10話 “Continue”
◆◇◆
「おかえりなさい、――」
「……そうか、俺はまた失敗したのか。ただいま、――」
「魔術無しでも失敗、か」
「でも、驚いたよ。まさか人間の王様になっちゃうなんて」
「はは、確かにな。俺だって今すごく驚いてる。まぁ、王というよりは扇動者って感じだったけどな」
「追加されたヒトはいる?」
「……そうだな。だけど、今回は2人くらいだ」
「1人でも増えちゃ困るんだけどなー。ちなみに、どのヒト?」
「トレイドって商人と、あのクソガキかな」
「ふーん」
「興味ない感じだなー」
「先に言っておくよ。間違いなく、――は裏切る。敵になる。それも多分、最強最悪のラスボスに」
「はは、そっか。それはキツイな」
「それでも続けるの?」
「あぁ。続ける。最初の目的を果たすために」
「…………そっか」
◆◇◆
それは決して引き継がれることのない記憶。
跡形もなく消え去った「過去」にして「未来」。
故に、少年がそれを思い出すことは絶対に無い。
◇◇◇
何かの夢を見ていたような見ていなかったような。
そんな不思議な感覚と共に意識が覚醒する。
「――あ、起きたんだね」
目を開けば、視界には逆さまになった勇者エスリムの顔。
……いや、これは覗き込んでいる?
加えて。俺が雪の上に横たわり、後頭部には柔らかく温かい感触。雪とは明らかに異なる。
……成程?これは膝枕というやつか?
俺はいつの間にそういうフラグを立てた?
「下手に動かない方が良いよ。動けばキミの首を切り落とす」
ですよね。そんな単純なラブコメ展開になるわけないですよね。エイジ知ってた。
聖剣ちゃんが俺の喉元にピタリと当てられている。誰も持っていないのに空中に固定された状態で。聖剣「グラヴィテス」は重力を操る能力を有するらしいので、その応用だろう。
それはそれとして。全く状況が理解できない。何が起こっている?
確か、俺は勇者に聖剣で突き刺されて。それで?
現状、痛みなんて一切ない。目線を動かして確認する限り、傷も無い。
服の真ん中に大きな穴が開いているし、赤とか黒とか血だらけなので刺されたのは間違いなさそうなのだが。
「……俺の胸は貴様の聖剣で貫かれたはずだが?」
「ボクが治療したからだよ」
「治療魔術か?……しかし、あれだけの傷を癒すとなれば相当な触媒が必要となるはずだ。それこそ国宝級の触媒が」
「そうだよ。一応は勇者だからね。冒険に役立つ凄いアイテムとかも貰ってるんだ。……そういえば、「前回」ではキミから受けた致命傷を直すのに役立ったなぁ。痛かったなぁ、あの時」
さらっと毒を吐くじゃないか、この勇者。
全く記憶に無いし、仮に「前のエイジ」が「前のエスリム」を傷つけていたとしても、さっきの攻撃でチャラだろう。
とはいえ、傷を治してもらった分は残ったままだ。普通に考えれば、何かの交換条件があると見て間違いない。
「何が目的だ。何を対価として求める」
「うーん。ここでキミがボクに嘘をつかない事……でどうかな?」
ふむ。彼女も知りたいことがあるということか。
悪くない取引だ。俺も彼女との会話で情報が集められる。
それに、勇者はヴァルハイトのような魔法を有しているわけでは無い。不都合なことは嘘を吐いたってバレないだろう。
「……そんな事で良いのであれば」
「ねぇ。ボクには嘘を見抜く魔法なんて無いんだから大丈夫だろう、とか考えてないよね?」
絵に描いたようなジト目をするじゃないか。
やめろ、なんか極小の良心が痛む。
「……そんなわけがあるまい」
「ま、いいけどね。あまりボクを舐めない方が良いよ」
ハッタリだな。
勇者に嘘を見抜く魔法があるのなら、そもそもヴァルハイトに白羽の矢が立つ訳がない。隠し続けた暗部を表に出す必要なんかなかった。
「最初に。キミが持っている「記憶」はどれ?」
「……エイクだ」
「じゃあ、エイクのキミが為した事を時系列で全て語ってよ」
「は?」
「どうせ嘘なんだろ?勇者のボクの元に5年間集まり続けた情報と、頼るヒトが極端に少ないキミが靴磨きをしながら集めた情報。矛盾が1つでもあれば、キミの嘘は露呈する」
これは不味いな。
予想以上に、勇者は魔王の事を良く理解しているようだ。
宿敵故の相互理解みたいなものだろうか?
「だから言ったでしょ、舐めるなって。ボクはキミやオルトヌスみたいに頭が良い訳じゃない。けど、キミの事だけなら色々わかるんだよ」
これは手強い……というか降参かもな。
クリスを相手にしている時と同じ感覚を覚える。
……ここは俺の情報を明かしてでも、新たな情報を集める方向に転換すべきか。
口調も戻そう。魔王の記憶が無いのなら、あんな口調にする必要は無い。
「……あぁ、嘘を吐いた。すまない。俺に「前回」の記憶なんて無いんだよ」
「そっかぁ、キミは「記憶」が無いのか。正直に答えてくれたし、さっきの嘘は特別に見逃してあげる。次は本当に刺すよ」
おい、こいつ本当に勇者か?言動が魔王軍側では?
「……随分と簡単に信じるんだな。今回も嘘だとは思わなかったのか?」
「何となく、そうかもしれないな、とは思ってたんだ」
「どういうことだ?」
「ボクは「記憶事変」の中心に居るのはキミだと考えているからだよ」
そこで彼女はいったん言葉を区切り、「むむむ」という擬音が聞こえてくるように顔をしかめながら続けた。
「ほら、何とか理論。えっと、何だっけ。記憶を持って過去には戻れないから過去改編は出来ないよって理論」
「『パラレルワールド修正力学』と『タイムパラドックス否定説』と『絶対世界法則論』だ」
「そうそれ。ボクは、何度も何度もやり直していたのはキミだったと思ってる。なら、キミに記憶が無いのは納得がいくでしょ?」
おい。常識とまでは言わないが、それなりに有名なモノだぞ。
……だが。知識はともかく、着眼点は驚嘆すべき所がある。
「……つまり、お前の仮説では。世界中の人間に「未来」の記憶があるのは」
「そう。キミの何かに巻き込まれたからじゃないかなって考えてるよ。それがキミ自身の意思だったかどうかは分からないけどさ」
少なくとも、現時点での俺の仮説もそれに近しい。俺も、「記憶事変」と、その土台にある「複数の未来」には「魔王エイジ」が何らかの形で関与していると考えている。
この勇者、直感で答えに辿り着く天才タイプらしい。
「なぁ、記憶の無い俺を見逃してくれはしないか?」
「無理だね」
「即答だな」
「うーん。その話ってさ。犯罪をしてしまった人が、その後で記憶を無くせば……って話に近いと思うんだ」
……成程。
彼女の言いたいことは分かった。
「それは事件の状況とかで色々と変わってくるかもしれない。そもそも、法律は国や時代が変われば大きく変わるものだよ。けどさ……」
そうだ。それで無罪判決が出たとしても。
「……それで被害を受けたヒトたちは納得すると思う?『記憶が無いなら仕方がない』って納得できると思う?」
ましてや、「魔王」は多くの命を殺している。それが直接・間接だったかは問題ではない。
「俺」が発端となって戦争が起き、多くの者が悲劇を味わった。それら全てのヒトに納得してもらうというのは現実的ではない。
分かっていたことではあるが、他者に指摘されると堪えるものだ。
「だからボクは。ボクがキミを終わらせるって決めたんだ。全ての憎しみを断つために。キミを殺してしまう「罪」を誰かに背負わせないために」
……あぁ。そういうことか。
彼女は「勇者」だ。その言葉の意味を改めて認識する。
眩し過ぎるくらいに、その在り方は尊い。
「でも。終わらせるだけなら、別にキミを殺さなくても良いんだ」
……ん?
どういうことだ?
「単刀直入に言うね。ボクと一緒に暮らさない?」
「はぁ?」
◇◇◇
「どこか、ずっと遠くでさ。勇者も魔王も関係のない所で。ボクとキミで暮らすんだ」
急にバグったのかと思ったが、話を聞いてみれば一応の納得は行く内容だった。
要するに、彼女は「勇者」と「魔王」を世界から消し去ろうというのだ。
深い崖に堕ちた勇者と魔王。2人は相打ちとなり、雪の中に消えて見つからなかった。
それで全てはお終い。彼女が監視し続ける以上、俺が新たな「やり直し」をしでかす事も無い。
しかし、これはまるで……
「まるでプロポーズみたいだな」
「そう取ってもらっても構わないよ」
「正気か?」
「ボクがキミのお嫁さんになる事で世界が救われるなら、喜んでこの身を差し出すよ」
「やめい。俺にそんな趣味は無い。悪代官じゃないんだぞ」
「魔王」になった「未来」はあるみたいだけども。しかも無数に。
「あ、でも。今のキミには協力者もいるんだよね。それって何人くらいかな?」
「100人くr……」
「嘘だね」
ちっ。
クリスの魔術を100人規模の大魔術にしたのは、協力者の人数を誤魔化す意味も大きかったのだ。それが全くの無意味に終わった。
というか、コイツ本当に刺しやがったぞ。喉のあたりにチクリとした痛みが走った。少し出血もしているらしく、温かいものが垂れる感覚がする。
「……どうして嘘だと?」
「今のキミに多くの協力者が居るとは考えにくいのが1つ。もう1つは、ボクが知ってる「エイジ・ククローク」なら、ここで絶対に嘘を吐くから」
そろそろ信用が高まり、嘘を吐いても大丈夫かと思ったのだが。
それほど甘くはないらしい。
「……正解だ。1人だけだよ」
「そのヒトは男性?女性?」
「……女性だが?」
「そっか。なら、そのヒトも一緒で良いよ。その女のヒトとボクとキミ。男の子の転生者の多くが憧れる異世界ハーレムだよ」
おい。冗談よせ。
1人は俺に恋愛感情なんか微塵も無くて、もう1人は変態だ。
ついでに、どっちも一歩間違えれば俺に剣を突き刺そうとして来る。片方は既に刺した実績持ち。こんな殺伐としたハーレムが憧れであって堪るか。
「悪いが、お断りだ」
「即答かー。とっくに終わった恋でも、かなり傷つくものだね。美女や美少女ってわけじゃないかもだけど、そこそこ可愛いと思うんだけどなー」
「そういう問題じゃない。俺にはやらなければならない事がある」
俺はウアや師匠やバルバルの行方を探さなければならない。
隠居生活なんて絶対に無理だ。
「今度は逆に俺から問わせてくれ。今の俺の目的は、俺の大切なヒトたちを探し出して救うことだ。そのヒトたちは、「魔王」の所業とは何の関係もない」
「魔女」である師匠は、語り継がれる所業を考えると善良とは言い切れないかもしれない。多分何かの理由はあったんだと思うけど。世界の大多数のヒトから見れば危険な存在であることは間違いない。
けれど。「魔王」の所業は全て「前回の俺」の決断の結果。そこに妹やら師匠やら魔獣やらは何の関係も無いのだ。
「そのヒト達を救うため、勇者の力を貸してはくれないか?」
彼女の力は十分に分かった。全ての「未来」で生き残り、「魔王」を追い詰めた実力は本物だ。その精神性も思考も十分に信用に足る。
彼女が協力してくれるのなら、これほど心強いことも無い。
「……1つだけ聞かせて。そのヒトたちを救うために再び「魔王」にならなければいけないとしたら。多くのヒトを悲しませなければならないとしたら。キミはどうする?」
……まぁ、そう来るよな。
不思議と落胆は無い。彼女ならば、こう返すだろうと謎の確信があった。
そして、それに対する俺の返答も決まっている。
「あらゆる手段を模索して模索して。道を探して探して。それでも、それしか手が無いのなら。俺は躊躇いなく選択する。魔王にだってなるだろうな」
「……そっか。じゃあ、ごめん。一緒には行けない」
俺と彼女は、どこまでいっても「魔王」と「勇者」。
裏と表。陰と陽。影と光。永遠の平行線。
そういう関係性。決して交わることのない間柄。
記憶事変が無くとも。どんな条件でも。
俺と彼女は近いようでいて、果てしなく遠い位置に存在する。
「でも、ボクの方でも探しておく。勿論、キミを恨む人が危害を加えないようにボクだけで探すよ」
「良いのか?」
「信用できないのなら契約魔術を結ぼう。ボクとキミだけの秘密だよ」
彼女の人間性を考慮すれば。ここで契約魔術を結ぶ必要性は薄いかもしれない。
しかし、これにはウアたちの安全が関わる。手は抜けない。
「分かった。契約しよう」
「あ、その前に。コレも渡しておくね」
そう言って彼女が取り出したのは「連絡石」、別名を「
3つ以上に割っても効果を発揮しない事に加え、形がハート形に似ている。こうした理由から、恋人たちの秘密の連絡手段として広く知られている……一方で、軍事作戦などでも重宝される代物だ。
蒼い髪の少女が、連絡石を2つに割る。
パキリと乾いた音が、純白の世界に吸い込まれて消えていく。
そうして、渡される片割れを俺は受け取った。
……どうでもいいけど、割れたハートが恋人たちのアイテムって不吉なのでは?俺は訝しんだ。
◇◇◇
その後。
エスリムが契約魔術を発動。俺と彼女の首に青い光の輪が出現して、消えた。
契約の内容は、「エスリム・テグリス」が「ウア・ククローク」「シムナス」「バルバル」に対し危害を加えない事、及び「エイジ・ククローク」の関係者だと明かさない事。それだけ。
契約魔術の仕組みは非常に複雑で、一言で表現するのは難しい。しかし、契約者双方の認識が作用するため、同姓同名の人物に効果を発揮してしまうことは無い。
また、契約魔術に頼らない互いの口約束として、連絡石による連絡はウアたち捜索に関する内容だけと取り決めた。
これは、連絡石自体が何度も使っていると効果を無くしてしまうから。そして——
「ボクが今回キミを治療したのは情報を集めるためじゃない。不意打ちは勇者じゃなくて魔王のすることだからだよ」
――お互いの関係性が「敵」であると明確にするためだ。
「ここで宣言するからこそ、次は容赦しない。絶対にキミを殺す」
「分かったよ、勇者様。……なぁ。ちなみにだけど。この街に俺が居るって何故バレたんだ?」
何らかの魔術のせいだとは推測できているが、その正体までは分からない。
駄目もとで聞いてみれば、彼女は意外にも素直に答えてくれた。
「新しく開発された探知魔術だね。確か、個人の遺伝子情報を判別する魔術って話だよ」
……両親が遺伝子情報を渡したのか。そうすれば俺の探知なんて容易だ。
まさか、それでウアも?
いや、バルバルが用いるのは異界に隠れる魔法。如何なる魔術だろうと探知など出来ない。この世界に居ない存在を探すことなど不可能だ。
「大規模な魔術で触媒も貴重らしくて、今は幾つかの大都市にしか導入されていないけれど。これからもっと増やしていく予定だって聞いたよ」
「……そうか。ありがとう」
分からない事は未だ多いが、どうやら俺の旅路は更に難易度を上げたようだ。
そのうち、全ての街や村に入れなくなるかもしれない。
「そろそろ俺は行くよ。このままだと暴走しかねないヤツがいるし」
クリスの存在は隠せるなら隠しておきたい。故に、俺に何があっても駆けつけたりせず、待機するように伝えてあった。
そうでなければ、俺の幻影が刺された時点で教会騎士や聖女たちに襲い掛かる可能性があったから。
「うん、分かった。あ、あと1つだけ。もしもだけど――――」
そう前置きをして。
真剣な顔のエスリムが告げた言葉は。
「……は、はは、はははは!!」
「むぅ、なにさ。笑うこと無いでしょ?」
「いや、すまない。お前らしいと思っただけだ。馬鹿にしたわけじゃない」
彼女が紡いだ内容に、思わず笑いが零れてしまう。
あぁ、まったく。
余りにも「勇者」らしく、そして何より「彼女」らしい言葉じゃないか。
覚えておくさ、その言葉。いつか果たせるようにな。
「……じゃあな、エスリム」
「うん。さよなら、エイジ」
勇者と別れ、俺の冒険は続いて行く。
どこまでいっても鬼畜な仕様の、ふざけた物語が。
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