3話 Difficulty Level "Impossible"

「2号よ。我は貴様を1号と同じように……いや、前回で勝手は分かっておるからな。前回よりも効率的に鍛えてやる。それで力をつけたら森を出て事情を探れ」


 最終的に、こういうことになった。

 もしかしたら「やり直し」でバルバルのことや、バルバルへの侵入方法を知っている人がいる可能性もある。

 森の前で遭遇した2人組は、俺があの周辺に縁があると知っていて待ち伏せをしていた可能性が高い。

 また、「前回の俺」のことや、妹を殺めた存在のこと、両親のことなど知らなければならない事は山積みだ。

 故に、俺は修行の後に世界を調べる。俺自身がそうするべきだと判断した。

 ただし……。


「ただし、必ず戻ってくることだ。ここを拠点として活動せよ。1号のような薄情な真似は許さん」


 ……とのことで。

 俺は帰ってくる場所を得たのである。



◇◇◇



 師匠に弟子入りしてから5年が経った。

 あの時10歳だった俺は、15歳のナイスガイになっている。ごめん嘘、まだまだガキっぽさは抜けていない。背は伸びたし筋肉もついたけど、まだまだ成長の余地はある。

 この5年、本当に色々な事があった。

 師匠は魔導や武技以外のことは駄目駄目な人である。なので、掃除やら洗濯やら料理やらは弟子たる俺がやらされることになった。

 旅の途中で必要な技能を身に着けるためだと言っていたが、絶対自分が楽をするためだ。間違いない。

 朝は誰よりも早く起きて朝食をつくり、夜は剣の素振りをして誰よりも遅く寝る。そういう生活。家事についてはウアが手伝ってくれていたので助かったが、1号は全部一人でやっていたのだろうか。我ながら同情を禁じ得ない。

 まさか、前回の俺がバルバルを出た後で帰ってこなかったのは……。いや、流石に違うだろう。違うと信じたい。

 ただ、そういった苦労も修行の対価と考えると安すぎるくらいだっただろう。

 魔女の名は伊達ではない。師匠の知識は果てしなく膨大で、剣技を始めとした戦闘技能は尋常ならざる領域にある。何百年もの研鑽が、決して常人には届かぬ地平を切り拓いていた。

 俺はそれを必死に学び、吸収し、そして――


「見事だ、弟子2号よ。よくぞ我から一本を奪ってみせた」


 ――ここまで来た。

 木製の模擬刀。双剣の片割れが、確かに師匠の首元に突き付けられている。

 もっとも、師匠は本気では無かっただろうし、こっちは卑怯な手を講じまくった。それでも、一本は一本。勝ちは勝ちだ。


「誇れ。1号よりも1年早い」


 師匠が前回の経験で勝手を知っていた、というのが大きいだろうけど。

 どうやら俺は前の「俺」よりも早く修行を終えられたようだ。


「明朝、出立せよ。今日は休んで英気を養っておけ」

「……はい!ありがとうございました、師匠!」


 そう。俺は明日、旅立つ。



◇◇◇



「2号よ。これを」

「師匠、これは師匠の剣じゃ無いですか!頂くわけには……!」


 それは師匠愛用の双剣。

 名は確か、「桜魔おうま」「人月じんげつ」。

 数百年連れ添った相棒を、師匠は俺に授けようと言うのか。


「我が構わぬと言っている。つべこべ言わずに受け取れ」


 この世に2つとない正真正銘の名剣。

 俺の戦闘スタイルは師匠直伝の双剣スタイルだし、有難いことは間違いない。

 ここは素直に厚意に甘えよう。


「はい。ありがとうございます、師匠」

「この我が教えを授けたのだ。どこぞで野垂れ死になどしてみろ。死後の魂を捕らえ、恐るべき苦痛を与えてやる」

「ははは、それは勘弁したいです。ので、絶対に戻ってきます」

「それで良い」


 冗談っぽく言っているが、断言しよう。師匠ならやる。絶対にやる。この魔女はそういう人だ。

 流石に死後も永劫の苦しみに囚われる……的な地獄ルートは避けたいものである。

 

「兄ちゃん……」

「ウア」


 師匠との別れを済まし、次はウアだ。

 13歳になったウアは兄の贔屓目抜きにも美少女になった。これからますます美しくなっていくことだろう。

 やがては彼氏なんかも出来て……は?彼氏?結婚?兄ちゃんは許しません。どうしてもウアと結ばれたいのなら俺を倒してみろ。そうしたら認めてやる。


「兄ちゃん。女は基本的に敵。男も必要以上に言い寄ってくる奴は敵だよ」


 しかし、どうしてこうなったんだ?

 元々傾向はあったけど、この5年でウアは完全完璧なブラコンヤンデレ妹に仕上がった。

 ま、可愛いからオッケーだな。うん。

 ちなみに、ウアは師匠と共に留守番である。護るべき存在が近くにいることは必ずしも強さには繋がらない。情報収集と言う隠密行動を主目的とするなら特に。

 英雄アキレスも弱点を射抜かれて死んだのだ。

 兄として、妹には安全地帯にいて欲しかった。これは絶対に譲れないことである。


「前回のことなんて兄ちゃんには関係ない事なんだから、全部無視だよ。「愛してる」とか「お慕いしていた」とかは全部地雷ワード。聞いたら即逃げて。私が認めるのはシムナスさんまでだよ」

「あ、あぁ。分かった」

「何故そこで我の名前が出る……?」

「兄ちゃん、いつもの3回復唱。「記憶にございません」……ほら早く」

「記憶にございません、記憶にございません、記憶にございません」

「よろしい」


 謎の恒例儀式を済ませれば、妹との別れも済んだ。

 故に。


「行ってきます、ウア、師匠!」

「行ってらっしゃい、兄ちゃん!」

「弟子2号よ、息災でな」


 俺はついに旅立った。

 オカシクなった世界を探るために。



◆◆◆



 これは、エイジが去った後のことだ。


「弟子2号は行ったな」

「そうですね、シムナスさん」


 風も無いのに、木々が揺れる。

 何かを警戒するように。黒き森が、バルバルが揺れる。


「いい加減、猫かぶりを止めよ。貴様は何者だ?何が目的だ?」


 シムナスは弟子に渡したのとは別の剣を片手に持ち、それをウアに突き付けた。

 溢れんばかりの膨大な魔力を……魔女さえ超えるソレを隠そうともしなくなった怪物に。


「流石に魔女クラスは騙しきれませんよね。見て見ぬふりをするなら、貴女は見逃してあげようとも思っていたんですけど……」

「はっ。初めから隠すつもりも無かった癖に。良くも抜け抜けと言えるものだな」

「戦うのは構いませんけど……死んじゃいますよ?」

「随分な自信だな、ウア・ククローク」


 両者の間に、昨日まであった和やかな空気は見る影もなくなった。

 そこにあるのは、死闘の前の冷たい重圧のみである。


「私に勝てるとでも思っているんですか?」

「勝てぬだろうな。伊達に長生きはしとらん。実力差くらいは分かるさ」

「それでも挑むのですか。そんなに兄のことが大事なんですね」

「弟子は我の悠久の諦念を打ち破った。停止し続けた時間に確かなさざなみを立てて見せた。それを大事に想うのは当然であろう?」

「そうですか。そういうことなら、譲れませんよね。よく分かりますよ」


 直後、両者の間に沈黙が降り、そして――


 その後、その場所で何が起きたのかは定かではない。

 だが、1つだけ確かなことがある。

 エイジ・ククロークが戻ってきた時、そこに

 彼が安全な拠点と認識した場所は、跡形もなく消えていたのだ。


 今一度、書き記すべきだろう。

 これは、最高難易度の異世界物語である。

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