8話 ホウセンカ
服の下に隠していたペンダントを出して右手で握る。
撃鉄代わりに僅かな魔力を込めれば。
「ははははは!流石は人魔王!そうでなくては!」
青い結界はガラスが割れるように、或いはジグソーパズルが崩れるように。
バラバラと破片となって消えていく。
「君ならば!必ず突破すると考えていた!だが!次はどうか!?」
魔術による結界が無駄に終わった。
であれば。
次に試すのは当然。
「やっぱ壊れねぇか!」
「この家が貴様を捕らえる牢獄なのだよ!エイジ・ククローク!」
物理的な拘束手段。
魔術を放つが、大きな音がするだけで小屋の壁には傷一つつかない。
この小屋は、恐らく木製の粗末な造りに見せているだけ。
素材から何から特別な代物が使われ、壁や柱の中にも天井にも床下にも家具の1つ1つに至るまで複雑な術式が書き込まれ、堅牢で難攻不落な要塞となっている。
入り口を閉めてしまえば、俺を逃さない牢獄の完成だ。
ならば!
「次はどんな手を打ってくる!?魔王ッ!!!」
先程の魔術弾は通常よりも音と光を増しておいた。
いくら衝撃を無効化できても、音は外に漏れる。
そして、光は窓や僅かな隙間から溢れ出した。
それを合図として――
◆◆◆
「――ふふ。畏まりましたわ、魔王様……いえ、エイジ様」
小屋から離れた地点にて。
遠見の魔術で様子を伺っていた女は、小さく呟いた。
女の周囲には赤い光の文字で無数の文字が書き込まれている。
「
女は……クリスティアーネは詠唱を紡ぐ。
彼女の言葉に合わせて光の文字が紅く明滅。次第に強く強く輝いていく。
人類を滅ぼすというコンセプトの元、幾多の魂を捧げて完成した「吸血鬼」。
その力は今、ただ一人の為に。
「――
◆◆◆
2つ目の太陽が生まれた。
そう表現するしかない程に、巨大な焔の球が上空に顕現する。
「あんな大魔術、いつの間に用意してたんだ……!」
「勇者様!あれは街にまで……!」
元となった術の名は「鳳仙花」。
広範囲に火の玉を雨の如く降らせる戦略魔術。
通常では、百余名が力を合わせて発動する大魔術。
「ボクは街への影響を最小限に抑える!」
その大魔術を「吸血鬼」が独自に強化改編したモノこそが、この火球。
火球は地表へと墜落しながら、全方位へと火の雨を放ち続ける。
かつて魔王と呼ばれた男と、彼を支えた四天王。
世界は再び、その脅威を思い出す。
◇◇◇
墜落した太陽は地表への到達と同時に爆発。
要塞と化していた小屋は跡形もなく消し飛んだ。
直前に障壁を展開していたものの、間に小屋を挟んでいなければ俺自身もどうなっていたか。
流石は四天王。出鱈目な強さだ。
「まさか、協力者が居たとはね。はは、そういえば君は「王」だった。初歩的な事を見逃してしまったなぁ」
「言葉の割には嬉しそうに見えますね?」
炎の海の中で、オルトヌスは笑う。
彼もまた障壁を展開したようだが、僅かに遅れたらしく傷を負っている。
少なくとも、このまま俺と戦うことは出来ないだろう。
「そりゃそうさ。私は軍師。戦で魔王に勝ちたいんだから」
「貴方も大分狂ってますね」
「はは、「記憶事変」で狂わなかった人なんて元々狂ってた人くらいさ」
何十年もの自分が知らない記憶……しかも、大事な人や自分自身が死んでしまうような悲劇の記憶だ。
そんなものが一瞬で流れ込んだら、確かに正気など保てないかもしれない。
彼は一度言葉を区切ると、右の人差し指でゆっくりと1つの方向……俺の背後を指し示す。
そして、告げた。
「ただ、気を付けなよ。ここまでは私の策だ。だが、ここから先は――」
「また会ったね、レイジ」
振り返れば、そこには1人の少女。
「シス……いや、お前は……」
栗色の髪と瞳は蒼に。
お洒落な服は武骨な鎧姿に。
手には真白に輝く剣を携えて。
「ボクは勇者。勇者エスリム・テグリス。……魔王エイジ・ククローク、キミを終わらせる者だ」
燃え盛る炎の海の中で。
「勇者」と「魔王」は再び相対する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます