8話 聖天使


◇◇◇



 これは大森林を出立する直前の事。

 かつての魔王軍四天王、エルフの智将フィデルニクスは俺に告げた。


「エイジ君。くれぐれも聖女には気を付けてください」

「なんだ、心配してくれるのか?」

「いえ。単純に、他の者に貴方を殺されたくないだけですよ」

「……ま、そうだよな。既に分かり切った事だけど、味方が皆無で泣きそう」

「魔王様の泣き顔は見たことが無いので非常に興味がありますね。是非見てみたいものです」

「妾も! 妾も見たいです、エイジ様! 絵師に命じて絵画としましょう! 必ずや、未来永劫受け継がれる至高の名作となります!」

「自分の泣き顔が博物館で飾られて大勢の人に見られるとか恥ずかし過ぎて死ぬから止めてくれ……っと、話が逸れた。それで、聖女に気を付けろってどういうことだ?」


 片手でクリスの頭を撫でて黙らせながら問いかければ、フィデルニクスは先程までの和やかな雰囲気を捨てて口を開いた。


「聖女の魔法は得体が知れない。或いは、賢者や勇者よりも恐ろしい。勇者一行の中で最も危険な力といっても差し支えないでしょう」

「……そこまで、なのか?」

「えぇ。長きに渡った戦争の最終盤でこそありましたが。私の“前回”では――」


 そして。その後に彼が続けた言葉は。


「――かの滅龍。アドラゼールと互角に渡り合ったのです」


 あまりにも常軌を逸した内容だった。



◇◇◇



 ここで、この局面で。よりにもよって聖女。俺の血の繋がった妹かもしれない、聖女メレリア・ククローク。

 全てが罠だったのか?

 義賊ラドロヴォール・ゴールド。全てが奴の作戦で、ここで聖女と共に俺を仕留める腹積もりだったのか?


「聞け! 俺には“前回”の記憶が無い! 罪やら何やらと言われても、俺には関係の無い事だ!」

「問答無用。全ては天上にて主に弁明してくださいませ、兄上!」

「くっ、無理か……!」


 駄目元で記憶無しカミングアウトを使ってみたが、やはり聖女には通じない。

 最近、この暴露技が通じる相手が皆無過ぎるな。新しい敵に必殺技が全く効かなくなっていく容赦ないインフレシステムに泣けてくる。


「我、此処に希う。求めるは、神敵魔王を滅する力。降臨せよ――」


 紡がれる言葉に呼応するように。聖女の身体が白く光り輝く。

 間違いなく、聖女が発動しようとしているのは彼女の魔法。

 フィデルニクス曰く、あのアドラゼールとすら渡り合ったという驚異的な力。

 龍にすら匹敵する、ヒトの領域を軽々と超越した化け物染みた魔法。

 その名も――


「――聖天使」


 直後。眩い光の奔流が迸り。

 地上に天使が顕現した。



◇◇◇



 それは、穢れ一つない純白の存在。

 全長およそ6メートル。

 右手にはレイピア。左手には盾。その何れも装飾の類は一切なく。しかし、武骨では無く荘厳。ただ戦うために研ぎ澄まされた至高の美。

 真白き2対の翼は、少女を護るように広げられて。

 成程、これは“聖天使”と表現するより他にない。


「聖なる剣よ。彼の悪魔を滅し給え」


 聖女の言葉に従い、天使の背後に純白の剣が現れる。

 十、二十、三十……まだ増える。

 剣は全て俺へと切っ先を向けて空中で制止していたが……


「来ます、エイジ様……!」

「っ…!」


 瞬間。全ての剣が一斉に射出された。

 弾丸と見紛う速度。数十の刃はただ一直線に俺へと向かってくる。

 あの速さと大きさに伴う質量。アドラゼールにすら通じる威力なのだとしたら、俺如きの力で破壊できるはずも無い。

 躱すというのも現実的ではない。無駄に広いとはいえ、此処は左右に逃げ場のない通路。蜂の巣になるだけだ。

 ならば、打てる手は1つ。

 双剣で軌道を逸らしつつ接近。術者である聖女を直接叩く。


「援護してくれ、クリス!」

「はい! 御武運を!」


 そのまま突撃しようとして――


「うわ、あっぶねぇ。超ギリギリじゃん。流石はメレちゃんだな」

「……何の真似ですか、ゴールドさん」


 全ての剣は、間に割って入ったラドロヴォールの直前で制止していた。


「おいおい、そのゴールドさんって他人行儀な呼び方止めてくれって言ったろ? 俺様の事は“昔”みたいにラドって呼んでくれて良いんだぜ?」

「良い加減にしてください、ゴールドさん。前にも申しあげた通り、私の“前回”と貴方の“前回”は別物です。そんな事より、何故貴方は魔王を庇うように立っているのですか。返答次第では貴方諸共……」


 何だ、どういう事だ?

 聖女との遭遇に始まる一連の流れはラドロヴォールの差し金では無いということか?

 いや、だとしても。此処で彼が俺を庇う理由は一体……。


「……ったくよ。クソジジイも余計な事してくれる。……メレちゃん、いや、聖女。今、何の真似ですかって聞いたな」


 ラドロヴォールはそこで一度言葉を区切ると。

 真っ直ぐ聖女を見定めて。告げた。


「それは俺様のセリフだ! 血を分けた肉親を殺そうとするとは一体どういうつもりだ、メレリア・ククローク!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る