰の上に跨るように乗り上げる。

 そして。


「知らねぇよ!そんなの全て記憶にねぇって言ってんだろうが!」


 彼女に馬乗りになった状態で。

 俺はありったけの想いを込めて叫んだ。



◇◇◇



「お前は誰の事を言ってんだ!」


 「未来過去」に魔王と呼ばれた男がいたという。それは俺じゃない。


「俺は魔王じゃねぇ!別人だ!」


 「1周目」で悪逆非道の限りを尽くした男がいたという。それは俺じゃない。

 思い出すのは、師匠が名付けた「弟子2号」という名前。

 「弟子1号」とは別人ということで「弟子2号」だと師匠は言ってくれた。

 そうだ、俺は――


「――!」


 当たり前のことだ。

 だけど、それを見失いかけていた。

 オカシクなった世界で、俺は「俺」に屈しようとしていた。

 そうじゃない。そうじゃないだろう。


「誰とも知らねぇ「魔王様」が良いのなら他を当たれ!」


 時が経ち霞のように薄れた、前世で読んだ異世界転生作品の事を想う。

 内容は覚えていない。でも、主人公たちは全員格好良かった。

 勇者もいた。魔王もいた。人間もいた。人外もいた。男もいた。女もいた。子どももいた。老人もいた。正義もいた。悪もいた。

 まさしく、千差万別。十人十色。物語の数だけ主人公の姿があった。

 けれど。共通していることもある。

 主人公は、人を惹きつける魅力に溢れていた。自分だけの芯を持っていた。

 彼らを、彼女たちを目指そう。

 そして。


「俺は俺のままで魔王を超えてやる」


 エイクもビクトもカルツも。

 どの「俺」も……否。どの「彼」も、俺以外が全員2周目なんて鬼畜な仕様じゃなかった。

 なら、やってやるさ。この最高難易度状態で。


「お前が「魔王様」が良いってんなら去れ。今直ぐ去れ。ただ、1つだけ断言しておくぞ。俺は――」


 「前回」なんて知らない。そんなものは関係が無い。

 俺が生きるのは「今回」だ。

 師匠もウアもバルバルも生きている。そう信じる。

 それしかないなら、そうする。いつも俺がそうしてきたことだ。

 その先に、俺は。


「俺は「魔王」よりも主人公になる。絶対にな」


 エイクの「彼」がやろうとしたことも。

 ビクトの「彼」がやろうとしたことも。

 カルツの「彼」がやろうとしたことも。

 それ以外の「彼」がやろうとしたことも。

 全て全て俺が暴く。明らかにしてやる。

 その上で、俺は「お前ら」を超える。

 師匠もウアもバルバルも。大切な存在は全部全部拾ってやる。

 それが、俺の1周目。たった1回の人生。

 1度きりの異世界ファンタジーだ。

 


◆◆◆



 そんな少年の姿を見つめる者がいた。


「凄い凄い!兄ちゃん凄い!そういう風に考えるんだね、この条件だと!」


 銀髪赤眼の少女は笑う。


「うん!格好良かったから、変な虫を連れてたことは目を瞑ってあげる!」


 黒い森の中で少女は笑う。


「でもね。どうせ最後には絶望するんだよ、兄ちゃん。早いか遅いかの違いでしかないんだよ」


 少女は笑っていた。

 けれど。その紅の瞳は深い悲しみに満ちていた。

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