2話 北の国レウワルツ

 カルツの魔王エイジは他の「未来」の魔王と区別して、「じん魔王」などと呼ばれることがある。というのも、彼が主戦力としたのは「人間」だったからだ。

 そもそも、北方の地には主に「レウワルツ」「リオートオルム」「ディスタブラ」の3国が存在する。

 最大面積を誇り、大陸中央の神聖ヒルア帝国と国境を接するレウワルツ。

 このレウワルツは人間の国家だ。しかし、ヒルア帝国と関係が良好というわけでは無い。というのも、レウワルツとヒルアでは、同じゼクエス教でも宗派が異なるからだ。

 ヒルア側が単に「教会」と呼ばれるのに対し、レウワルツ側は「教会」と呼ばれる。ヒルアは開祖ヒルアーゼが契約を結んだ「8柱の神々」を信仰しているが、レウワルツは8柱の神々を生み出した「創造神」を信仰しているのだ。

 次にリオートオルム。こちらは「獣人」の国。人間とは決して有効な関係ではない。しかし、国土が天然の要塞と化していることに加え、獣人たちは軒並み高い戦闘力を有している。それらの要因により、小国でありながらレウワルツに滅ぼされることなく残り続けてきた。

 最後が大陸最北の国ディスタブラ。豪雪と起伏に富んだ険しい大地。あらゆる資源に乏しい過酷な地。追いやられ続けた種族が集う、最果ての国である。エイクルートの魔王エイジが最初に手勢にしたのは彼らだったらしい。

 それでは、カルツルートの魔王エイジはどうしたのか。

 「彼」は初めにレウワルツで内乱を起こしたのだという。広大なレウワルツでは人間同士の対立も多く、それを利用した形だ。

 さて、自分たちと姿形が異なり、国も文化も異なり、元々敵として認識していた「異種族」との戦いと。同じ姿、国、文化の「人間」との戦い。どちらの記憶の方が悲劇だろうか。

 間違いなく後者の方が辛く苦しい記憶になるだろう。

 故に――



◇◇◇



「――というわけで、やっぱりレウワルツではカルツの記憶を持っている人が多いみたいだな」


 魔王を憎む記憶とは、即ち魔王によって最も過酷な目にあわされた記憶だ。

 このレウワルツにおいては、殆どが人間同士で争ったカルツの記憶を有している。

 そう。今の俺は「エイク」と「カルツ」の魔王の記録を辿るように、北の国レウワルツに潜入・情報収集をしている。

 否。正確には、「俺たち」か。


「妾の方でも同じでしたわ。誰もがカルツの記憶を有しておりました」


 俺の言葉に答えたのは、黒髪黒目の少女。名前は「アン」。何を隠そう、魔術で瞳と髪を黒く染めたクリスである。

 あの日、クリスが俺に炎の剣を突き付けた日。俺は自らの考えを彼女にぶちまけた。

 「魔王の方が良いのなら去れ」とまで言って。

 正直、冷静じゃなかった。師匠とウアとバルバルに何かがあったかもしれない状況で精神が乱れていたから。だから、作戦なんて何も考えていなかった。

 クリスは重要な戦力なのに引き留めようとか考える余裕が無くて。本当に去られてしまう可能性があった。

 しかし、その心配は杞憂に終わる。彼女は俺に着いてきてくれたのだ。理由は良く分からない。彼女はそれを頑なに語ろうとはしなかったから。

 アンの名前の由来はアンドゥトロワのアン……即ち「1」。「0時レイジ」の隣だから、という安直な理由である。俺にネーミングセンスを期待するな。


「とりあえず。引き続きこの街で情報を集めよう。そして「オルトヌス」を探すんだ」

「了解しましたわ」


 軍師オルトヌス。「前回」で勇者一行の一員だった男。

 俺が生きている以上、教会は再び勇者一行を集めるだろう。当然、オルトヌスは勇者と接点を持つはず。

 「記憶事変」なんて馬鹿げた現象。魔王に覚えが無いのなら、勇者が何かを知っている可能性は高い。もしかしたら、ウアや師匠やバルバルのことも。

 これが今の俺に出来ること。歯痒くとも、それしか切れる手札が無いのだった。

 

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