8話 魔王軍
「それで、他のビクトやらカルツやらについては?」
「伝聞だし大まかなことしか知らないけど、それでも良い?」
「構わない」
彼が教会所属である以上、情報は集まってくる。
たとえ彼が実際に経験したルートではなくとも、聞いておく意味は大きい。
「確か、ビクトの少年は隻腕だったらしいね。それで、初めに北ではなく南に向かった。そして、エイクと同じように異種族を従えて都市を制圧したらしいよ。そこからはエイクと同じように戦乱の時代になるんだけど……」
どうやらビクトルートの俺も戦争を引き起こしたようだ。
何がそこまで駆り立てたのだろうか。
「どうも、ビクトでは自らが率いた軍を裏切ったらしいんだよね」
「……もしかして、人間以外の種族にも恨まれてるのって?」
「そうだね。最終的には世界まるごと滅ぼそうとしてたとかって聞くよ。本当かどうかは知らないけど」
エイクの話を聞く限りでは「世界法」に「全種族、全生命の総意」なんて書かれるのは奇妙だと思っていたけれど。
本当に何をやってるんだ、ビクトの俺は……。
「カルツの少年はもっと驚きだよ。人間を率いてたんだって」
「人間を?」
「オーロングラーデを襲撃した後、北方に向かったらしくてね。で、そこで異種族ではなく人間を手駒としたらしい。内乱やら戦争やらを引き起こして、最終的には北を完全制圧。そのまま大陸全土に宣戦布告したとかって」
何が何でも戦争がしたいのか、俺は?
どのルートの俺も滅茶苦茶だ。最終的には魔王様になっちゃってる。
「ねぇねぇ、そろそろ教えてくれない?さっきから何を探してるの?こんな場所で」
「変態」
「え、今おじさんディスられた?」
「いや、変態を探してる」
「んん?変態?」
変態は変態だ。真っ赤な変態を探している。
けれど、どうやら既にここから離れたらしい。
だけど、手掛かりは他にもある。
「なぁ、ニュクリテスって知ってるか?」
「ニュクリテス?……ここから少し北にそんな名前の場所があった気がするな。大昔に呼ばれていたとか聞いたことがあるよ。確か、吸血鬼の文明が栄えた地だったかな?」
あの変態はニュクリテスに愛の巣を確保しただの何だのと言っていた。
俺の知識にその地名は無かったのだけれど。どうやら、ホースは知っているらしい。
ほとんど魔術の勉強ばかりで、大昔の地理までは流石に手が回っていないのだ。
しかし、吸血鬼か……。
「吸血鬼って既に死に絶えたんだよな?」
「300年くらい前、だったかな。教会に異端認定されて滅ぼされたはずだよ。まぁ、所業が所業だったし自業自得って気はするけどね」
かつて吸血鬼は人間に対し宣戦布告し、無差別な殺戮を繰り返したという。
他の生物の血を吸う彼らにとって、人間は徹頭徹尾「食料」でしかなかった。そんな下等存在が自分たちより栄えているのが許せなかったと伝わっている。
それで、人間に対し口にするのも憚られる所業を繰り返し、最後には滅ぼされたとか。
転生者がそこそこ居ても種族の壁が無くなっていないのは、こういう事情も関係している。差別される側に忌避するのも致し方ない要因があったりするのだ。
ちなみに、「転生者」は人間にしか生まれないとか。
「そういえば、魔王の配下に吸血鬼の末裔を名乗る奴がいたっけ。名前は何だったかな……」
「何か言ったか?」
「ん?いや、何でもない。独り言だよ」
「ホースはニュクリテスへの案内って可能だったりするか?」
「出来るよ。結構前だけど、任務で近くまで行ったことがあるし。けれど、今のあの場所には何も無いはずだけどなぁ……」
一瞬、バルバルのある方向を見る。
少し離れているし、他の森と紛れて目視することは出来なかったけれど。
ホースがいる今は帰れないし、他に調べなければならないこともある。
再び帰ってくることを心に誓い、次なる目的地へと急ごう。
目指すは古の都。
吸血鬼の夢の跡、ニュクリテス。
◆◆◆
「えぇ、あの方は間違いなくニュクリテスに向かうでしょう。今の魔王様が頼れる存在など、あの血吸い蝙蝠だけでしょうから」
金髪碧眼の青年は秀麗な顔を忌々し気に歪めながら、自らの配下の問いかけに答えた。
彼の耳は細く長い。エルフと呼ばれる種族の特徴である。
「蝙蝠!随分と言うじゃねェか、フィデルニクス!そんなに魔王サマの味方する奴が憎いかよォ?」
「ウルヴァナですか。相変わらず汚い言葉を使いますね、貴女は。性根が表れているのでしょう」
「あァ!?」
金髪の青年……フィデルニクスに言葉を投げかけたのは、青い肌に灰色の髪の女。
露出の高い服を身に纏うウルヴァナと呼ばれた女は、漆黒の眼の中に金の瞳を怪しく光らせている。
『立場を明確にしているだけ蝙蝠よりはマシだろう。もっとも、裏切り者という点は完全に一致しているが』
「貴殿も準備は出来たようですね、アドラゼール」
『無論だ』
何度目かも分からない言い合いをする2人の元に巨大な影がかかった。
天を衝くという形容が相応しい程の巨体。蛇の如く細く長い体躯は「龍」そのもの。
「しっかしよォ、あの忠犬がこうなるとはなァ。考えもしなかったぜェ」
『同意するぞ、ウルヴァナ。変われば変わるものだな』
「一度は主と仰いだ御方。せめて苦痛なく終わらせます。その後に自ら腹を切り、冥府への旅路を共にする……それが私の最後の忠節ですから」
「おォ、怖ェ怖ェ。愛しさ余って憎さ千倍ッてか?病んでる奴は怖いねェ」
「無駄話はここまでです。さぁ、向かいましょう。魔王様を殺して差し上げに」
その場に集いし異形の軍勢が、天地を揺るがさんばかりの咆哮をあげた。
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