11話 “Load Game” 前編
◆◆◆
「魔王様、どうやら招かれざる客が来たようですわ」
「所属は」
「元魔王軍」
あぁ、なんて懐かしいやり取りだろう。
魔王様も妾も。発するのは必要最低限の言葉。
「四天王の名前と特徴を」
彼はいつもそうだった。
最短の時間で必要な情報だけを集めていく。
「フィデルニクス。エルフの男。知将。慎重で忠義に厚い」
記憶が無くとも魔王様は決して変わらない。
「ウルヴァナ。青い肌に灰色髪の女。正体も目的も不明。快楽的で刹那的」
妾の惚れた殿方は、常に限られた手で最善を選び抜く。
「アドラゼール。龍種。魔王軍最強」
……どうやら、間に合ったようだ。
妾は魔王様の期待に応えられたらしい。
「クリス。俺が合図したら――」
魔王様からの指示は1つだけ。
直後に「裏世界」は消滅した。
◆◆◆
「たとえ古の大魔術とはいえ、仕組みと場所が正確に分かっていれば大した脅威にはなりません」
金髪のエルフ。フィデルニクスが呟く。
険しい目線の先には、草木1つ生えない荒野ニュクリテス。
「特にアドラゼール、貴殿がいれば」
彼は目線を横に移し、その存在へと合図を送った。
禍々しき黒に染まった、山と見紛う巨体を煙の如く燻らせて。
あらゆる生命の頂点に立つ正真正銘の龍種にして、魔王軍最強。
誰が呼んだか、「滅龍」アドラゼール。
その口に黒き極光が集積し――
『いざいざ喰らえぃ、滅びの龍光』
――大地が消滅した。
◇◇◇
一瞬だった。一瞬でニュクリテスという土地が消えた。
小規模とはいえ1つの国が栄えた地。それを丸ごと。跡形も無く。
そこには、巨大なクレーターが残るのみ。
四天王に龍種がいると聞いた時点で、こうなることは予測済みだ。
あれ程の異界を形成する魔術。バルバルの魔法以外では、何かの触媒や大規模な儀式場が無ければ不可能。そして、この荒野に儀式場は無い。
故に、土地そのものを「儀式場」兼「魔力供給源」としていたことは容易に想像がつく。土地が無くなれば異界が消え去ることも。
そんな条件の場所を攻める際、龍なんてアホ火力の砲台があるなら絶対に使う。土地を消し飛ばして引きずり出す。
俺ならそうするし、相手に「知将」がいるなら当然。
先程までいた異界は消し飛び、俺、クリス、ホースはクレーターの中心に降り立つ。
周囲は異形の軍勢……ざっと400程に包囲されている。
この状況で、出せたのはクリスへの指示1つだけ。
これが有する手札と時間の限界。
それでも、今の俺が選べる最善の選択。
「いきなり妾の故郷を吹き飛ばすなんて、流石に常識が無いのではなくて?フィデルニクス」
「クリスティアーネ。なかなか見事でしたよ。「裏世界」が未だ機能していることを決して明かさなかった。そもそも、私たちではヒルアに入れませんしね」
そう。ここは神聖ヒルア帝国の領土内。吸血鬼を滅ぼしたゼクエス教会が支配している地だ。
国土の最も北西に位置し、三方を険しい山々に囲まれているという立地。そのため、国境線に位置しつつも隣接する他国の無い辺境の地。
だが、それでもヒルア帝国領であることに変わりはない。異種族を排斥し続けてきた教会の国、神聖ヒルア帝国の領土だ。
そんな所に魔王軍が入ることを許容するわけが無い。
「ならば何故……!」
「政治的な取引ですよ。ある契約を結んだのです。その内容まで教えるつもりはありませんが」
しかし、それは魔術・魔法が無ければの話。
契約魔術さえあれば、こんな意味不明な状況も起きる。
恐らく、軍勢が少ないのは契約に起因しているとみて良いだろう。
……そろそろクリスではなく、俺が話すべきか。
エルフの男、フィデルニクスも俺へ目線を向けている。
「久しいな。フィデルニクス。息災で何より」
「……魔王様」
クリスとの初遭遇時と、ホースの「前回」の話で魔王エイジの口調は把握した。
また、クリスは愛称呼びに最初の時は戸惑い、先程は強く求めてきた。
それが意味するのは、魔王エイジは四天王であろうとも愛称では呼んでいなかったこと。一定の距離間、一枚の壁が存在していたこと。
これらの情報から、魔王エイジの口調で、魔王エイジが用いた呼称で話しかけることは可能になる。
「魔王エイジ」の記録を、痕跡を読み込むように。
ロールプレイの始まりだ。
「フィデルニクスよ、これは一体どういうことだ?」
「その反応、もしや魔王様が有する記憶はエイクでしょうか?ならば、ご説明致しましょう。これは――」
「戯けた事を抜かすな。エイクも、ビクトも、カルツも。俺は全ての未来の記憶を有している。お前くらいは気付くと考えていたのだが、俺の見込み違いだったか」
「何を、仰っているのです?何に私は気付いていないと……?」
「決まっている。記憶事変を引き起こしたのが俺だという事実に、そして俺が企てた計画に、だ」
「……何ですって?」
◆◆◆
記憶事変が魔王様主導のもの?
何かの壮大な計画の布石?私たちを裏切ったのも計画に必要だったから?
「戯言だぜェ、恐らくなァ」
『儂もウルヴァナに同意だな』
そうかもしれない。だが、そうではない可能性もある。
そして、魔王様にとって今の盤面は完全に詰み。話を聞いて検討する余裕は十分にある。
ならば。
「……しかし、仮に真実だった場合は最悪の事態になります。せめて、話を聞かなければなりません」
「相変わらず慎重だねェ、軍師サマは」
『今の軍の長はフィデルニクス、お前だ。儂は従おう。ただし、エイジの回答によっては……』
「えぇ、それで構いません」
ならば、ここは慎重を期すべき。
「申し訳ございません。私には魔王様の深謀遠慮を見通すことは叶わず。非才の我が身をお許しくださいませ。そして可能であれば、そのお考えをお聞かせ願えないでしょうか?」
かつての我が主、魔王様。
貴方様のお話を聞かせて頂きましょう。
◇◇◇
あぁ、そう来ると思ったよ。
慎重な性格であれば、この言葉は無視できない。
そして、魔王不在の今、軍の総指揮を担うのはフィデルニクス。四天王という立場を有しつつ知将とも呼ばれる者であれば、彼が指揮を執るのが当然。
さらに。
「お前は世界法の最後の2文を覚えているか?」
「え、えぇ、勿論です。あれを定める会議には私もエルフ代表兼異種族代表として出席しました故に」
「ならば、
「……はい。『上記内容は全ての国の承認を受け、「世界法」として定めるものである。是は全種族、全生命の総意である。』……まさか!?」
「そのまさかだ。世界に燻る火種を治めるには、俺が全ての種族共通の敵となる必要があった。皆を裏切る形となったのは謝罪しよう。しかし、それが最善の選択であったのだ」
ホースが言っていた。当時の国際情勢は一触即発であったと。異端審問官も国境に回さなければならない程だったと。
異種族は人間たちからの差別に不満を抱え、各地で蜂起したりもしていた。あらゆる種族や国がいがみ合っていた。
それが、『全ての国の承認を受け』て、『全種族、全生命の総意』としての「世界法」を定めるに至った。全ての国の承認という事は、国際会議のようなものが開かれたことは簡単に推測できる。
これを「魔王エイジ」が狙っていたのかは知らない。全く記憶に無いし、恐らく違うだろう。
だが、事実はどうでも良い。
そうかもしれないと疑念さえ植え付けられれば。
「……成程。未だ格差や差別、迫害を解決する道は見えず。領土問題や資源問題、歴史問題も根強い。しかしながら、全種族が対話のきっかけを掴んだ。その見方が出来ないとは断言できません。種族の垣根を超えた国際会議など初めてでした」
少なくとも。慎重なフィデルニクスにとって、この主張は絶対に無視できないものとなる。
このまま軍そのものを丸め込めれば一番良かったが……
『……ふむ。成程、一理ある。だが、すまぬな。それが事実だとして、儂はお前を赦さぬ。龍にとって約定は絶対。如何なる理由があろうとも、裏切りには死あるのみ』
流石にそう上手くいくわけが無い。
龍が裏切りを認めない存在だというのは有名な話。どんな理由があったって無駄だ。
故に。
「クリス!今だ!」
「はい!」
ここまでの全ては時間稼ぎ。
思い出すのは、最初にクリスと遭遇した時のこと。
彼女はこう言っていた。
『ショタの魔王様を監禁してあんなことやこんなことを……。きゃっ、妾ったらはしたない。でも、イケナイ事だからこそ燃え上がるもの……』
彼女は初めから、俺を監禁するつもりだった。
ならば、ずっと監禁のための結界魔術を準備していたはず。
クリスは俺を必ず捕えるべく、膨大な魔力を貯め込んでいただろう。
それを暴発させる。
ここまでの会話は、結界魔術用の魔力を爆発へと変換するための時間稼ぎでしかない。
『む。何を企む……!』
瞬間。周囲は尋常ならざる衝撃と光に飲み込まれた。
威力は抑えてある。だが、圧倒的な光と音は一瞬の隙を作り出した。
そして、その隙を突いてクリスの手を引いて駆けだす。ホースは放っておいても付いてくるだろう。
ここまでは完全に想定通り。
唯一、問題があるとすれば……。
「ざァんねェん!最初ッから疑ってたんだなァ!」
四天王にはもう一人いるということ。
魔王軍が敵かもしれないと判明した時点で、ホースから「前」の魔王軍の情報はある程度聞き出していた。
クリスに聞いたのは、エイク以外のルートも四天王が同じだったかどうか、「今」も顔ぶれが同じかどうか、ホースの情報に嘘や記憶違いが無いかの確認の意味合いが大きい。
だが、ホースもクリスも。このウルヴァナについては詳しく知らなかった。
何の種族か、力量がどの程度なのか、何を目的に魔王軍に居たのか。その全てが謎。
完全な不確定要素。計算の外にいる存在。
恐らく、「魔王エイジ」はそれを狙っていたのだ。
知略担当のフィデルニクス。最大火力・最終兵器のアドラゼール。
龍のアホ火力は加減が出来ないため、知と武のバランスが取れていて従順。使い勝手の良いクリスティアーネ。
そして、不確定要素のウルヴァナ。
正体不明の存在は敵への圧になるだけでなく、盤面を引っ繰り返す可能性となる。
俺なら四天王をそうやって組む。「魔王エイジ」もそう考えたはず。
――魔王の策が、今の俺に牙を
正直、予想が外れていて欲しかった。ここで現れないで欲しかった。
こうなってしまっては、取れる手段は2つ。
1つはウルヴァナと戦闘して即座に無力化。逃げ切るという手段。
だが、これにはウルヴァナの戦闘能力・戦闘方法が未知数過ぎるという重大な欠陥がある。
対して、ウルヴァナは俺の実力や戦闘方法を知っているだろう。余りにも分が悪い。
そして、もう1つは――
「魔王様。妾を使ってくださいませ。身命を賭して、貴方様の道を切り拓いてみせましょう」
――仲間を切り捨てる選択。それ即ち、魔王の選択だ。
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