Chapter 3: “Continue”

1話 “Game Over”

◆◆◆



 キミの終わりはボクのモノだ。

 ボクの終わりはキミのモノだ。

 それだけは、誰にも譲らない。



◆◆◆



 ボクはエスリム。エスリム・テグリス。

 かつて前回勇者と呼ばれた者。今も勇者と呼ばれている者。


 最初は復讐心だった。

 「前回」、ボクの家族は戦争に巻き込まれて死んだ。魔王が原因で始まった戦争に巻き込まれて。

 魔王の所業を憎み、その存在を滅したいとだけ望み、ボクは聖剣「グラヴィテス」を抜いた。


 でも、魔王を追う旅路の中で、魔王軍と戦う日々の中で。

 ボクはたくさんのモノに巡り逢った。

 優しさに触れた。悲劇を知った。怒りを抱いた。勝利を得た。敗北を刻んだ。

 出逢いに恵まれた。別れを強いられた。

 折れて止まった。立ち上がって進んだ。

 そういえば、ちょっとだけ恋……みたいなものもあったっけ。

 あの時、キミとボクはどちらも正体を隠していた。姿や声を偽っていた。

 ボクたちは互いの素性を知らぬままに、一緒に共通の問題を解決しようとしたんだよね。

 限られた手札の中で最善の道を迷いなく選び抜く姿。その姿にちょっと憧れたりしたんだよ。……その淡い初恋は最悪の終わり方を迎えたわけだけど。


 ボクの旅は到底言葉では語りつくせない程の、たくさんの思い出に彩られていた。

 そして思ったんだ。ボクはこの世界を護りたいんだって。

 それがボクの理由になった。戦う理由になった。


 そしてね。

 その護りたい「世界」にはキミも含まれてたんだよ。エイジ。


 多くの人間と縁を紡いだ。同じくらい多くの異種族の人々とも関わった。

 そして知った。差罰を、壁を、格差を、歴史を、積み重なって解けなくなった幾多の憎悪を。

 この世界の歪みを、ボクは知った。

 だから、みんなを救える道を模索しようと思ったんだ。

 みんながみんなハッピーエンドになれる道を探そうと思った。

 人間とか異種族とか関係なく。みんなが笑い合える未来を掴みたいと思った。

 キミが魔王となってまで抱え続けた何かがあるのなら、それに協力するのも良いと思った。それで皆がハッピーエンドに至れるのなら、それで良いと本気で思った。

 勿論、復讐心はずっとずっと残っていたよ。胸を焦がし続けていた。けれど、それ以上に誰かを救いたい想いが大きくなっていたのも嘘偽りない事実だったんだ。

 

 そんなボクの考えを、キミはお花畑だって笑ったっけ。


 ボクとキミは結局、ずっと平行線のままだった。手を取り合うことは叶わず、その道が重なることは無かった。

 ……殺し合うしか、無かった。

 最期はボクの剣がキミを貫いて決着。

 勇者が魔王を討伐してゲームクリア。めでたしめでたし。そんなありきたりの結末。

 それで終わったはずだった。

 なのに。

 魔王討伐から1か月ほど経って。

 世界の全てが巻き戻った。


 原因は未だ不明らしいけど。

 ボクには分かるよ。キミが関わってるんだろ?

 いつだって事象の中心はキミだった。世界の中心はキミだった。

 当然のことだよね。

 だって、魔王が生まれて勇者が生まれる。これが逆になることは無いんだから。

 前世に読んだ物語に、勇者が魔王になってしまう……みたいな話も合ったけれど。

 けれど、全ての始まりを遡っていけば、きっと原点は悪役魔王に行きつくんだ。

 物語の主人公が勇者でも、物語の土台は魔王だから。

 だからさ、この「記憶事変」も中心にいるのはキミなんでしょ?


 勇者であるボクの元に集まってくる話を聞くと、どんな「ルート」でもボクがキミを討伐して終わってるらしいけれど。「記憶事変」はキミの死後に起こっているらしいけれど。

 でも、不思議な確信があるんだ。中心にはキミがいるって。

 「ボク」が「キミ」を殺せなかった「未来」があったのかもしれない。ボクが仕留め損なっていたのかもしれない。

 キミが何かに巻き込まれたのかもしれない。キミに何かの思惑があったのかもしれない。

 細かいところは分からないけれど。


 でもね、エイジ。

 もう終わりにしよう。

 

 この「記憶事変」にどんな意味があるのか、ボクには分からないけどさ。

 これは決して誰かを救ったりしないよ。誰も幸せになんかならないよ。

 

 たとえば、あるヒトは自らの死の記憶に心を病んでしまった。

 たとえば、あるヒトは大切な人の死の記憶に泣き叫んだ。

 たとえば、あるヒトは産んだはずなのに居なくなってしまった我が子を想って絶叫した。

 たとえば、あるヒトは「未来」で結ばれたはずのヒトが、別のヒトと結ばれている光景を前に絶望した。

 たとえば、あるヒトは「今」と「前」、2つの記憶の混濁に惑った。

 たとえば、あるヒトは「未来」の出来事を理由に誰かを憎んだ。

 たとえば、あるヒトは覚えのない理由で憎まれて困惑した。

 たとえば、たとえば、たとえば……


 ある場所では「未来」の出来事を理由に争いが起きている。

 世界では「未来」を理由に誰もがキミを憎んでいる。

 それまで温厚で優しかったヒトが、キミへの憎しみの記憶で豹変してしまった……なんてことも珍しくない。


 こんなこと、もう終わりにしよう。

 「魔王」であるキミと。

 「勇者」であるボク。

 キミとボクが中心となって、こんな悲劇が起こるのなら。

 ボクたちは、もうこの世界に居ちゃいけないんだ。

 ボクたちの物語は既に終わった。エピローグは終わった。

 この世界に「勇者」と「魔王」なんていらない。そんなモノが無くたって皆はちゃんと歩いて行ける。

 だからさ。

 一緒に消えよう、エイジ。


 今の世界、みんながキミを殺そうと躍起になっているけど。

 「世界法」で罪にならない殺しなんてモノが出来てしまったけど。

 でもね、罪にならない殺しがあっても、罰の伴わない殺しは無いと思うんだ。

 仕事としてヒトを殺す死刑の執行官だって、誰かを殺した記憶に苛まれてしまうもの。自分の心が自分を罰してしまうんだ。

 ボクもキミを殺してから、ずっと苦しかったんだよ。


 だから、キミを殺してしまう罪を、他の誰かに背負わせたりしない。

 全部、ボクが背負う。キミの終わりはボクが背負う。

 

 だから――



◆◆◆



「――さよなら、エイジ」


 かつての光景をなぞるように。

 蒼い髪の少女は、聖剣を少年に突き刺した。

 それは、誰の目にも明らかな致命傷であった。

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