2話 靴磨きの魔王
なんかヤバイ奴との遭遇があったような気がするが、気のせいだ。
さっさと忘れて旅路を急ぐ。
ちなみに、それ以降何者かとの遭遇は無かった。変装や隠匿魔術は正しく機能しているようである。アレが異質過ぎただけだろう。
そして、旅路を急ぐこと数日。
俺は遂に故郷の街、「オーロングラーデ」に辿り着いた。
◇◇◇
何だ、コレは……?
俺の目の前には巨大な壁が聳え立っている。
他者の存在を決して通さないという絶対の意思を感じる城壁。
こんな物、5年前には無かった。
「魔王」を逃したから報復を恐れて、か……?
飛び越える……のは現実的ではなさそうだな。
どうも、この壁には魔術的防衛機構が張り巡らされている。正規の手段……即ち、先ほど見かけた正門から入らなければならないのだろう。
しかし、当然のように身元のチェックが行われている。身分証の提示が必要になるのだろう。
俺なんて一発アウト。となれば、今の俺には使える身分がないわけで。
ならば、先ずは――。
◇◇◇
「そこの商人さん!どうだい靴磨き!本日最初のお客様って事で無料にしますぜ!」
「靴磨きだって?」
みすぼらしい身なりの年若い少年が、40代後半程の男を呼び止める。
その男は少年の言う通り商人であるらしく、魔術で動く車、魔導車の後ろにたくさんの商品を積んでいる。
今は車から降りて正門でのチェックが行われる順番待ちをしていたようだ。
そして、声をかけた靴磨きの少年とは、何を隠そう俺である。
「何でこんな所でやってんだ?街の中でやれば良いんじゃねえか?」
「馬鹿言っちゃいけないよ!商人でも何でも、見た目は第一!街の中へ入った瞬間に勝負はもう始まってるのさ!中で靴磨きをしている商人より、ピカピカの靴で入ってくる商人の方が見栄えが良いに決まってるじゃないか!」
「へぇ。一理あるな、それは」
「それに、正門で待機させられる人たちにこそ需要があるんだよ!金集めの知恵だね!」
「そっちが本音だろう、小僧。気に入ったぜ。ちゃんと金も払うさ。さっきのお前さんの話を考えれば、ここでケチる商人だって見られちゃ堪らねぇ」
「へへ!毎度あり!賢い選択っすよ!」
掴みは上々。
ごしごしと靴を磨きながら、当たり障りのない事で会話していく。
そして、さり気無く聞きたいことを混ぜて、と。
「そういや、ボクはこの街に随分と久しぶりに来たんですがね?前に来た時、あんな壁は無かった。もしかしなくても、アレですかい?」
「アレ」なんて何も知らないが、こう話せば必ず。
「あぁ。お察しの通りさ。魔王の出生地だからな、ここは。あの日に……」
あの日?重要ワードだ。ここを逃してはいけない。
「失礼、あの日ってのは?」
「察しの悪いヤツだな。「記憶事変」の日に決まってるだろう」
「あ、へへ。そうっすよね。すいやせん」
「……ったく。んで、記憶事変の日に魔王を殺しちまおうとしたらしいんだが、失敗したらしくてよ。それで報復を恐れて壁を築いたって話さ」
なるほど。「やり直し」現象は「記憶事変」と名付けられたわけか。
「事変」という事は、相当な広範囲に影響があったとみて間違いない。ならば。
「なるほどねぇ。記憶事変の時には、商人の方は苦労したでしょう?」
「あったりめぇよ!先物やら何やら大損しちまった。上手く立ち回った奴もたくさんいたが、俺はついていけなかったよ」
「そいつは大変でしたねえ。僕も色々と巻き込まれまして。まったく何処の誰の仕業なのかって話ですよ」
「まったくだ。まだ原因不明らしいからなぁ……」
ふぅん。原因は不明、ね。把握したよ。
……っと。これ以上は時間がかかり過ぎる。これくらいにしておこうか。
「はいよ、お客さん!どうよ、新品同然でしょう?」
「おぉ、こりゃあ良いぜ!この街の商売で良いスタートが切れそうだ!有難うな、小僧。ほら、料金だ。4ゼスだったな」
「へい。毎度あり!」
「この仕上がりじゃ、もっと取って良いんじゃねえか?」
1ゼスというのは地球で言えば、100円程度の感覚だな。要するに、4ゼスで400円。
俺は魔術も使って磨いていたのだが、魔術も使って仕上げるとなると、それなりの修業(勉強)が必要である。そのため、この仕上がりで400円は超格安と言えるだろう。
「ま、この地では、今日が初日なもんで。格安にして、まずは有名にならないと、ってね!」
「へぇ。中々考えてるじゃねぇか。お前さん、名前なんて言うんだ?」
「レイジと言います。へへっ、今後も御贔屓に」
「ちゃっかりしてるなぁ。俺はトレイド。トレイド・ザルフェダールだ。次も機会があれば頼むわ」
「トレイドさんっすね。ありがとうございましたー!」
◇◇◇
「演劇ってのも見栄えが大事ですもんねぇ」
「頼むぜ。修行が終わって、今日が俺のデビューなんだ」
「そいつは良い!最高のショーになるように、全力で磨かせてもらいますよ!」
……
「初めてで、あの「勇者一行」の役なんて凄いじゃないっすか!」
「はは、不人気の軍師「オルトヌス」役だけどな」
「いやいや、その役あってこその演劇「勇者の魔王討伐」!欠けて良い役なんか1つも無いって!」
「へへ、だよな!なんかやる気出てきたぜ!」
「役者さんは、その役で気をつけてる事とかってあるんですかい?」
「そうだなぁ。オルトヌスは北の出身ってのは知ってるよな?」
「えぇ、勿論っすよ」
「この街の後で、真っ先に魔王が向かった北の地。そこで大敗北をしたオルトヌスは魔王へのリベンジを誓う。その思いが強すぎて失敗を重ねちまった訳だが、根底にあったのは正義感だったと思うのさ」
「なるほど、それを意識して演じる訳っすね」
「その通り!分かってるね!」
◇◇◇
「まぁ、じゃあ両親に捨てられてしまって?」
「そうなんすよ。それで、何かで稼ごうと靴磨きを初めてみたら、これが結構な評判でしてね。北の方じゃそこそこ有名になったんですよ」
「そうでしょうねぇ。貴方、凄く仕事が丁寧だし、話が面白いわ。でも、北の方じゃ「前」は大変だったのでしょう?」
「あ、聞いてますか?」
「えぇ、勿論。有名だったもの。「純白の街の血の惨劇」は」
「あぁ、そっちも酷かった!ボクはちょっとズレていたんすよね。もうちょっと東の方っすよ」
「……となると、「ボレアスノルズ」の「大崩落」かしら?」
「そうそう正解!それで酷い目にあいましたよ!」
「アレも惨かったわよねぇ」
◇◇◇
「まったく、俺は南の国の出身なんだが、あそこは最初にやられただろ?備えなんか出来るわけねぇしよ……参っちまったぜ」
「南の国?北の国ではない、ということは……」
「あぁ、俺はビクト……隻腕の魔王の方だからな」
「なるほど、道理で」
「その反応ってことは、お前さんはエイク?それともカルツか?」
「僕はエイクっすね」
「なるほど。そっちだと北が真っ先に攻められたんだものな」
「ええ、そうっすよ。こっちも参っちまいました」
「そっちも大変だったんだよなぁ……本当に魔王エイジはクソ野郎だぜ」
「全くですねぇ」
◇◇◇
「そもそも、なんであんな事をしたんですかねぇ……」
「知らないわ、そんなこと。どんな理由があっても許せるわけがないのだし」
「ま、ですよね!」
「でも、やっぱり「聖女」関連じゃないのかしら」
「あ、それは結構言われてますよ!」
「やっぱり、そうなのね。そんな気がしてたのよ」
◇◇◇
「魔王が聖女メレリアに執着?ないない!それは詳しく知ろうとしない奴らが適当に言ってるだけさ」
「そうなんですかい?」
「あぁ。エイク、ビクト、カルツ、それ以外でも結局、聖女メレリアは最後まで生き残っている。あの魔王がそこまで重要視してなかった証拠さ」
「っとなると、どういうわけなんですかね?」
「まぁ、教会そのものに何かがあったんだろうな、とは思うよ。魔王にとって認められない何かが。ここにはそれを調べに来たんだ」
「流石、学者さんは凄いですねぇ」
「まだまだ卵だけどね。僕の調べたことが魔王を殺す一助になれば嬉しいな」
「応援してますよ!」
◇◇◇
午前中ずっと靴磨きをして情報を集めた。
そして、まだまだ不十分だが、色々なことが把握できた。
まず、「魔王」は最終的には「勇者」たちに殺されたらしいとのこと。
この世界に魔王を好ましく思っている人間なんて一人もいない(とされている)こと。
否、人間だけではなく。全ての種族にとって魔王は憎むべき悪魔だということ。
この世界の総ての存在が魔王を憎み、殺したいと願っていること。
……となると、先ほど遭遇した変態や師匠にバルバル、ウアは一体どういうことだ?
いや、今はその事よりも重要なことがある。
エイク、ビクト、カルツ……のように表現されている複数の未来について。
そう。
「やり直し」された未来が1つではない、という重大な内容を考えなければならない。
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