3話 世界法
複数の「未来」が存在している。
人々の話を総合すると、この事は間違いないようだ。
その総数は諸説あるようだが、「エイク」「ビクト」「カルツ」……古代語で1、2、3を意味する言葉で表現される3つの未来が主流らしい。
今まで、「やり直し」前の「1周目」は1つだと考えていた。その前提が大きく覆ったわけである。
この事から考えられるのは?
まず、世界が何度もループしている可能性は高そうだな。或いは並行世界か。
どちらにしても、それら複数の未来からバラバラに逆行しているのは何故だ?
偶然?それとも、何らかの意図があって?
エイク、ビクト、カルツなど、それぞれの「未来の記憶」を有する人々で共通点が見いだせれば何か分かるかもしれない。
そうであるならば、午後も情報収集を続行しよう。
靴磨き少年レイジの評判も上々。客も集まりやすくなったし、もっとたくさんの情報が集まるはず。
そう考えた直後の事だった。
「やぁ、少年。おじさんの靴、磨いてくれる?」
そこに立っていたのは、橙色髪の男。
万人受けするような爽やかな笑みを――いつかの夜と同じような笑みを浮かべている。
「まぁ、そう警戒するなよ、少年。今日は戦いに来たんじゃ無い。ケーキのイチゴは最後に食べる。まだ、その時じゃないさ」
違いは、かつて身に着けていた奇妙な仮面を付けていない事。
あれから5年経っている筈だが、肉体に衰えは一切見受けられず。その実力は研ぎ澄まされているように見受けられる。
「欲しいんだろ、情報。この世界に起きた異常事態についての、さ」
そこに立っていたのは、5年前に相対した仮面の男だった。
◇◇◇
「幼い少年に付き纏う変質者として訴えることが可能ですかね?」
「おいおい、今回は完全な偶然だよ?街に入ろうとしたら、嘘の色塗れの靴磨きなんて見つけちゃったからさぁ」
コイツの魔法は嘘を見抜く。
今回の言葉を踏まえると、どうやら他者の感情を色として捉える魔法、と言った所だろう。ベラベラと自分の情報を全て喋る訳も無く、嘘以外にも色々と見抜ける可能性が高い。
はっきり言って天敵。一番苦手な敵かもしれない。
「それに。たとえ訴えても、捕まって殺されるのは少年の方さ。裁判も開かれずにね」
「裁判も開かれずに?」
「興味が出てきた?じゃあ、ちょっと向こう側で靴を磨いてもらおうかな。向こうには俺の旅仲間がたくさんいてね。彼らの靴を全部磨いてもらいたいんだ。どうだい?報酬は弾むよ?」
「……良いでしょう」
男は、目配せをしながら語りかけてくる。
話が長くなるし、怪しまれないように向こう側で話そう、ということか。
「たくさんの旅仲間」というのは周囲の人間への誤魔化し。
のこのこ行ったら囲まれて、というのは考えにくい。
そもそも既に周囲は、潜在的な敵しかいないのだ。ここで「俺がエイジであり魔王」と言いふらされれば、それだけで周囲全てが敵になる。
ここは男の言う通りにするしかないだろう。
「お久しぶりですね、仮面はどうしたんですか?」
「あー、あのダサいアレ?おじさん、あの後でクビになったからねー、仕方ないよ」
「クビ?」
「その辺りのことも説明してあげるから、慌てない慌てない」
当たり障りのない事を会話しながら、男と共に、街から少し外れた川岸に到着した。
「まずは少年、これを見なよ」
そう言って、男は一枚の紙を差し出す。
上質な紙に、最上級の証明魔術……魔術的な偽造防止処置……が施されている。発行元は聖教会教皇。この世界で最高位の権威を誇る命令書である。
そして、その内容は。
『――『世界法』――
教皇ロンドレイ・ロウ・ララドゥは、「記憶事変」により明らかとなった世界の脅威、通称「魔王」に関して以下の事を定める。
一。「エイジ・ククローク」は「魔王」であり、世界の敵である。
二。当該の者には如何なる権利も存在せず、其は永劫不変である。
三。二により、「魔王」殺害は如何なる国・地域の如何なる罪にも問われることはない。
四。何人も、「魔王」を「魔王」と知りながら、その者に対して如何なる協力行為もしてはならない。
五。四に違反した者は「魔王関連特別法廷」にて裁判を行い、有罪であれば即刻処刑を行う。例外は認めない。
上記内容は全ての国の承認を受け、「世界法」として定めるものである。
是は全種族、全生命の総意である。』
余りの内容に言葉も出ない。
如何なる権利も存在しないということは、裁判を受ける権利も存在しないということ。
「加えて、教会や各国が莫大な報奨金を用意してるね。魔王討伐の報奨金を。そんなことをすれば、どんな事になるか少年なら分かるでしょ?」
当たり前だ。如何なる権利も無いから殺しても罪に問われない存在。しかも、それを殺したら金銭が転がり込んでくる。
誰もが魔王を、俺を殺そうとするだろう。
殺しという手段を忌避する人でも、自分が死にたくないから協力は絶対にしてくれない。
「体裁として直接的に「殺せ」とは書いてないけど、これは実質「魔王殺害許可」であり「魔王殺害指令」だよねぇ。少年は全世界で指名手配中ってわけだ」
協力するだけでも死刑。これはバルバルに帰る時は細心の注意をしなければ。
いくら異界に隠れられると言っても、魔法が打ち破られないとは限らないのだから。
師匠やウアに危害が及ぶことは絶対に避けたい。
そういえば、男が先ほど言っていたのは。
「もしかして、「クビ」というのは?」
「正解、鋭いね。あの夜、意図的に逃がしたんじゃないかって疑われて裁判。一応、証拠不十分で無罪になったよ。ただ、執行官はクビになった」
「執行官ということは……」
「そうそう。教会の暗部、異端審問官。元、執行官序列3位「真実のヴァルハイト」。気軽にヴァルトとでも呼んでくれよ」
「嘘を見抜く」という魔法の性質上、何かしらの調査機関や治安維持部隊の関係者である可能性は十分に考えていた。
だが、よりにもよって異端審問官、しかも序列3位だって?
表向きには、教会が常時有する戦力は「教会騎士」と「聖女」のみとされている。しかし、その裏側にもう1つの戦力、教会に歯向かう者を秘密裏に処理する異端審問官がいる、というのは有名な話だ。
その実力は教会騎士最強の8人「ゼリオス」と並び立つとも言われている。この話が本当であれば、この世界全てを見渡しても圧倒的な強者。しかも、元とは言え序列3位ということは尋常ならざる実力者だろう。
それこそ、彼もまた怪物と称される領域の存在だ。
「俺は謝りませんよ、ヴァルハイトさん」
「それで良いさ。アレはおじさんが勝手にやったことだし。それに、クビというのも大袈裟に言ってるだけ。教会は絶対に俺の魔法を手放したくは無いからね。首輪をつけて飼いならし状態、が正しいかな」
彼が「クビ」になったのは、5年前に俺を見逃したからで間違いない。
恐らく、記憶事変の際に即座に出撃可能で、かつ魔王と戦えると判断されたのが彼だったのだろう。しかし、何故か彼は俺を取り逃がした。
故意に逃がしたことまではバレなかったみたいだけどな。
それでも彼は俺の敵だ。
今だって、彼はニコニコした笑顔を浮かべながら、研ぎ澄まされた殺意を垂れ流している。
「ヴァルハイトさんは、どうして俺を見逃したんです?」
もっとも、その「殺意」は「怒り」や「憎しみ」、ましてや「使命感」などではなく。もっと純粋な――
「……おじさんは人殺しさ。どれだけ大義名分を掲げようと、人を殺す最低最悪の生業で生きてる人間だ。でも、だからこそ譲れない一線ってモノがある」
「譲れない一線……」
「何の記憶も持たない子供。そんなのは無罪と変わらないでしょ。それを殺しちゃうのは俺のルール的にアウトだったの」
大層な正義感のように聞こえる言葉ではある。実際、彼の言葉に嘘偽りは無いのだろう。
だが、彼自身はそれを善なる感情とは捉えていないし、こちらも真実なのだ。
何故ならば、その根幹にあるのは。
「だって、俺が楽しくないからね。殺しなんて暗いこと、折角なら楽しまなきゃでしょ?」
殆ど快楽殺人鬼に近い思考だ。間違いなく狂ってる。しかも、後天的な狂気ではなく、生来の異常者なのだろう。
「ヴァルハイトさんは、魔王を憎んではいないんですか?」
「憎む感情?一切ないね。考えてみてよ、人殺しの俺が魔王の所業にどうこう言うとか滑稽過ぎるだろ?」
それでも、そんな異常者だからこそ。魔王だった俺にも気さくに話しかけることが出来る。
「だが、それは多分、おじさんみたいな異常者だけだと思うぜ」
「普通は違う、ということですか」
「俺は少年に殺された記憶を持ってる。殺されたのに恨まないのは、俺が異常者だから。思うことと言ったら、楽しい死闘だった、見事な一太刀だった、くらいか」
5年前にも「また死合おう」と彼は言っていた。
「前回の俺」と「前回の彼」は、互いの命をチップに戦ったのだろう。
そして、「俺」が勝って「彼」は死んだ。「俺」に殺された。
それでも彼は俺を憎まず。むしろ賞賛しているのだ。
「だが、他の奴は違う。さっきまでニコニコ話してた奴らも、少年が魔王だと知れば鬼の形相で殺しにかかってくるだろうさ」
あぁ。それはそうだろうさ。殺されても恨まないなんて常軌を逸した思考だ。
普通の人は、そんな風に割り切れない。自らを殺した人間を賞賛なんか出来ない。
「おじさんの推測だけど。この記憶事変は、少年を確実に、徹底的に殺すために行われた事だと思うね」
「俺を殺すために記憶事変が?」
「それぞれのヒトは「自分が魔王を最も憎む未来の記憶」を有しているんだと思うよ。人間種だけじゃなく、亜人やらの異種族も。或いは犬猫までそうかもね」
ははは。何だ、ソレ。
最悪だ。あらゆる想定を突き抜けて最低最悪だ。
「分かるかい、少年?世界の全てが少年の敵なんだよ」
「……そうみたいですね」
エイク、ビクト、カルツなんて複数の「未来」があるのは、全ては個人個人に俺を徹底的に憎ませるため。
本人が殺された、大切な人が害された。そういう、憎む理由が最も大きい「未来の記憶」を生物全てが有している。
「そして勿論、俺も敵だよ」
たった一人の例外もなく、俺に殺意を覚えるように。
「おじさん言ったよね。何の記憶も無い少年は無罪と同じ。だから殺さないって」
「そういうことですか。だから、ヴァルハイトさんは俺に情報を渡したんですね」
「正解。少年が世界の秘密を暴いて、無知ではなくなったら?前回の自分の罪を全て知ったとしたら?」
俺が「俺」の罪を全て知ったとしたら。
彼にとって俺は、殺しても楽しくない存在ではなくなる。
「そしたら、俺は少年を心置きなく殺せるよね?」
今、分かった。
この最低最悪でどうしようもない世界。先の事なんて一切分からない事ばかりだけど。
1つだけ。
1つの未来だけハッキリ分かる。
「覚えておいてよ、少年。最後の最後に君を殺しに行くのは俺さ。無知な少年が罪深き魔王に戻った時、俺が殺しに行く。研鑽を怠らないでよ。最高の死闘にしようじゃないか」
旅路の果て、俺は彼と剣を交えるのだろう。
◇◇◇
ヴァルハイトと別れた俺は、故郷の街「オーロングラーデ」を離れた。
来た道を迷いなく引き返していく。
入る手段が無い街にこだわる必要は無くなった。今はもっと重要なことがある。
全ての存在が俺を憎む世界だというのなら。
魔王を憎まない者は一体どういうことなのか。
ウアは如何なる
師匠とバルバルは、ずっと外界と関係を断ち続けていた。だから、俺を憎む未来が生まれなかったと理解が出来る。
5年も共に暮らしていた。ウアに至ってはもっと長く。なら、師匠たちが敵という可能性は考えない。万が一、億が一、彼女たちが自らの意思で俺を殺そうとするなら諦めるさ。
だが、あの女は?
憎しみも怒りも。俺に一切の負の感情を向けて来なかった女性。
バルバルを出て直ぐに遭遇した、クリスティアーネ・マラクス・ガーネット。
彼女の話を聞かなければならない。
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