Chapter 1: Difficulty Level “Impossible”

1話 拠点

 ゴロツキ2人組は女性の魔術で暗示をかけられて、無意識のままフラフラと歩いて去っていった。

 そして、彼女に連れられて辿り着いたのは、黒い森の奥にポツンと佇む小さな家。

 彼女は、自らを「シムナス」と名乗った後に。


「ふむ。「花葬かそうの魔女」とも呼ばれているが……。そちらの方が分かりやすかったか?」


 と告げた。

 花葬の魔女シムナス。シムナスという名を知らずとも、「花葬の魔女」の2つ名は知っていた。

 この世界で知らない者はいないとさえ言えるほどの、超大物。

 「魔女」は世界に数名しかいない正真正銘の怪物たちの総称なのだから。


 妹ウアの容姿が魔力によって銀髪赤目という神秘的なモノへと変質しているように。魔力は生物の身体に多大な影響を及ぼす。

 魔女は有する魔力が大きくなり過ぎた結果、肉体が完全に人の範疇を超えてしまった存在。何百年という時を老いることなく生き、たった1人で軍勢を滅ぼす。正真正銘の怪物である。

 大昔は「魔人」という呼称だったらしいが、いつしか魔女と呼ばれるようになった。女性の方が大きな魔力を有しやすく、魔人に至った存在は全て女性だったからだろう。


「随分と落ち着いているな、少年?魔女の恐ろしさを知らぬわけではあるまいに」


 魔女は怪物だ。この世界の子どもたちは魔女の恐ろしさを聞かされて育つ。童話やら歌やら引っ張りだこで登場している、超人気の題材だ。全て悪役として、だけれど。

 対称的に正しい存在として描かれるのは「聖女」である。膨大な魔力によって魔女になってしまいながらも、「ヒト」としての矜持を忘れず、人間の枠に収まり続けた者たちのことを指す。

 例えば。ある聖女は、自らの肉体に死の魔術を刻んだ。徐々に己の身体を蝕んでいく死の呪い。数百年も生きながらえる怪物になる前に、人として死ぬことが出来るように。

 彼女たち聖女は、背教者である魔女とならないように様々な手を尽くし、歴史に名を残してきた。

 とにもかくにも。魔女の恐ろしさは誰もが知っている常識だ。

 親は子に、魔女に遭遇してしまった時に取るべき手段として「一目散に逃げる」か「全力の命乞い」かのどちらかを言い含める。もっとも、恐怖に固まって何もできないことが殆どだろうけど。

 教会なんかは、「醜悪な実験の材料にされ人類の敵となりたくなければ、速やかに自死を選ぶべし」などと教えているくらいだ。俺の両親は敬虔な信徒だったので、これを選ぶように教えられた。

 まぁ、もっとも。


「魔女の恐ろしさは幼い時から聞かされてきました。けれど、それは1つの判断材料でしかありません。ここに至るまでの全てを踏まえ、貴女とはこうして話すべきだと判断しました」


 俺からすれば、全てアホらしいとしか言えない。

 恐怖に固まるのは論外として。

 一目散に逃げる?

 全力の命乞い?

 自死?

 馬鹿馬鹿しい。本物の魔女に会ったことも無く、その性格も知らない状態で決めた手にどれだけの価値がある?

 魔女が人間を超えた存在であることは間違いないのだろう。それでも、元が人間だったことに変わりはない。それぞれに個性もあるし、好き嫌いだってあるはずだ。

 逃げることを不快に思う魔女もいるかもしれないし、逆もいるかもしれない。これは命乞いにも自死にも同じことが言える。或いは、恐怖で硬直した姿をこそ好む魔女もいるかもしれない。

 だからこそ、事前に情報を集めて手を考えることが大切なのだ。それが不可能な突発的遭遇の場合でも、少しでも情報を集めて最善の手を模索しなければならない。先入観やら思い込み、凝り固まった選択肢など不要なだけだ。

 助けられてから今に至るまで。彼女の一挙手一投足を観察し、このヒトには誠実に正直に、嘘偽りなく接するべきだと判断した。それが望みのルートへと至る最善の選択だ。


「ふっ、ふははは!、そうか!同じことを言うのか!」


 俺の答えに哄笑をあげるシムナス。どうやら、正解の選択を選べたようである。


「好い。好いぞ。エイジよ。貴様に我の弟子2号となる資格を与えようではないか!」


 これは流石に想定外だったけれど。それでも、決して悪くない提案……それどころか最善を超えた最高の提案だった。

 この世界の頂点の1つの庇護下に入れる。その教えを受けられる。オカシクなった世界でこれほど頼もしいことは無い。

 俺は即断即決で頭を下げ、彼女の弟子にしてくれと頼み込んだ。

 その姿を見て、シムナスは再び楽しそうに笑った。

 ちなみに、これは後で知った事だが。弟子1号は「の俺」、弟子2号は「の俺」を指しているらしい。



◇◇◇



 俺は晴れて魔女の弟子となった。妹は幼すぎるので、判断保留らしい。

 さて、「」のことなど諸々確認したいことは山積みだけれど、何を置いても真っ先に確認すべきことがある。

 両親を含め街の人みんな、そして仮面の男やら荒くれ者やらに追われたのだ。それに、荒くれ者2人は森の直前で遭遇している。

 ここに追手が来ないのかどうか。ゆっくりと会話をしている余裕はあるのかどうか。それを確かめなければならない。

 そのことについてシムナスに尋ねると。


「成程、追手のことか。何故お前が追われているのか、は後で確認するとして。ここは安全だ。安心してくれていい」


 何か侵入者を阻む結界でもあるのだろうか?


「このなのだ。確かな自我と高い知性を有し、で身を隠している。森が認めた存在以外は見ることも触れることも叶わん」

「この広大な森が魔獣……?」

「しかも、我が創り出した。凄いだろ?」

「えぇ!?」


 魔女が規格外なのは分かり切ったことだけれど、流石に想定外過ぎる。

 魔法・魔術の常識を引っ繰り返すとんでもない事だ。

 だって、生命を創り出すなんて魔術では絶対に不可能。どんな凄い魔法だって紛い物が精々と考えられているのだから。

 アンデッドやゴーレム、使い魔みたいな存在を創造する魔法はある。けれど、そうしてなんて聞いたことも無い。

 魔法は魂の力。異界の魂が上手く魔法を扱えないことから分かるように、魔法は魂と密接な繋がりがある。魔法を使用できる生命を創造したという事は、魂を創造したことと同義なのだ。

 そんなのは教会の教義で語られる創造神の御業に両足をズッポリ突っ込んでいる。

 明らかとなったら一発で異端認定。教会総力を挙げての「花葬の魔女」討伐……魔女狩りが始まるだろう。


「……その、1つ聞いても良いですか?」


 ひとしきり褒めちぎった後に、問いを投げかける。

 ちなみに。褒めている間、シムナスは凄く嬉しそうだった。威厳ある表情を維持しようとしていたけれど、口元が緩んでいたのは明らかで。意外とチョロいのかもしれないと思ったのは秘密である。


「この森が魔獣だというのなら、?「森」や「魔獣」だと呼びにくいし、教えて頂けると……」


 この森に明確な自我があるというのなら、今の俺と妹が匿ってもらえているのは森の温情だ。逆に言えば、森の機嫌を損ねれば直ぐに追い出されてしまう危険性もある。

 故に、この問いかけは大きな意味を持つ。

 恐らくは会話を聞いているだろう森型魔獣に、「君の自我を認めているよ」という姿勢を示せる。そして、「森」「魔獣」などという冷たい呼びかけではなく、親しみの籠った名称で呼ぶことは、親密な関係性を築いていく第一歩だ。

 すると、問いかけた瞬間。


「くっくく。実に懐かしいものよ。見よ、木々が嬉しそうにざわめいておるわ」


 シムナスは遠い日々を愛しむような目で心底愉快そうに笑い、木々が一斉に揺れ出した。

 風が吹いたわけでも、地震が起きたわけでも無い。シムナスの言う通り、「森」が意思を示しているのだろう。

 どうやら、正解の選択を選べたらしい。


「名はあるぞ。少し前、が「バルバル」と名付けた。「シュヴァルツヴァルト」……なる言葉から取ったと言っていたな」


 シュヴァルツヴァルト……確か「黒き森」。


「バルバル自身も大層この名前を気に入っていてな。よければ、その名で呼んでやってくれ」

「そうなんですね」


 ということは、多分。そういうこと、なんだろうな。

 バルバルと名付けた「ある少年」というのは恐らく――。


「バルバル。俺はエイジ。エイジ・ククローク。これからよろしくね」

「私はウア!よろしく、ばるばる!」


 応じるように、一層激しく木々が揺れた。

 まだ感情をよく理解できるわけじゃないけど、嬉しそうに見える。


「さて、と。安全の確認も済み、各々の自己紹介も終わった。であれば、そろそろ本題に入るべきだろうな」


 そうだ。そろそろ明らかにすべきだろう。ここまでのやり取りを振り返るに、シムナスもバルバルも「」について知っていると見て間違いない。

 そこに魔女の深い知識が加われば、きっと今よりも情報が集められるだろう。


「弟子2号よ。ここに至るまでの全てを話せ。この世界に起きている奇怪な事態を把握せねばなるまいよ」


 オカシクなった世界についての情報を集めなければならない。

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