4話 薄氷の円舞曲


 翌日、シスは昨日の言葉通りに靴磨きへとやって来た。

 そして。


「うん。ボクが聞いた噂に間違いは無かったよ。オルトヌスの居場所は分かった」

「じゃあ、案内してもらえるんですかい?」

「でもなー、タダってのもなー」

「……何が望みです?」

「うーん。そうだなー……」


 シスはそこで一度腕を組み、首を傾げる。

 そして。名案を思い付いたというように、或いは意を決したかのように。


「デートしてよ。今日これから、夜ご飯を一緒に食べるだけでも良いからさ。そしたら明日、案内してあげる」


 と言った。



◇◇◇



 「前回」にて魔王に執着し続け、戦い続けた男オルトヌス。

 彼の知る情報は間違いなく俺の助けとなるはず。そんな彼に会える可能性がある。

 その条件で、シスの申し出を断る理由も無い。

 ここ数日で蓄えた資金もあった。僅かだけど、無一文ではない。

 そして、仮にも「デート」であるならば、男として手を抜くわけにはいかないだろう。師匠に叱られてしまう。

 店を早めに畳み、安くとも見栄えのいい服を買って繕い、エスコートをしていく。

 買い物をして、食事をして。限られた時間と資金の中では、それなりの代物になったのではないだろうか。

 そろそろ夜が深まってきた。これ以上は流石に問題があり過ぎる。

 終わりに向けて、最後に幾つか言葉を交わすとしよう。


「シスさんはどうして俺に関わろうとするんですかい?」

「……初恋の人に似てるからかなー」

「……へぇ。……そうですかい」


 初恋の人ねぇ……。


「あ!キミをその人の代わりにしてるわけじゃないよ!あくまでも切っ掛けってだけ!」

「いえいえ、構わないですよ。良い思い出じゃないですか。その方はどんな人だったんです?」


 そう尋ねれば、シスは一瞬の躊躇いの後、余人には預かり知れぬ万感の想いを込めて呟いた。


「……酷い人だったよ」

「酷い?」

「意地悪で、嘘つきで、容赦なくて、頑固で、横暴で、冷酷。そんな人だった」

「……予想以上に酷いヤツですね。言っちゃあなんですが、そんなのに惚れたんですかい?」

「はは、そうだね。……でもね、優しい人だったんだ」

「優しい?」

「優しいから冷酷に振舞った。優し過ぎたから嘘をつき続けた。そういう悲しい人だったんだと思う」

「……今でもその人の事が?」

「それはないかなー。ボクたちの間には色々あり過ぎたからさ。一緒に居れば辛い記憶が湧き出してきちゃう。楽しい気持ちになんかなれない。それがハッキリ分かっちゃった」

「……なるほど」


 チラチラと雪が降って来る。

 北の地では珍しくもない自然現象。

 明日には深く積もっているだろう。


「ここまでで大丈夫。……レイジ、今日は楽しかったよ。ありがとう」

「ご満足頂けたのなら幸いですねい。それでは、明日はよろしくお願いしますよ」

「うん、わかった。明日の朝、いつもの場所で。オルトヌスの居場所に案内するよ」


 ここは北国レウワルツの都市「レウコンスノウ」。

 人呼んで、「純白の街」。

 魔王が「血の惨劇」を引き起こした地。


「さよなら、レイジ」

「明日も会うのに、「さよなら」なんですかい?」

「……そうだね、またね、かもね」

「えぇ、それでは、また明日」


 この日、そこで舞われた円舞曲は、薄氷の上に成り立った夢。

 陽が昇れば溶ける定めの、儚い雪の一片。

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