10話 クリスティアーネ・マラクス・ガーネット
◆◆◆
妾は最後にして唯一の「吸血鬼」。
吸血鬼の怨念と希望が綯交ぜになって生まれたナニカ。
◆◆◆
吸血鬼とは他の生物の血を栄養源とする種族。
草食動物が草を
人間が美食を求めて育成方法を改良するように、安全のため衛生管理を徹底するように、吸血鬼は血を選ぶ。
そして、人間の血は吸血鬼にとって最適だった。食に
吸血鬼とは、そういう生き物だった。
――故に、滅ぼされた。
吸血鬼に傲慢があったことは確か。人間を食料として食い殺していたのは事実。
それでも、人間だって動物を食い殺している。吸血鬼という種族にとっては人間がソレだっただけの話。疑問を抱くような事では無かったのだ。それが吸血鬼の当たり前だった。
その当たり前を、人間は決して認めなかったが。
ある時、人間は吸血鬼を罠に嵌めた。幼い吸血鬼の少女を用いた悪辣な罠だった。
吸血鬼たちは罠だと知りながら、愚弄した人間たちに宣戦を布告。
結果、戦争に負けた。
聖女たちの圧倒的な力と、人間の膨大な物量。それらに圧し潰された。
負けを悟った吸血鬼の王は、非戦闘員を中心とした同胞を「裏世界」に逃がすことを決断する。
これは吸血鬼の始祖たちが造り出した異界のことで、ただ1度だけ発動できる奥の手であった。
――然れども、人間は徹底的であった。
人間たちは吸血鬼たちが異界に逃げ出したと看破すると、「裏世界」そのものを外側から封印したのである。そして、ニュクリテス一帯に草木1つ生えなくなる魔術を行使した。
「裏世界」は土地を利用した大魔術。ニュクリテスある限り永遠に続く鉄壁の城。裏を返せば、ニュクリテスが枯れれば「裏世界」も枯れる。
加えて、吸血鬼は血液からしか栄養を摂取出来ない種族。
故に。鉄壁の城は、吸血鬼を捉えて離さない永劫の飢餓地獄へと変わったのである。
◆◆◆
一人また一人と死に絶えていく中で、吸血鬼たちは復讐を誓う。
そして、大禁呪に手を出した。
◆◆◆
異界を封印する結界は、対吸血鬼に特化した物。吸血鬼では絶対に抜け出せない。今の吸血鬼のままでは絶対に。
故に、彼らは新たな吸血鬼を造り出そうとした。封印を破ることが可能で、人間を滅ぼせる圧倒的な力を持った「吸血鬼」を。
しかし、魂の創造は神々の領域。吸血鬼たちに魂は生み出せない。
そこで、彼らは自分たちの魂を用いることにしたのである。
死んで輪廻へと還り行く魂。それを「裏世界」に閉じ込めて循環させ、新たな肉体へと宿すという計画だった。この一連の大魔術は「マラクス」と名付けられ、吸血鬼たちの最後の希望となったのだ。
まず始めに肉体が造られる。女性は魔力が男性よりも高い傾向にあるため、肉体は女性体として設計された。
その肉体は戦争で殺された王女の名前「クリスティアーネ」と名付けられ、吸血鬼再興を願って王族の姓「ガーネット」を与えられた。
食料も娯楽も無い異界にて。吸血鬼たちは「クリスティアーネ」が完成した後、睡眠をとる事もせず、人間たちへの呪詛を唱え続けながら死んでいった。自ら死を選んだ者も少なくは無かった。
そして。
ゆっくりと、しかし着実に。
約300年という膨大な時を経て、数多の魂は1つの肉体へと定着していく。
こうして妾は。最後の「吸血鬼」クリスティアーネ・マラクス・ガーネットは誕生した。
妾が目覚めたのは、周囲に吸血鬼たちの骨が転がるばかりの世界。
食料も娯楽も何もない世界で妾は産声を上げた。
それでも問題は無かった。
人間に兵糧攻めで滅ぼされた吸血鬼たちは、「吸血鬼」を食事不要で生きられるように設計したから。
妾の頭の中には、材料となった吸血鬼の怨嗟の声が響き続けた。
それでも問題は無かった。
一刻も早く人間たちへの復讐が出来るように、睡眠不要に設計されていたから。
「マラクス」は無謀な魔術で、妾の魂はグチャグチャに混ざった代物になっていた。
ちゃんと動いているから、問題は無かった。
グチャグチャの魂は、妾の身体を燃やすように苛んだ。
痛覚を苦痛と思う感情は搭載されていなかったから、問題は無かった。
親はいなかった。
ある程度の常識は備わっていたから、問題は無かった。
友もいなかった。
孤独を感じる機能は備わっていなかったから、問題は無かった。
食欲も、睡眠欲も廃されて。
唯一、吸血鬼再興のために生殖能力と性欲が残されているくらいだったけど。
それでも問題は無かった。
◆◆◆
「人間を滅ぼせ」という願いと、「人間を利用して子孫をつくれ」という願い。
これは単純な話で。「吸血鬼」を異種族と交配可能にする過程において、即座に用意できる遺伝子情報が人間の物しか無かった。食料だった人間の遺伝子だけは用意するのが容易かっただけのこと。
2つの願いは矛盾していたけれど、それでも問題は無かった。
「憎しみ」と「愛」は矛盾している。
けれど、その矛盾をオカシイと感じる心を無くしてしまえば。
それらの差異を認識する感性を廃してしまえば。
問題は無かったのだ。
◆◆◆
吸血鬼の始祖たちが残した大魔術は「裏世界」の他にもう1つ、「千里眼」と呼ばれるものがあった。
城そのものが巨大な魔術装置で、発動すれば遥かな遠方の景色を見ることが可能となる。
目覚めた後、妾は「千里眼」で人間社会を観察した。
製造者たちの「人間に復讐せよ」という命令を実行するために。
最初に、戦争が起きている地を観察した。戦争は世界の流れを掴むうえで重要な出来事だと植え付けられた知識にあったから。
そして、戦争の中心となっている一人の人間の少年を見つけた。
戦争では幾多の血が流れる。人間の血が流れる。
故にこそ。そこに行ってみよう、彼に会ってみようと思うのは自然の流れだった。
そして、彼に……後に魔王と呼ばれる少年「エイジ・ククローク」に出逢って。
妾は一目惚れをした。
その少年は妾とは違った。そもそもの肉体のスペックが遥かに劣る、弱き存在だった。
しかし、「生きていた」。常に自分の手札から何をすべきか模索し続けていた。
心の中で冷徹な判断に涙しながら、限られた手段で足掻いていた。
妾の心が、その精神に恋をした。
妾の肉体には子孫を残して吸血鬼を再興するという目的があった。
だから、遺伝子的に相応しい存在へ執着するよう、設計されていたのだろう。
エイジの肉体を構成する全てが妾にとって運命だった。
妾の肉体が、遺伝子レベルで恋をした。
精神が先か肉体が先か。本当のところは分からない。
もしかしたら、最初に興味を持った異性に執着するよう設計されていただけかもしれない。
どうでもいい。
必要な事実は1つだけ。
妾は妾自身の全てをもってエイジ・ククロークに一目惚れをした。
故に、記憶事変の日。記憶が流れ込んだ瞬間――
――妾は再び、同じ人に一目惚れをした。
◆◆◆
「不思議な事ではありませんわ。だって、憎悪も愛の一部で御座いましょう?」
「……え?」
妾自身の過去を思い出しながら、愛しの人と会話を続けていく。
呆気にとられた顔も愛おしい。その顔をもっと見ていたいと思う一方で、他の顔も見て見たいとも思う。
嗜虐的な笑みで妾を攻める顔が見たい。
妾に攻められて泣き叫ぶ顔が見たい。
蔑む顔を。笑う顔を。怒り狂う顔を。悲しむ顔を。
貴方の全てを妾は見たい。
「流れ込んだ記憶の結末は確かに悲劇ではありました。魔王様に不要な駒として手酷く切り捨てられた記憶でしたわ。けれど……」
滅茶苦茶な魂を有する妾は、感情がそもそも狂っている。
そんな妾にとって、憎愛など所詮はコインの裏表。表裏は一体で区別もつかない。
「前回」の記憶を得て、それに気付いた。
だって、「前の妾」は絶望しながらも歓喜していたから。
「惚れた殿方に与えられるモノなら、憎しみでも悲劇でも愛おしいと思いましたの」
同時に。妾もまた魔王様にあらゆるモノを与えたい。
喜びを。悲しみを。悦楽を。苦痛を。希望を。絶望を。
まず手始めに、この城に監禁してしまおう。
こうして会話している間にも着々と結界の準備は進んでいる。
「愛が憎しみへと至る事があるのなら、憎しみは愛の一部。なれば、傷つけ合いながら慰め合う事こそ愛の営みの本質。そうで御座いましょう?」
「なる、ほど……?」
「ちなみに、彼女の発言に嘘は一切ないよ。本気でそう思ってるみたい。おじさんとは別方向に狂ってるね、コレ」
「後者の問いへの回答は今の通りです。次は前者の――」
その時。
「裏世界」ニュクリテスの索敵に反応があった。
隠すつもりもない進軍。全方位からの攻め。
気付かれても無問題。決して逃がさないという絶対の意思。絶対の自信。
「魔王様、どうやら招かれざる客が来たようですわ」
魔王様との逢瀬を邪魔するゴミ共が、来る。
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