5話 ボードゲーム

 翌日。俺はシスと待ち合わせをし、彼女の案内で「レウコンスノウ」の外れまで来ていた。市街地からは随分と外れてしまっている。

 昨日降り出した雪は見事に積もり、一面は銀世界。「純白の街」の二つ名に相応しい光景。

 ただ、周囲に人影が一切無いのは、積雪だけが理由ではないだろう。

 視線の先に見えるのは大きな裂け目。クレバスなのか崖なのかは判然としないけれど。それが長く長く、巨大な半円を描くように広がっている。

 要するに、そもそも人が寄りつくような場所ではないのだ。此処は。

 だが、その崖の上から少しだけ突出してせり出した独特な地形があって、そこには一軒の家が建っていた。手作りに見える木製の小さな家だ。

 そして、その中に居た人物こそ。


「ほう。人魔王について知りたいと。成程、それならば私以上の適任はいないだろう」


 病的な程に白い肌に鈍色の髪と瞳を有する、30代前半程度の男。

 軍師オルトヌス。エイク及びカルツにて魔王エイジに人類で初の敗北を喫し、それからも負け続けた男である。

 彼はやつれた顔と痩せ細った体をしていたが、その目だけはギラギラと輝いていた。

 それは英雄が生来持つ輝きか、それとも……。


「熱意ある若者は好ましい。さぁ、入ってくれ。生憎と大層な物はないが、精一杯のもてなしをさせてもらうとも」


 俺は彼の言葉に甘えて家の中へと入る。

 シスは予定があるそうなので、ここで帰るとのこと。

 故に、俺はオルトヌスと一対一で向き合うこととなった。

 彼が木製の椅子を出してきたので座る。

 暖炉の火がパチパチと燃えていた。


「グエラエの嗜みは?」

「多少は。もっとも、妹と遊んだくらいですが」

「ふむ。ならば、井の中の蛙か、眠れる獅子か。楽しみだね」


 彼は自分も椅子に座る前に、棚から黒と白で構成された正方形のボード、それと同じく白と黒で構成された駒を持ってくる。

 これらは「グエラエ」というボードゲームを行うためのセット。地球のチェスに似ているが、かなり異なっている部分も大きい。難しく、一筋縄では行かない奥深いゲームである。

 軍師や指導者など多くの人間を動かす者はマスターすることが必須とさえ言われているゲーム。「グエラエ強き者、真の戦も強し」とは有名な言葉である。

 俺はよくウアと遊んでいた。ちなみに、ウアが勝利したことは1度も無い。いつも俺の圧勝だった。


「わざわざ私を訪ねて来るくらいだ。世間一般的に言われている人魔王の所業は既に知っているのだろう?」

「はい」


 先攻はオルトヌス。彼が白の駒を動かしながら言葉を紡ぎ、俺が返答しながら黒の駒を動かす。

 ……ふむ。堅実な手だな。最初は王道で始めるタイプか?


「正直、見事だったよ」

「見事とは?」

「彼の戦さ。1つ1つの戦争もそうだが、戦争全体の進め方も見事だった。普通、この国一つとった程度じゃ世界相手に戦い続けるなんて不可能だからね」

「オルトヌスさんでも出来ないと?」

「私は特に駄目だ。リスクを考えてしまって一歩を踏み出せずに終わる。万が一、上からの指令で戦うことになっても迷いが生じてロクに戦えないよ」

「魔王エイジはそれが出来た?」

「……そうだね。彼はまるで失うモノが何も無いかのようですらあったよ。そうでなければ、あんな思い切った事は出来ないんじゃないかな」

「今更ですが、オルトヌスさんの「前回の記憶」は?」

「カルツだね。この国の者ならば、同じ人間と争った記憶の方が根深いさ。ちなみに、勇者一行では私だけらしいよ、カルツの「記憶」持ち」

「そうなんですかい?」

「うん。みんな大体エイクで聖女がビクト。勇者だけはエイクでもビクトでもカルツでも無いって聞いたけどね」


 会話を続けながら駒を動かしていく。やはり堅実な手を打つ男だ。けど、常に何かを狙うようでもある。

 次に指す駒の動きを思考しながら、彼の言葉を吟味することも忘れない。

 「失うモノが無い」というオルトヌスの抱いた感想が事実であれば、カルツの「エイジ」も「ウア」を護れなかったと推測できる。


「……っと、いけない。話が逸れてしまったね」

「いえ、十分に有意義な話でしたよ」

「折角、私の所に来てくれたんだ。私しか知らない人魔王の情報がなければいけないだろ?」

「……オルトヌスさんしか知らない情報?」


 それは非常に興味深い。戦い続けた彼だからこそ気付けた何かがあったのかもしれない。


「負け続けの軍師の言葉で根拠も曖昧、加えて余りにも常識外れの内容だから誰も信じてくれないけどね――」


 彼はそこで一度言葉を区切り、白の駒を右手でクルリと一回転させる。

 そして、カンッと冷たい音が響くほどに、力を込めて駒を盤上に降ろしながら。

 なお一層、その鈍色の瞳をギラつかせて。

 静かながらも力強さに満ちた声音で言った。


「――人魔王は魔術を使えなかったと、私は確信している」


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