俺「以外」の全員が「2周目」は流石に鬼畜仕様すぎる。

夢泉 創字

Prologue: “New Game+”

最高難易度の異世界ファンタジーを始めよう。

 人は転生者と聞いてどんな存在を思い浮かべるだろうか。

 異世界ファンタジーの物語において「転生者」が用いられる理由は幾つもあるだろう。

 そもそも、書き手にとって転生者は書きやすい存在だ。「異世界」という何もかもが異なる世界を書くにあたって、読者と同じ世界の知識・常識を持っている存在であれば、描写が楽になる。

 異世界特有のモノも、「~のような」と地球のモノに例えれば理解しやすい。また、共感という点で読者を引き込みやすいという利点もある。

 そんなわけで大量生産されてきた転生者は、数々の物語を生み出してきた。


 そうした「異世界転生物語」を好んでいた俺が、何の巡りあわせか異世界転生の当事者となっている。ちなみに、前世の記憶は6歳の時に超酸っぱい木の実を食べて思い出した。

 それから今まで4年。めくるめく俺の「転生チート物語」が始まる!……ということは遂に無かった。


 まず、大前提として、だ。

 この世界で転生者は珍しくもなんともない存在である。40人いたら1人は転生者だな、うん。学校の1クラスに1人はいる……と言えば、何となくイメージしやすいのではないだろうか。

 記憶が戻った瞬間、「あ、俺って転生者だったんだー」くらいにしか思わなかったし、両親も「へーそうなのかー」で終わった。その程度の存在だ。

 

 しかも、である。転生者はこの世界の文化・文明を支える「魔法」への適性が低いというデメリットまである。

 ちなみに。魔法は1人1人固有の特異的な力で、覚醒して使いこなせれば唯一無二の存在になれる。

 転生者は、この魔法が基本的にショボいのだ。ずっと覚醒しない人もいる。

 最新の研究では、「この世界に異界の魂が馴染み切っていないからだ」という説が一番有力だとされているが、まだまだ謎の多い分野らしい。

 そんなわけで、転生者は記憶を取り戻し次第、勉学に励んで「魔術」を極める道を選ぶのが王道である。

 この魔術というのは、魔法を誰でも発動可能なようにしたものだ。「術式」「詠唱」「儀式」などを用いることで、様々な魔法を再現する学問分野である。

 本家の魔法には及ばないことが普通だが、多種多様な魔術を習得すればその限りではない。臨機応変に様々な魔術を扱えれば、アホ火力の魔法1つより余程役に立つ。

 そんなわけで。転生者は前世の記憶・経験を活かし、早いうちから魔術勉強に励み、たくさんの魔術を習得することが求められる。6歳からずっと勉強漬けだ。泣きたい。

 

「エイジ兄ちゃん、遊ぼー」

「ごめんなー、ウア。兄ちゃんは転生者だから、頑張って魔術をたくさん覚えなきゃいけないんだよ」

「やだー!遊ぶのー!お母さんもお父さんも遊んでくれないー!」


 この銀髪と白い肌と赤い瞳が特徴的な女の子はウア・ククローク。俺、エイジ・ククロークの2歳下、最愛の妹である。

 父は黒髪黒目で、母は栗色の髪と瞳だ。アルビノというわけでもないため、どっから遺伝してきたのか……という感じである。とはいえ、このファンタジー世界では珍しい事ではない。肉体が有する「魔力」が容姿に影響するからだ。

 ちなみに、俺は父親譲りの黒髪黒目……なのだが、右目が赤い瞳のオッドアイだ。ちょっと主人公っぽくて格好良い。

 ウアは転生者ではないらしく、魔法への適正もしっかり持っている。なので、将来のためと両親に言われて勉強漬けの毎日を送る俺とは異なり、外で遊ぶことも許されているのだが。

 仕事の関係なのか殆ど家にいない父と母に代わり、俺が面倒を見ていたせいだろうか。少し兄への依存が強すぎるかもしれない。他の同年代の子と遊ぶことは一切せず、俺とばかり遊ぼうとする。

 まぁ、でも可愛いので全てオッケー。勉強の邪魔をされても嫌な気持ちなど微塵も湧かない。そもそも俺、勉強嫌いだし。6歳からずっと机に向かい合って術式を書き続ける日々だぜ?現代日本なら虐待認定待ったなしである。


「じゃあ、ちょっとだけだぞ。今日は何して遊ぶんだ?」

「トランプー!今日こそ兄ちゃんに勝つー!」

「はっはっはー!俺に勝とうなんて100年早いぞ、妹よ!」

「1000年修行したから勝てるもん!」

「意味分からんけど、可愛いからオッケー!」


 こんな風に平和な日常は続いていた。

 これからも続いていくと何の疑問もなく思っていた。

 ある日、



◇◇◇



 逃げた。逃げた。ひたすらに逃げた。

 妹の手を引いて走った。

 どこへ?知らない。分からない。

 いつも帰る場所だった家?そこが今は一番危険な場所だ。何もかも分からないけれど、それだけは分かる。

 母が放った言葉が耳を離れない。


「お前なんて産まなければよかった」


 父が紡いだ言葉が頭に鳴り響く。


「お前を殺して俺も死ぬ。親として、罪は償わなければならない」


 近所の優しいおばさんも、学校の友達も、誰もが俺を見て悲鳴を上げた。罵倒してくる人も、殴りかかってくる人もいた。昨日までは絶対にそんな事なかったのに。

 態度を変えなかったのは妹だけだった。妹を巻き込むべきではないと思ったが、妹は俺に着いていくと言って聞かなかったし、そもそも――。


「お前なんて知らない!私は娘なんて産んでいない!消えろ、悪魔!」


 ――なんて言い放ち、俺と一緒に殺そうとした母の元に残しておくなど出来るわけがない。

 全てが全て、本当に本当に意味が分からなかった。質の悪い夢だと思いたかった。

 けれども。荒い呼吸の度に肺を冷やす冬の冷たい空気が、これが夢ではないと叩き込んでくる。

 走れ。走れ。今は走れ。

 幸い、妹は魔法・魔術の才能が数十年に1人ってレベルのチートらしく、身体機能も魔力によって高くなっている。だから、文句1つ言わずについてきてくれている。

 なら、今は走れ。俺が生き残るためにも、ウアを護るためにも。

 理由が分からないからと戸惑うのは馬鹿だ。そのまま殺されるのはもっと馬鹿だ。

 分からないなら、まずは逃げろ。時間を稼いで原因を探れ。

 話し合いやら仲直りがしたければ後でやればいい。命が無くなれば何も出来ない。

 だから、今は走れ。

 目的地なんて無くとも。

 走るしかない。逃げるしかない。

 随分と走った。日はもうとっくに沈んだ。景色は知らない景色になっている。

 そして――。


「あー、そこの少年少女、止まってくれ。1つおじさんの質問に答えて欲しいんだけれど、いいかい?」


 行く手を阻むように。男が1人、立ち塞がる。

 その右手に握られた鋭利な剣が、闇夜の中で怪しく輝いていた。



◇◇◇



「少年、君の名前は「エイジ・ククローク」であってるかい」


 奇妙な仮面で目元を隠した橙色髪の男。

 20代後半くらいに見える男は、優しそうな笑みを口元に浮かべて問いかける。

 手に持っている凶器との不釣り合い感が気持ち悪い。


「……違います。誰ですか、それ」


 選択をミスれば死ぬのは明らかだった。

 両親ですら殺そうとしてきたのだ。この目の前の明らかな危険人物なんて言わずもがなである。


「そっかそっかー。人違いって事かー」


 騙せた……のか?


「ごめんねー、少年。俺の魔法は嘘を見抜くんだわ。酷いな、?」


 瞬間。俺は失敗したことを認識し、即座に逃げ出そうとして――


「はい、残念」

「ぅあっ!」

「兄ちゃん!お前、エイジ兄ちゃんを離せ!」


 片腕を掴まれて地面に押さえつけられ、完全に抵抗を封じられた。

 まるで、動きが読まれているようですらあった。


「少年の判断力と逃げ足にはからねー。好き勝手させないよ?」


 くそっ、ウアだけでも逃げて欲しい……!

 それを言葉にしようとしても、男の体重で胸部が圧迫され、顔面が地面に押さえつけられている状況では呼吸すらままならない。


「……んん?いくら子供だとしても簡単すぎない?……まさか、何も覚えちゃいない、のか?」


 そんな男の呟きと共に、少しだけ拘束が緩む。

 どうやら質問に答えろという事らしい。

 ……詳しいことは分からないが、生き延びる道に繋がっていると直感的に思う。

 呼吸を整えることもせず、間髪を入れずに答える。


「し、ら、ない。なに、も」

「……あー。これは参ったね。ホントに参った。……行きなよ、少年。見逃してやる」


 理由は分からないが、助かったらしい。

 立ち上がって逃げようとするが、ここまでの疲れもあって身体が思うように動かない。

 ウアが支えてくれて、やっと立ち上がれた。

 

「背中から斬ったりしないから安心してよ。そんな面倒な事しなくても、斬ろうと思えば今すぐ斬れるしさ」


 コイツが希望を見せておいて後ろから斬る外道だったとしても、関係ない。その場合に取れる手段などコチラには無い。なら、考えるだけ無駄だ。

 1つの可能性に賭けて、今はさっさと逃げるだけ。

 それしか無いなら、悩む時間なんていらない。


「即断即決。思い切りの良さと逃げの一手。……本質は変わらず、か。少年!は惚れ惚れする良い一太刀だった!死合おうや!!」


 「前」ね……。

 少しずつ事態が掴めてきたような気もするが、だからといって何が出来るわけでも無い。

 今は考えるより足を動かさないと。

 再び、ウアと2人で走り出す。目的地は未だ無い。



◇◇◇



「へっ。あの「魔王」も子供なら可愛いもんだ。これを殺せば大金が手に入るんだから楽な仕事だぜ」

「しかも世界が救えるってオマケ付きだ。俺たちは英雄だぜ!」

「違えねぇや!」


 ギャハハと汚い笑い声をあげる、見るからに荒くれ者といった容貌の大男が2人。

 仮面の男から逃げて後、何度か休憩を挟みつつ進み続けた。

 そうして行く当てもなく逃げ続けていると、広大な森を発見する。木々が黒くて霧が立ち込めている、なんとなく不気味な森だ。逃げているという状況でも無ければ決して近寄らない感じの。

 森は危険な魔獣も住んでいるけれど、食料は豊富だし、身も隠せる。ずっと何も食べていないし、その森に逃げ込むことを決めた。

 そういう経緯で森を目指して歩き始め、もう少しで森に着く、という所でコイツらに遭遇したのだ。

 俺のオッドアイやらウアの容姿が身バレの原因かと推測し、泥とかで粗末な変装はしていたのだが……。

 容姿以外の追跡・判別手段があるのだろうか?


「じゃ、さっさと死んでもらうぜ、魔王サマ」

「もう1人はどうするよ?」

「女だし、娼館にでも売れば多少の金になんだろ」

「こんなガキは流石に売れねぇって!」

「それもそうか!じゃあ殺しちまった方が楽だわな!」


 そうして、絶体絶命の刃が俺たちに迫り――


「な、なんだ、テメェは!」

「まさか花葬かそうの……!」

「久しいな、弟子よ。まず、この意味不明な状況を説明して欲しいのだが?」


 突如として現れた黒衣の女性が、手に持った双剣で男たちの剣を弾き返した。

 紫紺の髪を闇夜にたなびかせる彼女の背中は、華奢な容姿に反してとても頼もしく映った。

 けれど、それは決して暴力的な荒々しさではなくて。

 凛として美しいモノだと思った。


「貴女は……誰、ですか?」

「む?……そういうことか?……これは失礼したな、少年。あまりに知人に似ていたものだから、勘違いをしてしまったよ」


 気を使ってくれた、のだろう。

 ここまでの状況を総合して考えるに、多分彼女も俺の「前」を知っていた筈だ。


「ところで少年。助けは必要かな?」


 こうして、俺と妹は彼女……「シムナス」に救われ、俺は彼女の弟子となる。

 後で知ることだが、「俺」は「前」も彼女の弟子となっていた。

 この時点で俺はそんなことは微塵も知らないわけだけれど、それでも

 どれだけ条件が変わろうとも、世界がオカシクなろうとも。

 俺は必ず彼女と巡り合うのだろう、と。

 その根拠の無い不思議な直感は、決して間違っていないように思えた。


 このオカシクなった世界で、俺の物語が始まる。

 知らない物語の続きを読んでいるかのような、そんな奇妙な物語が。

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