幕間 修行の日々③「修行ボイコット事件」


「弟子2号よ」

「はい、師匠」

「我は貴様への修業をボイコットする」

「はい?」



◇◇◇



 おかしいな?普通に今日も剣術の修業が始まると思ったんだけど?

 急に師匠が真面目な顔で変な事を言いだし始めたぞ?


「師匠、俺に何か至らない点があったのであれば謝罪し、直します。指摘して頂ければ……」

「逆だ。貴様が素晴らし過ぎた故、我は修行をしないことに決めたのだ」

「そんな事はありません!魔術も剣術も罠の作成から何まで、俺は師匠の足元にも及んでいません!もっともっと教わりたいことが山程あります……!」


 俺が素晴らし過ぎるなど冗談も甚だしい。

 師匠の弟子となって修行に励む事、既に3年。しかし、まだまだ師匠の領域は雲の上、遥か高み。

 師匠から一本を取れる兆しなんて、これっぽっちも見えない。


「弟子2号よ。よく聞け」


 なのに、何が「素晴らし過ぎる」と言うのか。いくら師匠の言葉でも認めるわけにはいかない。

 どんな言葉が飛び出しても絶対に言い返してやろうと身構えていると……


「お前の料理は美味すぎる」

「はい?」


 ……意味不明な発言に思考が停止した。


「正直、ずっとバルバルで過ごして3食を作ってもらいたいと本気で思っておる」

「あの、師匠?」

「なぁ、もう世界とか謎とかどうでも良くないか?」

「師匠!?」


 師匠が壊れた!ヤバイ!

 知識を求め続ける魔導の徒として有るまじき発言だ。最初の頃に叩き込まれた信念に完全に反している。

 一体何が原因だ……


「弟子2号がバルバルを出ていけば、食べれなくなるのは道理であろう?」


 ……いや、明らかでしたね。

 まぁ、確かに。超えるべき目標たる魔王を得て、ウアというアドバイザーを得た俺の料理技術はここ2年程で超進化を果たした。

 既に魔王を超え、まだまだ発展を続けている。しかし、それがこんな事態を引き起こすとは……!


「俺が出て行ってもウアが居ます」

「数日前、魔術実験の後遺症で動けない2号に代わり、2号妹が食事を作ったな。どんな料理だったか述べてみよ」

「……バルバル産フルーツの盛り合わせです」

「我が言いたいことは分かるな?」


 確かに、俺は自分が料理をすることに固執しすぎたかもしれない。ウアを調理から遠ざけ続けた結果、彼女が数日前に「料理」として出してきたのは、剥いただけの果実だった。


「ならば、師匠が自ら……いや、愚問でしたね。すみません。忘れてください」

「おい、待て。そこで何故、発言を撤回する。我だって料理くらい人並みに……」

「得意料理は何ですか?」

「バルバル産山菜のサラダ」

「さっきと何が違うんですかね?」

「食材を切っている」

「本気で言ってます?」


 駄目だ。この引きニートズボラ魔女、早く何とかしないと。

 「弟子1号」が放置し、俺も今まで見過ごし続けてしまった結果だ。


「分かりました。俺が師匠に最低限の料理スキルを叩き込みます」

「いや、そういう話ではなく。2号が……」

「つべこべ言わないでください。女が料理を出来るべきなんて価値観は持ってませんが、一人の大人として最低限のスキルは持っておくべきだと思いますので」

「ふん。我は絶対にやらぬぞ。貴様程度の実力で我を動かせる訳があるまい」


 なるほど。それは正論だ。

 師匠が逃走や守備に専念すれば、俺に出来ることなんて殆ど無い。

 しかし、それは俺が1人だけだった場合に限る!


「バルバル!」

「何っ!?貴様、バルバル!造物主に逆らうか……!」


 俺がバルバルを呼べば、森中からツタが伸びて来て師匠を拘束した。


「バルバルとは日頃から話していたんです。師匠のズボラさを改善する必要があると」


 バルバルは話せないけど、木を揺らしたりして相槌を打ったりしてくれる。他にも、植物の色やら動きで結構複雑なコミュニケーションが取れるのだ。 

 そして。掃除のゴミ捨てなどでバルバルの力を借りるし、その度に会話をしていた。

 師匠の生活スキル向上はバルバルも大いに賛同してくれた内容だったのである。


「さぁ、師匠。お覚悟を……!」

「くっ、謀ったな2号……!」


 と。こんな流れを経て、師匠はそこそこの料理スキルを習得。ウアにもついでに教え込んでおいた。

 この日以来、時々だが師匠やウアが料理を作るようになったのである。


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