2話 概要把握……失敗

「ふむ。つまり2号の推測では、多くの人間の記憶が過去に戻る大規模な「やり直し」が起きた、と。そういうことだな?」


 ここに至るまでの経緯を話した後、シムナスは……師匠は、俺なりの仮説を述べることを求めた。

 なんだか先生と生徒、師匠と弟子って感じがして良いなと思いつつ、俺なりの推測を披露する。

 両親や近所の人から始まり、師匠やバルバルまで。遭遇した全ての人たちの反応・言動を踏まえれば、これが一番納得のいく説に思えた。

 まるでゲーム本編をクリアして、もう一度「ニューゲーム」を最初から始めるように。

 その際、集めたアイテムやら鍛えた能力値なんかを引き継いで無双プレイすることを、「強くてニューゲーム」、海外では「New Game+」というのだったか。

 この現象を、大多数の人間が……もしかしたら世界規模で経験しているのではないか、というのが俺の仮説。人々が記憶を保持したまま世界の時間が巻き戻っているのなら、ここまでの色々な事に説明がつく。

 俺が未来で何かトンデモナイ事をしでかして「魔王」なんて痛い名前で呼ばれるようになり、みんなが先に殺しておくべきと判断した……というように。

 けれど。


「弟子2号よ、自分が如何に常識外れのことを言っているかの自覚はあるだろうな?」

「はい。分かっています。鹿


 師匠の言いたいことは分かる。

 そもそも、「時間の巻き戻し」「逆行」「世界のやり直し」……のような過去を変える行為が現実的じゃない。

 どんな魔法でもそんな事は出来ない。師匠を始めとした魔女たちだって無理だ。

 それは「パラレルワールド修正力学」及び「タイムパラドックス否定説」、そして「絶対世界法則論」という小難しい理論やら学説が全面的に裏付けてしまっている。

 全部やたらと長くて難解なのだが、一言でまとめれば「過去改編は不可能」という事を言っているだけだ。もう少しだけ詳しくすると、「記憶を保持したままのタイムスリップは行えないため、やり直しても全く同じ結果になる。故に過去改編は出来ない」となる。

 伊達に4年も勉強漬けの日々を送ってはいない。全てちゃんと知っている。


「しかし、それしか現状を説明できないとも思います」

「それはそうかもしれぬが、なぁ……」


 恐らく、師匠は俺よりも多くの知識を有しているからこそ、俺以上に懐疑的になっているのだろう。

 4年間勉強漬けと言っても、数百年ずっと魔導に親しみ続けた魔女とは比べるのも烏滸がましいしな。

 とはいえ、現状の俺に絞り出せる仮説はこれが限界だ。


「師匠の話を聞かせてください。仮に「やり直し」と表現しますが、「やり直し」の瞬間を師匠はどのように感じましたか?」


 あとは師匠側の話……即ち、やり直している側の話を聞く必要がある。

 いつ、どのタイミングで「やり直し」が起きたのか?その際に魔術・魔法的な兆候は無かったのか?直前にどこにいて何をしていたか?「前回の記憶」はどんなものか?

 聞かなければならないことが山程ある。


「む……。いや、その件なんだがな……?正直、良く分からん」

「……へ?」


 ん?俺の聞き間違いか?

 魔女ほどの人がこんな異常事態に巻き込まれて何も気づかなかったと?

 まさか、そんなわけないよね?

 ないよね?


「そもそもの話な。我は弟子2号の姿を見て、この世界に異常が起きていることを知ったのだ。それまでは何も気付かんかった」


 聞き間違いじゃなかったみたい。

 魔女への畏怖みたいのが急速に薄れていく。

 いや、でも待てよ?この証言はこの証言で奇妙さ満載。検証の価値がある。

 俺の姿を見たら異変に気付いた、とはどういうことだ?

 説明を求めれば、師匠はどこから話すべきか迷うように、ゆっくりと話し始めた。


「我は故あって数百年ほど前から、この森……バルバルから外に出ておらん。外界との接触を完全に絶ち、森の中で素材を集めては魔法や魔術の研究だけをしてきた」


 そういえば、花葬の魔女は既に死んでいるのではないか、というのは結構有名な説だ。

 というのも、数百年前に大暴れした事は記録に残っているが、それ以降一切の目撃例が無かった。

 加えて、花葬の魔女を信奉する集団が出たり、名前を騙る者が現れたりはしたみたいだが、それらに魔女本人が関わっていないことは明らかになっている。

 故に、既に死んでしまっていると考えられていたのだ。

 数百年ずっと森に引きこもって誰一人とも関わらない生活をしているとは誰も考えなかったのだろう。

 然もありなん。まさか悪名高き魔女が「引きニート」になっているとは思うまい。


「どこぞの弟子1号は、そんな我を「引きニート魔女」などと失礼な表現をした故な、教育的指導をしてやったものだ。最後には泣き叫んで許しを乞うていたのが懐かしい。……まさかとは思うが、お前はそんなことは考えてないよな?」

「はい!全く考えておりません!なんて失礼な奴でしょうね!弟弟子として恥ずかしい限り!兄弟子に変わり謝罪致します!」

「そうかそうか!好い、好いぞ。此度の弟子は礼儀を知っていて好いな!」


 やっべー。口に出してたら地獄の説教コースだった。

 完全に「前の俺」と思考が一致している。同一人物だったのは間違いないようだ。

 言動には細心の注意をしよう。


「話を戻すぞ。数百年変わらぬ日々を過ごしていた所に、数十年程度の記憶が巻き戻ったとしても大して異常は感じぬ。精々が昔の記憶が蘇ったかと思う程度よ」


 まぁ、それはそうかもしれない。森の素材を採取して、研究して……という全く同じ毎日を延々と繰り返していたのなら、その日々が頭に浮かんできても異常は感じない、か。

 待てよ。ずっとバルバルに引きこもっていたなら、「前の俺」はどのようにして師匠と出会ったのだろうか?

 バルバルが認めた者しか入れない以上、偶然迷い込むというのも考えにくい。


「あの、師匠。バルバルから出なかった師匠は、弟子1号とはどのように?」

「我が森から出た日が1日だけあった。ある日、森の最も外側で素材採集をしていた時だ。血塗れで死に体の少年が森の外を歩いているのを観測した」


 恐らく、それが「前の俺」、弟子1号だろう。

 しかし、血塗れ?死に体?しかも、1人?

 どういうことだ?


「最初は人体実験にでも使おうと思っておった。森生活では人体など入手できんからな」


 うっわ、魔女こわ!過激だと思ってたけど、教会の教え間違ってなかったじゃん!


「ただ、この魔獣は融通が利かなくてな。他者を決して内に入れようとはせん。諦めて捨て置こうかと思っておったら……」


 師匠はそこで言葉を区切り、優し気に微笑んだ。

 例えるならば、弟を見守る姉、子を想う母。

 どこか呆れつつも認めている慈しみの笑みだった。


「少年は魔獣の名前を聞き、無いと知るや名前を付けたのだ」


 その溢れんばかりの愛しさに満ちた顔に、数瞬思考が停止する。

 魔女と呼ばれる程の人が。正真正銘の怪物が。こんな顔を浮かべることが出来る。


「森に入っても人体実験に使われるだけと少年には既に伝えてあった。然れども、外にいるより僅かでも生存の芽があると考えたのだろうな」


 その光景を前に、頭の中を埋め尽くしていた数多の疑問が霧散し、常に最善を模索して張りつめていた意識が解けていく感覚を覚える。


「我はそれを興味深いと感じたのよ。瀕死の状態でありながら、幼い少年は必死に道を模索しておった。外よりは森の中の方が安全、森に気に入られるには何が必要か、とな」


 待て。落ち着け、エイジ。エイジ・ククローク。

 まだ何も明らかになっちゃいない。このオカシクなった世界で他者を信じ過ぎるのは駄目だ。

 両親が殺そうとしてきたことを思い出せ。血の繋がりさえ、この異常事態の前には意味をなさなかった。

 思考を手放すな。全てを疑え。情報を集めろ。

 俺の命は俺だけのものでは無い。妹を護らなければならないのだから。俺が死ねば妹を護る存在がいなくなる。それは駄目だ。

 ……そう、妹。妹だ。さっき、師匠は「前の俺」は1と言った。

 その事について聞かなければならない。


「すみません、師匠。話を聞く限り、その時の俺は1人だったのですか?ウアはいなかったんですか?」


 夜も遅く、逃避行の疲労もあったのだろう。

 うつらうつらと舟を漕いでいたウアは、自分の名前が出たことにハッと意識を取り戻す。

 そして、自分は眠ってなんかいません、とでも言い張るように背筋を伸ばして目を見開いた。可愛い。


「あぁ。弟子1号は1人であった。妹など連れてはおらんかったな」

「それは一体……」

「2号妹よ。お前に「前」とやらの記憶はあるのか?」

「ううん。無い、と思う。でも、良く分からない」


 そう言えば、妹への確認はしていなかった。

 ただでさえ親やら知人からの逃避行というストレスの強い状況。幼い妹に必要以上の不安を感じさせたくなかったから、というのが大きな理由ではあったのだけれど。

 一応の安息の場所を手に入れた以上、ズルズルと引き伸ばし続けるわけにもいかない。妹自身の安全のためにも、話を聞いておくべきだろう。


「けど、おかしいの。今一緒にいるのに、兄ちゃんと離れ離れになっちゃった気がするの。それで、その後すぐに真っ暗になってね、それで、気付いたらお母さんが怒ってて、兄ちゃんが手を引いてくれて……」


 ウアの話は要領を得ず、支離滅裂になってしまっている。

 もしや、時系列が滅茶苦茶になっているのか?

 「やり直し」、つまりは「記憶の逆行」という事態に巻き込まれた結果、「前回」と「今回」が混在して区別がつかなくなっている?

 今一緒にいる、は「今回」。

 俺と離れ離れ、は「前回」か?

 真っ暗になった、も「前回」だろうか。

 母が怒っていた、は「今回」。

 俺が手を引いて逃げた、も「今回」。

 こんな感じだろうか。


「師匠、これはどういうことなんでしょうか?」

「推測できることは幾つかあるが……」


 整理した内容を語りつつ師匠に問えば、少し逡巡した後に答えてくれた。


「先ず、2号母の「娘など産んでいない」という言葉。これが言葉の意味通りであるならば、2つの仮説が成り立つ」


 確かに、母はそんなことを言っていた。

 あれが正しい言葉だとする、つまり母がウアを本当は産んでいなかったとすると?


「1つ、「ウア・ククローク」という存在は「1周目」には産まれなかった。2つ、「ウア・ククローク」は後天的に2号の妹の枠に収まった存在である」


 1つ目は流産とか、そもそも妊娠しなかったとかそういうことかな。

 そして2つ目は魔術か魔法で記憶を改ざんして居座った、という仮説か。

 2つ目については強く否定したいけど、否定できる根拠を持っていないのも事実。

 一応、ゼロではない。

 他者の記憶……この場合だと、俺や両親だけでなく町中の人の記憶を改ざんしなければ不可能な話で、そんな大規模な力は魔女クラスでもなければ出来ない。妹は確かに天才だが、魔女の足元にも及ばないわけで。魔術・魔法理論の常識的に考えてウアに出来る次元の話ではない。

 このことを根拠に、ウアは俺の妹だと主張することは出来る。

 けれど、そもそも「やり直し」なんて常識を引っ繰り返す事態が起きているのに、現在の常識を根拠とすることは出来ない。

 だから、主張できる根拠はない。

 それでも。それでも、ウアは俺の妹だ。

 根拠なんて無くとも。俺はそう断言する。

 そのことを主張しようと口を開き――。


「……落ち着け、弟子2号。話は終わっとらん。実はな、我から見て1号と2号に大きな差があるようには見えんのだ。1号は深く暗い憎悪を心の内に抱えておったが……違いと言えばそれくらいか」


 幼子に言い聞かせるように、優しく止められてしまう。

 確かに、彼女は何百年も生きている魔女で、俺は前世合わせても足元にも及ばないかもしれないが。

 それでも、子ども扱いされているようで納得がいかない。


「妹の有無というのは、人間の人格形成には大きな要因となろう?であれば、1周目にも妹に該当する存在がいた、と考えるのが道理」


 子ども扱い云々の件は今考えることではないので、思考の片隅に押しやり、師匠の言葉を吟味する。

 確かに、師匠の言う通りだ。

 ウアは今の俺の構成要素の6割強を占めていると言っても過言ではない。そんな存在がいなければ全く異なる人格になっていただろう。

 なら、考えられることは……。

 ……その思考に至った途端、背筋がゾっと冷えた。 


「1周目。弟子1号の妹は既に死んでいた、と考えるのが現状で最も納得のいく仮説だろうよ。2号妹の証言を踏まえれば、何者かの手で……と考えるべきであろうな」


 師匠はウア本人が聞いているから言葉を濁してくれたらしい。

 けれど、俺には充分に伝わった。「前」のウアは何者かに殺されたのだ。

 仮に「やり直し」が起きた時刻をT時とする。「前回のT時」から1分しか生きていなかった場合、「やり直し」で入手できる記憶は1分の僅かな記憶だけだ。

 故に、ウアはやり直しているけれど、前回の記憶が殆どない状態なのだろう。

 俺とウアは何かに巻き込まれ、俺は血塗れになってウアと離れ離れになった。その後、ウアは「真っ暗になった」……即ち、殺されてしまい、俺はバルバルへと辿り着いた、と。

 ……そうか。「前の俺」はウアを護ることが出来なかったのか。

 さぞ悔しかっただろう。辛かっただろう。無事にウアと一緒にいる俺でさえ、怒りと悲しみで感情が狂いそうなのだ。実際に護れなかった「前の俺」は一体どれほどの絶望を感じた事だろうか。

 ……なるほどな。それで、弟子1号は憎悪を抱えていたわけか。

 今後再びウアが狙われてしまう事も容易に想定される。対策を練っておくためにも情報を集めておかなければならない。

 そんなわけで、弟子1号が憎悪を抱いていた対象について師匠に尋ねたのだが。


「我は1号のことは殆ど知らん。あえて踏み込もうともせんかったからな。修行をつけてやった後、アイツは森を出て行った。その後は手紙の1つも寄越すことは無く、顔を見せることも無い。薄情な弟子であったよ」


 推測でしかないけれど、「前の俺」は復讐を果たそうとしたのだろうか?

 相変わらず全く記憶に無いけれど、一応謝っておくべきだろう。


「その、すみません。お世話になっただろうに……」

「ふん。これは2号ではなく、1号の話。貴様が謝ることではないわ」


 師匠の声は怒っているようであったけれど、少し違う。

 これは、きっと。


「それに、な。理由は分かるのだ。1号は我を巻き込みたくなかったのであろう。「魔王」などと大層な名前で呼ばれるようになったのなら尚更な。手紙を出して我が存命だと、魔王の関係者だと知られることが無いように……」


 これは、やるせなさと後悔だ。

 その怒りは2号ではなく、そして「1号」ですらなくて。何もできなかった自分に向いている。


「ほんに、馬鹿な弟子よな。弟子が師匠の心配など思い上がりも甚だしい。……大馬鹿者め」


 今の師匠にこんな表情をさせている「前の俺」を責めたいような感情が湧く一方で。

 こんな風に誰かを想える女性を巻き込みたくないと思った気持ちも良く分かってしまった。

 色々な条件が変わってしまった世界で。「今の俺」は最後にどんな決断をするのだろうか。

 そんなことを、考えた。



◇◇◇



「色々と議論したが、まとめると簡潔だな」

「えぇ、そうですね。師匠」


 俺は「前回」の記憶が皆無。

 妹は早死にで役立つ記憶無し。

 師匠は引きこもりで何も知らない。

 バルバルは喋れない。

 つまり。


!」


 結論。何も分からない。

 まじかー。

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