6話 知将と魔王

「成程、エイジ君の状況及び仮説、そして今の信念は良く分かりました。あ、ちなみに。コレで詰みですね」


 いや、強すぎだろコイツ。

 途中からフィデルニクスの技量が怪物クラスなことは明らかだったので、戦いを長引かせて隙を探す作戦に転換したのだが。

 隙なんか一切見せないし、全ての策を潰されて終わった。2時間に及ぶ戦いの末、俺の完敗である。

 2時間も放置されたクリスには申し訳ないが、彼女は観戦を楽しんでいたようなので問題はないだろう。多分。


「魔王が居なくても、エルフだけで大陸制覇とか出来たのでは?」

「ははは、流石にそれは無いでしょう。どこまで行ってもコレは盤上の遊戯。実際の戦争とは違います」


 多くの情報を交換できたが、残念ながらウアたちに関する情報はフィデルニクスも持っていなかった。

 しかし、それは決してマイナスではない。逆だ。


「オルトヌスは復讐に全てを捧げる執念の男。それは時として弱さになり得ます。しかし、その執念が実際の戦では勝利に繋がることも少なくありません」


 彼はレウワルツにて起きた勇者との顛末さえ情報を得ていた。それが意味するのは、彼には教会勢力の情報すら集める手段があるという事。

 そして、そんな彼ですら一切の情報を持っていないとすれば。

 逆に見えてくる事実がある。


「一方で、私が重視するのは使命。個人の執念に欠ける分、常に冷静で居ることが可能ですからね。こうした盤上の遊戯で負けることは無いでしょう」


 ウアたちの行方について、何かを知っている者が居るとすれば。

 教会における完全なブラックボックス。この世界において最も謎の多い、教皇と大魔聖堂が怪しい。

 それも外れの場合、人智を超えた存在が関わっているとしか考えられなくなる。


「さて、と。今のエイジ君が先に進むため、必要なのは主に2つですね。1つは「探知魔術」を欺く手段。もう1つは、アドラゼールを説得する方法……と言った所でしょうか」


 彼の言う通りだ。

 教皇周辺を探るにせよ、今の俺は人間の支配領域に足を踏み入れる事すら不可能。

 「探知魔術」を何とかしないことには、一歩も進めない。

 また、事態を解決してもアドラゼールがいる。俺を明確に敵認定している龍種。完全な怪物。これを解決しなければ、いずれゲームオーバーになるだろう。


「まず、後者から。裏切りを許さない龍種を如何にして宥め、その怒りを鎮めるか」

「何か方法があるのか?」

「えぇ。実のところ、これは存外に難しい話ではありません。今のエイジ君が、「前回の魔王」と全く異なる存在だと認めさせれば良いだけですからね。即ち――」


 裏切った「魔王」と、今の俺。それが異なる存在だとアドラゼール自身に分からせる。

 理屈は分かる。しかし、それが出来れば苦労はない。

 たとえば、勇者。彼女は、俺に記憶が無い事を踏まえた上で、それでも「魔王」として消すことを決めた。

 多くの一般人も同様。記憶が無いから、と俺を許すような人は少数派だろう。

 そのような状況で。アドラゼールに納得させる方法があるのだろうか?


「かつての「エイジ」と「アドラゼール」が為せなかったこと……「龍殺し」を為せばよろしいかと」

「……龍殺し?」



◇◇◇



「……成程な。魔王はそういう条件でアドラゼールの力を借りていたわけか」

「えぇ。私の知る「未来」では、という注釈は付きますが」


 非常に有用な情報を得られた。

 ニュクリテスの後、アドラゼールとフィデルニクスは連絡を繋ぐだけで、基本的には別行動。現在、アドラゼールは大陸の東の果てに居るという情報も入手した。

 つまり。

 ウアたちを見つけた後になるだろうけれど。

 間違いなく。いずれ俺は、「龍殺し」を為さねばならない。


「そして、探知魔術を欺く手段。此方にも心当たりがあります。というか、用意しました。……この魔導具です」


 そういってフィデルニクスは懐から一つの指輪を取り出す。

 俺のために用意した、のではない。

 特定の人物が何処に居ても見つけ出す。そんな、人間側の新型魔術に対し、異種族を率いる者として対抗手段を用意していただけだろう。

 もっとも、それを予想して俺はここに来たわけだが。


「……駄目もとで聞くけど。譲ってもらう事は?」

「構わないですよ。ただし――」


 問いかければ、予想外の答えが返ってくる。

 しかし。

 この鬼畜仕様の物語に、そこまで都合の良い話がある筈も無く。

 彼は静かに。その碧眼を一度閉じて開く。

 そして、強い覚悟を秘めた瞳で告げた。


「――決闘を。1対1の、互いの命を賭けた真剣勝負。……欲しければ私を殺して奪うという、単純な話。どうか、受け入れては頂けませんか?」

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