7話 魔王の策略
◇◇◇
時間は少し遡って。
これは、俺がシスと初めて会った日の事だ。
「――では、そのシスという少女は?」
「間違いなく、俺の敵対存在だろうな」
「消しますか?」
やめい。
この吸血鬼、本気で言ってやがるから困る。
そんなことをすれば一発で魔王ルート確定だ。俺を殺すことは罪ではないが、それ以外の殺人は普通に罪である。
そんなわけで、殺人という手段は避けたい。それは俺が「前回」と同じになってしまう事を意味しているしな。
とはいえ、殺さなきゃ俺や俺の大切な人がヤバイという時には、躊躇しないだろう。真っ先に選ばないというだけで、選択肢には常に存在している。
殺人という手段を思い浮かべても心が痛まないのは、俺がやっぱり魔王思考の持ち主だからだろうか。
「今回の絵図を描いたのはオルトヌスだと考えられる」
「その人物は4年前から行方不明だそうですが?」
「それも芝居だろうな。直接的に今回の計画のため、というわけでは無かっただろうけども」
第一に、俺がこの街に居ることが発覚したのは、そのための「魔術」があったからだと考えるべきだ。俺個人を識別して反応するような特殊な魔術。
そんな術は聞いたことも無いが、「記憶事変」によって巻き戻った5年分の「未来の魔術研究の知識」を利用し、「魔王討伐」という名目のもとで開発された……と考えれば納得は容易だ。
誰もがクリスのような異常な識別方法を行っていると考えるより、よっぽど現実的である。
第二に、オルトヌスが失踪したのは彼および勇者一行、そしてバックに控える教会勢力の作戦の一環だろう。
そもそも、勇者一行は魔王キラーとでも呼ぶべき最終兵器。魔王によって闇討ちでもされたら最悪だ。
また、「魔王エイジ」が正体不明のウルヴァナを四天王に加えていたように、「未知」は強力な武器になる。
故にこそ、勇者一行を失踪させておくのは有効な策だ。全員が失踪はあからさま過ぎて意味無いが、1人くらいなら違和感も少ない。しかも、お誂え向きに「負け続けの軍師」なんて失踪しても納得がいく存在が居る。使わない手は無いだろう。
表向きは軍に居場所が無くなったという体を装い、オルトヌスに姿を隠させた。そして、限られた存在の間では情報共有を密にし、いざという時に迅速な行動を起こせるようにしていたのだと考えられる。
問題は、オルトヌスが隠れている街に真っ先に俺が現れ、魔術に引っ掛かってしまった事か。
「そもそも、だ。「勇者」やら「勇者一行」なんて呼ばれる者たちが、多くの人が住んでいる市街地で戦闘行動を起こすと思うか?」
「……するのでは無いですか?」
「非戦闘員が巻き込まれて負傷するかもしれないのに?」
「傷つけることは良いことでしょう?」
「そうだった……お前はそういう奴だった……」
もうやだ。価値観に致命的なズレがあって話が噛み合わない。
「魔王エイジ」はコレをよく制御出来たな……。いや、「前回」ではもう少しマシだったのか。生来の歪みが、「記憶事変」で致命的に大きくなったのだろう。
「ともかく、だ。奴らは正義に縛られ、選択肢が絞られている。俺を市街地から遠ざけなければ戦うことも出来ない。そう認識してくれ」
「分かりましたわ」
「加えて、「魔王」が自暴自棄になって市街地へと逃げ込まないよう、拘束することから始める必要があるだろうな」
彼らは「勇者」であるが故に行動が制限される。
そして。
「この世界において、対象を拘束する際に最も有効かつ確実な方法は?」
「結界魔術ですわ」
「正解」
結界魔術は対象を拘束することに特化した術式。
これは基本的に設置型の罠のように発動させるのが基本だ。事前準備無しに瞬間展開して完全拘束……というのは原則的に不可能である。
教会騎士最強の「ゼリオス」は瞬時に蒼い炎の結界「ゼリオスヘイズ」を展開できると聞くが、恐らくタネは簡単だ。国宝級の触媒に特殊な術式を書き込み、日頃から魔力を込めているだけ。入手さえ出来れば誰でも発動できるが、神聖さを演出するために「ゼリオス固有の神聖魔術」などと喧伝しているのだろう。あくまでも推測だが、大筋は間違っていないはずだ。
ともかく。結界魔術は事前に入念な準備が必要で、国宝級の特殊触媒を用いなければ持ち運びも出来ない代物だということ。
しかし、見方を変えれば。事前に幾らでも触媒を用意できて、儀式場や術式は際限なく複雑化可能で、時間をかけて魔力を込め放題の魔術……と考えることもできるのだ。
「結界魔術が待ち構えている場所に向かうのは危険ではないでしょうか?」
「普通は、な」
「どういうことでしょう?」
対象を指定のポイントに誘導さえ出来れば、結界魔術は凄まじい力を発揮する。
発動して拘束に成功してしまえば、基本的には逃げられない。捕まる側は捕まえる側の準備に見合う触媒・術式・儀式場・魔力を用意しておけないから当然だ。
故に、使い古された手でありながら誰もが使う。
オルトヌスも、クリスも。
「どこかの吸血鬼が俺を監禁しようとしているのを知りながら、俺がのこのこ向かったのは何故だと思う?」
「妾の監禁を受け入れてくれたからですわ」
「ちゃうわ。抜け出す手段を事前に用意していたからだよ」
「むぅ……」
そして、それは魔王軍襲来で使う必要が無くなった。
今の俺には、クリスが5年も準備し続けた結界魔術でさえ破る手段がある。向こうの初手は完全に無駄に終わらせられるだろう。
問題は二手目。俺のやり口を熟知しているオルトヌスならば、間違いなく破られた時の手段も用意しているはず。
そちらに関しては――
「――その後の二手目の対策として、例の作戦が重要になってくる。アンには引き続き、そっちの準備に取り掛かってもらいたい」
「了解しましたわ」
アン……クリスティアーネが俺に協力していることは、恐らく魔王軍とヴァルハイトしか知らない。
ヴァルハイトは俺に「世界の全てが敵だ」と告げた。加えて、俺がクリスを探していることに最後まで思い至らなかった。この時点でクリスの裏切りは魔王軍内で周知の事実だったはずなのに、だ。
つまり、この時点で教会勢力と魔王軍の間で十分な情報の共有が行われていないことが分かる。そして、それは今も同様だろう。
魔王軍内・異種族内から魔王への協力者が出ているという事実は、広く公開するには少々ダメージが大き過ぎる。しかも、魔王軍は……特にフィデルニクスあたりは誰よりも何処よりも先に俺を殺したいと考えているはず。俺に関する情報は出来る限り独占しておこうとするだろう。
これを踏まえて、俺とクリスは別行動で「レウコンスノウ」に侵入。侵入後も決して2人一緒に行動せず、俺が1人で行動しているように偽装し続けた。宿に入る時には常に最新鋭の注意を払い、魔術でクリスの姿を隠したりもしていたのだ。
現状、クリスは完全な盤外の一手。計算上のイレギュラー。敵の策を打ち破る突破口になるだろう。
「……ですが。ここまでの準備をして、わざわざ出向く必要があるのですか?無視して街を脱出してしまった方が安全なのでは?」
「それがそうでもないんだ」
「何故です?」
「確かに、勇者パーティの一員が用意した罠に嵌りに行くのはリスクが高い。一方で、現在の勇者たちの情報を入手出来るという大きなメリットも存在している。そして……」
「前回」とメンバーに違いはあるのか、現在はどんな関係にあるのか……といった勇者たちの情報は勿論の事。俺が知らない「魔王エイジ」や「記憶事変」の情報、そしてウアたちの行方。リスクを補って余りあるメリットがあるのだ。
加えて。
「そもそも相手の策を完膚なきまでに打ち破れるのなら、リスクは限りなく少なくなるってわけさ」
「成程ですわ。……しかし、軍師オルトヌスが実際に出てくるとは限らないのでは?」
「はは、それこそ分かり切った事だよ」
オルトヌスは少なくとも4年もの間、世俗との関係を断ち続けた。
軍師としての安定した立場を捨て、家を捨て、知り合いとの関係を断ち切り、「失踪」を演じ続けたのだ。
全ては「魔王」を倒すため。今度こそ勝利を掴むため。
「ここまで魔王に執着する男が、俺を抹殺できる瞬間に居合わせないと思うか?」
彼は必ず俺の前に姿を現す。結界魔術の場所まで誘導するべく会話だってする。
その会話を通して、情報を集めさせてもらう。
軍師オルトヌス。お前の執着、利用させてもらうぞ。
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