10話 “Glitch” 前編
◇◇◇
そもそもの話。
俺の弱点なんてハッキリしている。
例えば、勇者。この世界で最高峰の個人戦力が、対話放棄の覚悟ガンギマリで向かってくると俺には為す術なんてない。
例えば、アドラゼール。圧倒的なパワーと巨体は、俺にどうこう出来る存在じゃない。
転生チートなんて1つも持っていないし、「魔王」のせいで仲間を得ることだって無理。あるのは、凡人が必死に鍛え上げた剣技と術理のみ。これで対応可能な領域を超えてしまえばゲームオーバーというわけだ。
そして、もう1つ。俺個人と言うよりは、生物全ての共通の天敵。即ち、「極小の敵」である。
高度に発展した文明を流行り病が滅ぼす。巨大な鋼鉄の兵器が行き交う戦場で、細菌兵器が猛威を振るう。……そういう類の「敵」。個人が抗える存在ではない。
思い出すのは、ウルヴァナが告げた「絶対に死ぬ」という言葉。そんな風に断言できるとしたら、上記3つのどれかに該当する可能性が高い。
そして。勇者を超える個人戦力なんて、魔女が該当するくらい。――もっとも。勇者の聖剣は重力を操り、魔法すら無効化すると聞く。魔女にだって勝てるだろう。馬鹿げてる。
ただし、異種族の領域に勇者が居る可能性は限りなく低い。また、魔法や魔術を基本とする魔女が相手なら、ある程度の抵抗は出来る。逃げる事くらい可能だ。魔女シムナスの弟子の名は伊達ではない。
……となれば。ウルヴァナの予言した「俺の死」に関して、警戒すべきは「巨大な敵」と「極小の敵」。そのどちらか、或いは両方が牙を剥いてくると考えるのが自然。
古今東西、「巨大な敵」を「小さき者」が倒すジャイアントキリングの方法なんて限られている。
弱点を潰すか慢心を突くか。或いは、体内を壊すか、足元を崩すかだ。足を壊したり、転ばせたり、穴に落としたりすれば、巨体は却って弱点になりうる。
そして、次に。「極小の敵」だが。これが科学100%の細菌兵器ならお手上げだ。諦めるしかない。しかし、この世界なら魔術・魔法的なモノである事は間違いなく、そうであるならば打開策はある。術者・術式・儀式場……大規模な術であればあるほど、こうした存在が重要になっていく。そして、それらを崩す事さえ出来れば、打開は可能なのだ。
故に。「巨大な敵」であろうと、「極小の敵」であろうと。或いは、その両方であっても。
周辺一帯を丸ごと崩せば、勝機に繋がる。
◇◇◇
「……この程度で終わると思ったのか。なら、俺を甘く見過ぎだぜ、ウルヴァナ」
思い出すのは、オーロングラーデでの靴磨き。あの時に聞いた「ボレアスノルズの大崩落」だ。
魔王エイジが、街1つを「大崩落」させた。「今回」において語り継がれる「魔王」の所業の1つ。
魔王が初めて行った北の地。当然、手勢だって殆ど居ない状況。ましてや、人魔王の基本戦力は普通の人間。だというのに、エイクとカルツの魔王は実現してみせた。
それは何故か。
カラクリは1つしか考えられない。
「千里眼」という魔術を用い、争乱の中心に居た「エイジ」に会いに行ったというクリスティアーネだ。
この彼女の証言から分かるのは。どのルートであっても、初期の段階でクリスは仲間になっていたということ。
人類を滅ぼすというコンセプトで産み出された、魔女クラスの化け物。唯一、彼女という例外が魔王エイジの手札には存在していた。
そして。ボレアスノルズは北の地。当然、レウワルツと同様の雪や氷が多い土地だ。
馬鹿げた威力の炎を操る吸血鬼と、雪や氷の地。そして「大崩落」という結果。
これらから導き出されることは1つだけ。
――それを此処に再現する。
この地にあるのは大森林。200メートルクラスのファンタジー巨木が無数に集まった緑の領域。
その地下には、張り巡らされた根が起点となった天然のダムが存在する。
恐らくは地球のソレよりも更に大規模なダム。もはや地底湖とでも呼ぶべきレベルの水が蓄えられている。
わざわざ木を切って水を飲んでいたのは、この木々が水を根元付近に独占して地上へ出そうとしないから。それだけ強欲に水を貯えなければ、これ程の大森林を維持する事は不可能。
――仮に。仮に、その大量の水が一瞬で蒸発したら?
――同時に、何らかの爆発で地下に空洞が出来たとしたら?
「クリス、やってくれ」
「畏まりましたわ。……遠隔起動。
ウルヴァナと別れてから1日。……1日もあった。その時間、俺とクリスは術式を地面に刻み込んでいた。どのような状況であっても即座に発動できるように……クリスが念じるだけで発動できるようにしておいた。
アドラゼールのように空を飛べる存在だったとしても。空を飛ぶ以上は大きさに限界がある。それは、ファンタジーパワーを使っていても同じ。巨木の倒壊に巻き込まれれば大ダメージは免れない。
魔王級の環境破壊をしている事は……知らん。俺は俺自身の命の方が大事だ。全てが解決したら植樹でも何でもしてやる。
――瞬間。大規模な地揺れと共に、大森林が崩落した。
◇◇◇
「怪我の具合は?」
「問題ない……と言うのは無理があるかもしれない。でも、治療魔術は既に発動してる。時間さえかければ何とかなるよ。旅の途中で触媒を貯め込んでいて良かった」
身体から生えていた樹木……魔力によって構成されたソレが消えていく。
当然だ。
巨人は転倒し、その膨大な質量故に尋常ならざる衝撃を受けた。そこに、倒れた200メートル規模の木々が雪崩れ込むように殺到するのだ。如何なる化け物とて、タダでは済まない。魔術を制御する余裕など無いだろう。
「フィデルニクス、アンタは無事か?」
「敵からの心配など無用です。私も既に治療魔術を発動しています。今直ぐに倒れるという事は無いでしょう」
口が裂けても無事とは言えない有り様だが、それでも流暢に言葉を紡ぐフィデルニクス。或いは、「敵」を前にしての見栄でもあるのだろう。
「悪いな。森を壊しちまった」
「いえ。あの巨人が暴れれば、どのみち森は崩壊していました。結果は変わらなかったでしょう。むしろ、迅速な討伐に対し、エルフの長として感謝致します」
「エルフたちは?」
「はは、それこそ愚問ですよ。私たちは魔王様の鬼畜な作戦で鍛えられています。この程度の崩落に巻き込まれる軟弱者など、我が軍には居ませんよ」
えぇ、魔王マジか……。流石に気を使わせないための冗談、だよな?
◇◇◇
「これは……イラソル? 何故、彼女が……?」
一時休戦ということにして、俺たちは事態の原因究明に乗り出した。
すると、倒れた巨人の中央付近。空洞となっている場所にエルフの女性が1人いたのだ。下半身が木に取り込まれて一体化してしまっている。……気を失っているのだろうか? 両の目を閉じて、死んだように動かない。
イラソル……確か、フィデルニクスが後を任せられると語っていた優秀な部下だったか。
「ともかく、彼女が事態に関わっていることは明白。――拘束を」
フィデルニクスの指示により、エルフの兵士数名が結界魔術でイラソルを拘束する。
これで一先ずは安心だろう。
すると。
「おいおい、色男ォ。「何故」ってのは、流石に酷いんじゃねェかァ?」
「……ウルヴァナですか」
この事態に深く関わっているだろう存在。魔王軍四天王ウルヴァナが、食べかけのパンを片手に現れた。
「よッ、魔王サマ。一日半ぶりくらいかァ? ……どっかで逃げの手を打って、種が発芽してゲームオーバーだと思ってたんだがねェ。自分を囮にする作戦とは思わなかったァ。「前」とは結構違ってるみたいだなァ」
その見方は正しい。ニュクリテスでアドラゼールと相対した時のように逃げの手を打っていれば、逃げている最中で発芽してゲームオーバーになっていた。
離れてしまえば、術者をどうにかするという手段も取れない。出血で死んでいくのを待つしか無かっただろう。
今回は俺自らが敵地中央へと乗り込むことで、敵との位置を調整。崩落に絶対に巻き込むことを狙っていた。
仮想敵が俺個人を執拗に狙ってくる。そんな前提あればこそ成立する作戦だ。
「細かい事はどうでも良い。契約通り、情報を教えてもらえるんだろうな?」
「まァ、待て。契約は48時間後。それまで、一先ずは後始末が先だろォ? ついでに、こんな事態になっちまった経緯も教えてやるさァ」
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