9話 “Raid Boss”


◇◇◇



 激痛が走る。思考が乱れる。

 クリスが何事かを叫んでいるが、その言葉を判断する余裕もない。

 心配とか、そういう言葉だとは思うけれど。


「……っ」


 吐血。身体の中が滅茶苦茶にされている。

 相変わらず、首から下はピクリとも動かない。

 それでも。濁流の如く押し寄せる激痛に抗いながら、必死に思考を纏めていく。

 ――ある程度の状況の整理は出来た。

 恐らく、のだ。突き破って出てきたのが「樹木」であることを考えれば、「種子」のようなものだろう。

 ……誰か知らないが、やってくれる。

 しかし、疑問なのは。何故、フィデルニクスまで?

 「魔王」ではなく、「魔王軍」自体を憎む者による攻撃?――いや、それならクリスも攻撃対象にならなければ変だ。

 フィデルニクスによる道連れ覚悟の攻撃……と考えるには、樹が生えた瞬間のフィデルニクスの表情は真に迫り過ぎていた。あれは、予想外の事が起きた驚愕のそれだった。

 なんにせよ、「俺」と「フィデルニクス」という組み合わせにこそ意味があると考えるべきだろう。

 これ以上は情報が足りなすぎて無理だ。


 直後。景色が移り変わってゆく。

 小部屋のような空間が陽炎のように消え、広大な大森林へと戻る。

 この異界はフィデルニクスが用意したもの。術者が甚大なダメージを受ければ、当然ながら消滅する。そういうことだろう。

 そして。

 空間から弾き出され、外に出てみれば――



◇◇◇



『――――――――――――ッ!!!!!』


 その咆哮が世界を震わせる。

 あらゆる音を凌駕し、塗りつぶす。


「はは、……流石に鬼畜過ぎるだろ」


 言葉を発する余裕なんて更々無いが、それでも口にせずにはいられなかった。

 400メートルの世界樹。それがあった場所にが立っている。

 腕を生やし、足を生やし、樹木で肉体が構成された化け物。

 間違いなく、アレが元凶。突如として体から生えた樹木と、樹木の化け物に関係が無いと考えるのは無理がある。


 今は眼前の怪物への攻撃を優先しろ。目線で、クリスに伝える。

 術者・触媒・儀式場。それらに巨人の身体そのものが使用されているのは、ほぼ間違いない。

 ならば、あの巨人を倒す事さえ出来れば状況の打開に繋がる。

 ……そう考えたのだが。


「っ!妾の炎が、 効いていない……!?」

 

 クリスの炎でも全くダメージを与えられていない。

 水を多量に含んでいる樹木は、むしろ燃えにくくなるのは自明の理。

 そして、あれ程の高さは膨大な魔力を保有していればこそ。間違いなく、再生力にも優れているのだろう。

 まさしく、生ける災害。その言葉が相応しい怪物だ。

 個人がどうこうして勝てる存在じゃない。国単位で対応に当たるべき化物である。


 ……その状況で、こちらの戦力は俺とクリスの2人だけ。

 フィデルニクスは実質的に敵性存在。断じて味方ではない。

 しかも、俺は行動不能デバフを抱え、瀕死レベルの極大ダメージを負わされた。


 ウルヴァナが「48時間後には死んでいる」と言ったのはこういう事か。

 あの時点で俺の身体の中には種子が植え込まれていた。空気中に、花粉やタンポポの綿毛の如く浮遊していたのだろう。

 世界樹の高さがあれば、あの程度の距離は射程圏内。

 ウルヴァナと会話した時には既に。どう足掻いても、48時間以内には発芽してしまう状況だった訳だ。


「はは、ははは……」


 小さく笑うだけで筆舌に尽くしがたい激痛が走る。口から血が溢れる。

 それでも。こんな状況、笑うしかないじゃないか。

 だって――


「……この程度で終わると思ったのか。なら、俺を甘く見過ぎだぜ、ウルヴァナ」


 ――俺は「魔王」を。全ての「魔王」を超える男なのだから。


 全ては、想定の範囲内。準備は既に終わっている。

 この程度が、ウルヴァナの考える「魔王の限界」であるならば。

 俺はそれを超えるだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る