6話 発覚


◇◇◇



 オーロングラーデ……俺の故郷で聖女増産計画? そんなモノは聞き覚えが……いや、待て。

 オカシイ。そうだ、“日常”過ぎて気付かなかった。10歳にも満たない子どもを毎日勉強机に縛り付ける……少々やり過ぎでは無かったか?

 外に出て遊ぶことすら滅多に許されない日々。自由なんて無い毎日。いくら魔法が使えないからって度が過ぎていたように思える。

 これは罷り間違っても、俺が聖女魔女……男の場合は“魔人”か。魔人であるという馬鹿げた話ではない。ネグレクト同然の扱いは、かえって反感を抱かせてしまう。聖女育成プログラムの趣旨に添わない。

 ならば、どういったことが考えられる?

 例えば。例えば、そう。妹のウアが聖女候補だったとしたら?

 たまたま既に俺という息子が居る家に、聖女候補のウアが生まれたのだとしたら? その状況で、両親はウアの事も育てると決めたのだとしたら?

 俺は何も知らない子供。計画に支障を来す可能性は高い。それでも同時に育てることが認められたのは……或いは、両親が教会内でも実力者だったのか。権力者ともなれば、その血筋も重視される。俺とウアは“跡継ぎ”であり、それを手放すわけにはいかなかった……とか?


 ……今更ながら。両親の立場すら碌に知らないとは、つくづく異常な環境に居たのだと実感する。或いは、暗部関係の実力者だったのだろうか。ヴァルハイトなら何か知っているのかもしれない。

 ともかく。今は両親が教会内での有力者だったと仮定して思考しよう。


 計画の重要性は両親もよくよく分かっており、だからこそ邪魔になりかねない俺は勉強だけさせて放置。彼らが重視したのは血筋、遺伝子のみであり、手元においておけるだけで構わなかった。ある程度育った後は、どこかの家との縁談に使うなどすれば良いのだし。

 思い返せば、両親は随分と敬虔な信徒だった。魔女に遭遇したら自害しろと何度も何度も大真面目に言われた。心身深かったことは明白で、それが立場故だとしたら納得がいく。


 少しずつ、しかし確実に。パズルが埋まってきている。


 ――しかし、1つ致命的な欠陥がある。

 仮にウアが聖女……つまり魔女なのだとして。それに師匠が気付かないはずがない。

 幼少の頃は魔女であっても保有魔力は少なく、だからこそ普通の人間と同じように成長する。だが、一定以上の魔力を有するようになると肉体が大幅に変質し、成長・老化が限りなく緩やかになって……結果、数百年の時を生きるようになるのだ。

 確かに、師匠と出会った直後のウアは幼すぎたかもしれない。しかし、旅立つ頃には年相応の成長を遂げていた。成長が不自然に止まるような兆候も無かった。


 駄目だ。今の俺が有する情報では答えが出ない。

 何か決定的なピースが1つ欠けている。どれだけ足掻いても、このままではパズルは完成しない。


 ……今これ以上考えても答えは出そうにない。一先ずは保留で良いだろう。

 それよりも。今の本に記されていた聖女……サニーだったか。その人物の年代を確かめておくべき。

 時系列の整理は重要だ。特に何1つ手掛かりがつかめないような状況では。


『“天”の聖女サニー(人歴1076~1147)

 本名:サニー・レイン ※レイン家に生まれ、箱庭計画によって教会預かりとなる。なお、両親には記憶処理を施す。以降、慣例に従って苗字は抹消、封印。

 魔法:天候操作

 功績:いくつもの戦争にて活躍。特に1112年、吸血鬼殲滅作戦にて大地を枯らした功績は大きい。また、平時は天候操作によって農業をはじめとした多様な場面にて尽力。

 備考:特になし。』


 師匠と聖女メイオーンの頃から100年ほど後。また、300年前の吸血鬼との戦争の真っただ中。

 2つの書の内容を照らし合わせるに、騎士タンザの為そうとした事は失敗したのだろう。そのまま、ヒルア帝国は吸血鬼の国を滅ぼし、周辺の小国を滅ぼして領土を拡大していった。

 恐らく、全ては聖女の数を増やす事が出来るようになったからこそ。今のヒルア帝国に聖女は5人。本には“多くても3人”という記述があったのだから、やはり増加している。

 思えば、勇者一行の聖女メレリアもオーロングラーデの出身だった。彼女も増産計画の結果として誕生した聖女だったのかもしれない。


「この結果が吸血鬼の滅亡だったのですね」

「……大丈夫か?」


 吸血鬼は人間に滅ぼされ、その果てに造り出されたのがクリスだ。

 聖女が苦痛を抱えて生きるように、彼女の生も痛みを伴う。価値観すら壊れている故に苦しいと感じないだけで、彼女もまた押し付けられた側。一部の犠牲で何かを為そうとするのは、世界や種族が異なろうとも変わらないヒトの業なのかもしれない。

 ヒトが国を、文明を、社会を築く生き物であるならば。その集団が拡大するにつれて犠牲が生まれる。不都合を押し付けられる者が必要となってしまう。

 聖女やクリスのような極端な例で無くとも貧富の差などは典型例。万人が平等で幸福な世界など空想の夢物語。犠牲あればこそ回るのがヒトの世である。

 それは当たり前の事で、決して「悪」ではない。


「ふふ、ご心配下さりありがとうございます」


 されど、その犠牲から目を逸らし続ければ、やがて安寧は崩れ去る。革命や内戦の火種となって世を包み込む業火となってしまう。

 たおやかに微笑みを浮かべる彼女は、ただの美しい女性に見える。華奢な身体は触れれば容易く折れてしまいそうだし、儚さと気品を伴った立ち姿は神聖な彫像を思わせる。


「ですが、不思議と思う事は多くないのです」

「……そう、なのか?」


 だが。彼女こそは炎。人間たちが切り捨ててきた存在を薪として燃え上がる業火。

 そして。それらの炎を束ね、世を燃やし尽くさんとした存在こそが“魔王エイジ・ククローク”。

 ……何のことは無い。かの王も世の理が必然的に生み出した、ありふれた存在に過ぎないのだ。この世界は無数の火種を抱えていて、その限界が魔王を生み出した。奴がやらずとも吸血鬼クリスは単独で行動を開始していただろうし、その場合は彼女が女王にでもなっていたかもしれない。或いは、アドラゼールが魔王になっていた可能性もある。……この場合は竜王とでも呼ばれていたのだろうか。


「はい。ただ1つだけ。人間が……ヒルア帝国が軍事力を増強し吸血鬼を滅ぼした。その過去があったからこそ、妾は産まれ、エイジ様と出逢えた。それだけですわ」

「……随分と熱烈だな。それだけ想って貰えるなんて、魔王様も草葉の陰で喜んでるだろ」

「ふふ。どうでしょうか。喜んでいただけているのなら幸いですけれど」


 “魔王様”ではなく“エイジ様”か。

 彼女の中で何かしら明確な答えが1つ出ている事――ずっと一緒に居るんだ、それくらいは気付いている。特に、あの純白の街レウワルツで勇者と相対した日からは顕著だった。

 ただ、それがどのようなモノか確信が持てない。

 これが単純に、前回の“魔王”と“俺”を別個の存在として捉え、“魔王”ならざる“俺”に力を貸す覚悟を決めてくれた――とかなら問題はない。実際、彼女のこれまでの行動とその仮定は矛盾が無く、可能性は高いと言えるだろう。

 それでも。

 それでも俺は彼女を疑ってしまう。

 ここまで来れたのは間違いなく彼女のおかげだ。世界中が敵となった世界で、ずっと共に旅をしてきた。“前回”の魔王軍四天王――その圧倒的な実力があったからこそ、ここまで旅を続けられたのだ。

 そんな彼女を……仲間を俺は疑い続けている。そして、その事を改めようとは微塵も思っていないのだから救いようがない。


 信頼とは一種の思考停止だ。確信も結論も、全ては容易く覆る。

 実の両親、友人に知人。あらゆる存在が俺を殺そうとしてきた日の事は脳裏に焼き付いてしまってる。忘れたくとも、何度も何度も夢に見るのだ。

 だから、どんな人物に対しても裏切られる事を前提として考えてしまう。師匠やバルバルのことも「あのヒトたちになら裏切られても構わない」と考えているのであり、絶対に裏切られないなんて考えちゃいない。

 ……そんな事を思えるのは、世界でただ1人。妹のウアに対してくらいだろう。

 

 果たしてクリスの今の感情は何処へ、誰へと向いているのか。その紅の瞳は何を映しているのか。

 ふと思い出すのは橙色髪と仮面。ヴァルハイトの奴が心底羨ましい。他人の心理を完全に見抜けるのならば、どれだけ楽なことだろう。


 ただ1つだけ確かなことは。そう遠くない内に、彼女の内面と向き合う必要があるということ。

 その時、俺と彼女は争う事になるかもしれない。吸血鬼たちの狂気が具現化した、魔女にすら匹敵する正真正銘の怪物……そんな彼女と戦うとなれば手加減なんて出来やしない。俺か、彼女か。どちらかが必ず命を落とすことになる。


 その時、俺は――。


「……今は一刻も早く目当ての情報を探すべき時だな。全ては後回しだ」

「えぇ、その通りですわ」


 ともかく、この2つの本は棚に戻そう。これ以上眺めていても新しい発見は無さそうだ。


「悪いが、この本は元々あった場所に戻してきてくれ。侵入した形跡をゼロには出来ずとも、最小限にはしたいからな」

「了解いたしました」


 本をクリスに渡せば、彼女は奥の本棚へと向かって行った。

 盗賊ラドロヴォールならともかく、俺やクリスでは痕跡を一切残さずに消え去るなんて不可能だ。それでも発覚を遅らせる程度の効果はあるだろうし、やっておいて損はない。


「さて、と。俺はこの『聖女名鑑』を元の場所に……」


 ……ん? この名鑑、全体的に魔術的な仕掛けが施されているな。

 本に魔術を仕掛けるのは珍しい事では無い。重大な秘密を隠しておいたり、持ち主以外の読者を迎撃したりと様々な魔術が仕掛けられている。

 本の中の特定の文字にだけ特殊な塗料を使うことで術式を隠すこともあれば、この本のように……。


「背表紙の中に術式を刻んでいる事もある……だよな、師匠」


 師匠との修行では何も戦闘技術だけを鍛えていた訳じゃない。

 むしろ、こういう細かな事の方を徹底的に学んでいた。……というか、学ばなきゃ死んでた。師匠保有の本には即死級のトラップが仕掛けられている物も少なくなかったのだ。


「……ありふれた術式だな。迎撃用でも無いし、わざわざ慎重に調べる必要も無かった」


 別の場所で記した内容をリアルタイムに反映する術式だ。聖女が誕生したら地上のどこかに名前を刻み、その内容がここに反映されるのだろう。確かに、いちいち禁書庫に入って書き直すよりは効率的だ。

 ただ、その程度の便利グッズ機能を見つけたところで何の意味も無い。時間を無駄にしてしまった……


 ……待て。

 と、いうことは。最新の聖女、勇者一行のメレリアの事も書かれているはず。名鑑には名前以外の事も書かれている。何かの参考になる可能性は高い。

 どうせ、いずれは奴とも戦うことになる。情報を集めておいて損はない。

 俺は名鑑の最後のページを開き……。


「……は?」


 そこに書かれていた名前は。


「メレリア・ククローク?」


 想像の斜め上を行くモノだった。



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