4話 正体不明
「よォ、魔王サマ。ニュクリテス以来だなァ」
「……どうして、どいつもこいつも俺の位置と変装を簡単に見破るんだ。まだコッチには「探知魔術」とやらは導入されていないはずだが」
異種族の支配領域を突き進むこと暫し。
街に寄ろうとも思ったが、「人間」というだけでも、この地域では怪しい存在。見た目を誤魔化しても、それこそ匂いやら立ち振る舞いで気付かれる可能性が高い。
ならば、多くの情報を有しているであろう、フィデルニクスを一直線に目指すのが最善。
そう思い、人気の無い道を進んでいたのだが。
「ケケ、そりゃァ、オレが魔王サマを愛しているから……おッと、失礼。そう牙を剥き出しにするなよ、クリスティアーネ」
「ウルヴァナ、貴女だけは絶対に認めないわ。エイジ様に近づくな、快楽主義の痴女」
「参ったなァ! 反論が一切思い浮かばねェ! オレの服の露出は高ェし? 快楽以外の感情とか正直1ミクロンも要らなェし?」
この青い肌に灰色髪の女はウルヴァナ。
魔王軍四天王にして、「正体不明」の2つ名で呼ばれる女。
「ま、安心しろォ。オレは女が好きだからなァ。正直、男にソノ辺の興味は微塵も無いんだ。悪いな、魔王サマ。オレのナイスバディは抱かせられねェや」
「1ミリも告白してないのに唐突に振られた件」
「おォ、なんだか神スレの予感だァ。ケケケ」
ソイツは、ニュクリテスで俺を殺しにかかってきた時と、全く変わらぬ様子で其処に居た。
「殺し」も「日常会話」も少しも変わらない「娯楽」なのだと、その仕草や言葉が雄弁に語っていた。
◇◇◇
「おォ、こりゃァ、うめェ! 「前」より腕が上がってんじゃねェか?」
「ふっ、魔王如きと一緒にしないでくれ。俺の料理は魔王を超えた……そうだな、魔神級だ」
「ケケケケケ! やっぱオマエ、面白れェわ! よりにもよって「神」と来たか! ケケケ!」
ウルヴァナも俺に記憶が無い事を看破していた。
というか、コイツはニュクリテスの時点で看破していながら、普通に殺しにかかって来たらしい。
曰く、「楽しい」から。
……どっかの仮面ストーカーと気が合いそうである。
「ケケケ。美味いモンも食わせて貰ったしィ? 対価として、多少の情報はくれてやるぜェ。等価交換。それが世界の唯一絶対の理だからなァ」
正直、コイツは実力が不明過ぎて戦うという選択を選べない。
ついでに、彼女は重要な情報を持っている可能性の高い存在。「
ならば、ここは友好的に振舞うのがベスト。
そう考えていた所に、「久しぶりに魔王サマのメシが食ってみてェ」と向こうから提案してくれたため、そのパスを受け取ることにしたのだ。
……クリスには味覚が無いし、最近は料理の腕を振るう機会が少なくて退屈していた、という理由も大きかったが。
「まァ、オレがアンタの位置やら知れたのはなァ……オレはオマエの秘密を1つ知ってるから、だなァ」
「その秘密というのは?」
「オイオイ、ソコまで教えると思うかァ? オレだって魔王サマを憎んでいる一人なんだぜェ?」
「……それは、そうだな。すまない」
そもそも腰を据えて会話に応じてくれるというだけで、非常に貴重で得難い存在だ。
彼女も、俺を心の底から憎む程の「記憶」を有しているのであれば、今も憎しみを抑えて会話してくれているのかもしれない。
……なんだか、コイツは違う気がするけど。
「……っと冗談だぜェ。オレは恨みなんか持っちゃいねェ。オマエにだけじゃない、全ての存在に恨みやら何やらを抱かねェ。ソレがオレの信条。ネガティブな感情はストレスになるって話だしなァ」
やっぱりか。何となく、そんな気はしていた。
ならば、もっと情報を聞き出そうと口を開こうとして……
「タダなァ、それを言っちまうとメンドクセェ奴に目を付けられちまいそうだからなァ。悪いが、お口にチャックだ。オレはまだまだ死にたくねェ」
先手を打たれ、その言葉を遮られた。
「メンドクセェ奴」とは一体?
魔王軍四天王ほどの実力者が恐れる存在。龍種?魔女?……それとも、「神」か?
しかし、ソレに関する情報を彼女は一切話すつもりは無さそうだ。
諦めるべきか、と思い始めたところで。
「だが。そうだなァ、決めたぜェ。……2日間だァ。2日間、オマエが生きていられたら、オレはトッテオキの情報をプレゼントフォーユーしてやるよォ」
彼女は方針を一転する。
駄目だ。全く思考が読めない。正体不明で事前情報が少ない、というのも理由の1つだが、何より彼女の思考が独特なのだ。
クリスやヴァルハイトのような「狂人」では無い。しかし、思考が掴めない。空気を掴むような気分になる。
恐らくだが、コイツはマトモだ。今まで会った存在の中でも、上位に入る程にマトモな思考回路が根底にある。
だが、それを上回る「狂った信条」がある故に、読むことが出来ない。
あえて言葉にするならば……「自分の認識する世界から、楽しさ以外の全てを拒絶する」、そんな「信条」だ。
……どんな経験をどれだけ積めば、そんな信条が形成されるのか。サンプルが何処にも存在しないのだから、理解など不可能である。
「何なら契約魔術を結んでやるぜェ」
しかし。
理解のできない存在であろうと、この申し出を断る理由にはならない。
「2日間」と限定しているのは気になるが、今は選り好みを出来る状況では無いのだ。
「あぁ。結んでくれると助かる。宜しく頼むよ」
「ウルヴァナ。貴女、契約魔術なんてモノ使えたのね。知らなかったわ」
「ケケケ! そりゃァ、オカシナ話だァ! むしろ、オレが使えなきゃ誰が使えるんだって話だよォ!」
「……それは、どういう意味だ?」
「おっと、ヤベェヤベェ。コレは流石に言い過ぎたァ」
何やら気になる言葉が飛び出したので問うてみたが、どうやらNGの領域らしい。
どうにも線引きが不明だな……。
「よっと、コレで契約魔術は完成だなァ」
そうこうしている内にウルヴァナが契約魔術を構築し終わったらしい。
真っ白な光が俺とウルヴァナの右手の小指に結ばれる。
内容は、「今から丁度48時間後。“エイジ・ククローク”が生存していた場合、“ウルヴァナ”は“エイジ・ククロークの居場所を知ることが出来た理由”を明かす」というもの。
話せばウルヴァナ自身が死んでしまうかもしれない程の秘密。それをチップに賭けに出るのは、単純に「面白いから」だろう。
しかし、一方で。「絶対に負けない自信があるから」だとも考えられる。
即ち。
彼女から見て、俺はあと48時間で絶対に死ぬという事だ。
◆◆◆
「ぶえっくしょん……おォ。飛んでるねェ。マツ花粉だったか? ウメ花粉? タケ花粉? 大昔過ぎて、よく覚えてねェけれど。花粉の時期は大変だったんだよなァ、ケケケ」
エイジとクリスと別れて後。ウルヴァナはブラブラと歩きながら、エイジたちが向かった方向とは逆方向に進んで行く。
その道中、誰かに聞かせるように独り言を呟きながら。
「知ってるか? 名前の無いナニカさんよォ。花粉アレルギーっての。この世界じゃァ、実装されなかったけどなァ」
「……知るわけないでしょ、私が。それと、今の私にはウアって名前があるの。大事な人に貰った大事な名前が」
そして。その言葉に応えるように。
銀髪赤目の少女が、何も無い空間から現れた。
「ケケ、そうかいそうかい。でェ? なんでウアちゃんは大事な人の危機を見逃してるんですかねェ? ……ハッキリ言うぜェ。アイツは間違いなく、ココで死ぬなァ」
「それだけは絶対に無いよ」
「アイツお得意の口八丁手八丁でどうにかなるモンじゃねェよ、アレは。まさかアンナ化け物が生まれるとは思わなかったぜェ。……それでも、かァ?」
「――それでも。絶対に。何十回も何百回も何千回も何万回も何億回も何十億回も。どんな条件だって彼は絶対、私に辿り着くから。たとえ、最高難易度の鬼畜仕様でも、絶対に」
「……そりゃァ。凄ェな。純粋に驚きだァ。そんなに繰り返した結果か、コレは」
「えへへ、凄いでしょ。私の兄ちゃんは」
「こんなのが「妹」たァ、流石は魔王サマだねェ。同情すりゃ良いのか、感心すりゃ良いのか……分からねェから、とりあえず爆笑するぜェ! ケケケ!」
「貴女はキューピッドみたいなものだから、多少は見逃してあげるけど。やり過ぎれば容赦なく潰すからね」
「おォ、怖ェ怖ェ。さっさと退散するぜェ、オレは。くわばらくわばら、バイナラバイナラ」
「えぇ、じゃあね。始まりの聖女さん」
「オイオイ、それは言わないオヤクソクだぜェ? 黒歴史みたいなモンだからよォ」
少女と別れ、ウルヴァナは再び歩み出す。
ブラブラ、ブラブラと。
取り留めも無い事を呟きながら。
「……要するに、中途半端にバケモノをヒトにしちまった結果かァ、全ては。いや、そもそも逆立ちしてもヒトの心を得られねェ存在がバケモノって事かァ?……現実は小説みたいにはならねェのかねェ。ケケケケケケケケ」
女は壊れたような笑い声をあげながら進む。
漆黒と金の目にだけは、理性的な光を宿して。
千年を超える時を、ずっとずっと。
今までも、これからも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます