5話 契約魔術

 ヴァルハイトが俺に情報を渡すのは、早く俺を殺害対象にしたいから。

 ならば何故、あの時にもっと様々な情報……具体的には「前回」の事について話さなかったのか少し疑問には思っていたのだ。

 まさか、それが後で合流して話すつもりだから、とまでは想像できなかったけれど。


「ま、お互い本名で呼び合うのは不味いし。俺は少年を「レイジ」と呼ぶから、少年は俺を……」

「ストーカーって呼びますね」

「流石にそれは遠慮したいなぁ。「ヴァルト」はそのまま過ぎるし、何かない?」

「……ホースなんてどうですかね?」

「因みに由来は?」

「馬です」

「嘘は無いね。移動手段……人間の道具って側面を意識したのかな。因みに、人間の友という側面は含まれてる?」

「皆無ですね」

「いっそ清々しいほどに正直な色だね。おじさん悲しい」


 0時レイジの対極は12時。正午、午の刻。馬だからホース。そんな意味も込めているが、それは異世界転生組でもなければ伝わらないので言う意味も無い。

 彼は俺にとっては道具で、彼にとって俺は獲物。その関係性が崩れることは無いだろうから。

 

「それで、まずは何処に向かうんだい?勇者を殺しにでも行く?」

「過激すぎません?魔王ルート一直線じゃないですか」

「それが俺の望みだからねぇ」


 実は、クリスティアーネを探すついでに、バルバルに寄って行こうと思っていたのだ。

 だが、ヴァルハイトが同行しているせいで不可能になった。バルバルや師匠の事を多くの人に知られるのは不味いからな。

 帰省はまた今度にするしかない。あんまり遅くなりすぎると師匠に怒られそうだから早く顔を出しておきたかったのだけど。

 とはいえ、帰省は後でも構わないが、彼が居るからこそ出来ることもある。今は彼と共に行動し、情報集めに専念するべきだろう。

 そして、そのためにも。


「ホース。俺と契約を結びません?」



◇◇◇



「へぇ。原初の魔術、「契約魔術」か。随分とマイナーで高度な魔術を使えるんだね。適性がある者だって少ないのに」


 俺の眼前、何もない空間に書かれていく光の文字を見て、ヴァルハイト……改めホースは感嘆の声を上げる。


「ゼクエス教徒としては思うところがあったりします?」

「神敵魔王が、神々由来の魔術に高い適正を有する。最高に皮肉に満ちてて良いじゃないか。第一、俺が教会に属していたのは合法的に殺せるから。敬虔な信徒ってわけじゃないよ」

「やっぱ頭おかしいよ、アンタ」


 彼の言う通り、契約魔術は神々由来の魔術である……少なくとも、教会の教えではそうなっている。

 全ての始まりである「創造神」は「無」から「有」を生み出す「創造魔法」を使用した。

 ただし、その「有」は「無ではないナニカ」でしかなかったとされる。

 その後に、創造神は自らの似姿として8柱の「神」を創造する。

 8柱の神々は「有」を法則や物質、命といったモノへと変えた。その際、8の神々が用いたのは創造魔法の下位互換「交換魔法」。何かを代償として捧げることで当価値のモノを生み出す魔法であった。

 神々は「有」を代償に多種多様なモノを生み出したのである。

 一方、被造物の一種「ヒト」は神々の奇跡を真似ようと力を尽くす。しかし、人間には神々の奇跡を再現することは不可能だった。

 ある時、ゼクエス教開祖「ヒルアーゼ」が、神々と「契約」することで交換魔法を再現する「契約魔法」を実現するまでは、だが。

 ヒルアーゼは契約魔法によって瓦礫の山を金塊に変え、大津波を薬草の山に変えた。

 こんな経緯で人間の文明は大いなる発展を遂げ、今に至る。

 長くなったが、要するにヒルアーゼ固有の契約魔法を超スケールダウンさせたのが「契約魔術」だ。

 簡単に説明すれば、当事者たちの間で約束事を設け、それに違反する行為を行えなくする術式。

 適正を持っている者が少ないことで知られ、使える者は「契約術師」として重大な取引や国家間の条約締結などで活躍している。


「それで?どんな契約を結ぶ?」

「ここはオーソドックスに、「互いが互いの命を奪わない」でどうでしょう?」

「それだと俺が少年を殺せないよね?」

「ですから、契約破棄は各々の任意で。ただし、破棄したと同時に相手の契約も切れます」

「なるほど。殺そうと思えば相手に伝わるわけね。良いよ、それで結ぼう」

「契約成立ですね」


 俺とホースの間が白い光の糸で結ばれる。

 それが一際輝いた後、二人の右手首に白いミサンガが現れ、直ぐに見えなくなった。

 これでホースが契約破棄した時には俺に伝わるし、逆もまた然り。

 どちらかが死んでも契約は破棄されるが、この男に関しては考慮する必要がない。殺しても死ななそうな感じがする。


 冷たい契約で結ばれた2人。

 彼らは別々の方向を向いたまま、今だけは同じ道をゆく。

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