幕間 修行の日々⑤「新魔術開発」


◇◇◇



「これが幻影の木、デイドリームツリーの種子ですか」

「然り。非常に貴重なモノ故、扱いは慎重にな」

「仮に紛失したら?」

「弟子2号の片目をえぐる」

「両目じゃない所にリアリティがあって笑えないですね」

「まぁ、冗談だが。模擬戦で我が本気を出す程度だ」

「結局それ死ぬやつじゃないですか」


 自惚れでなく、師匠は俺を弟子として溺愛してくれている。

 魔女が生かして手元に置いてくれて、しかも毎日修業までつけてくれているのだ。どう考えても破格の待遇過ぎる。

 そんな師匠が、実際に俺を殺したりしないのは明白なのだが。ともかく、扱いには細心の注意を払えということだろう。


「しかし、この小さな種をどうやって魔術に転用するんです?」


 師匠の植物魔術は正直、良く分からない所が多い。

 ……もっとも、たかだが数年で400年の魔女の研鑽を理解するのが無理なのは当然だけれども。

 それでも。理解しようとすることを放棄する理由にはならない。俺は他ならぬ、魔女シムナスの弟子なのだから。


「拡大の魔術を使ってみよ」

「げ」

「まさか我の弟子が、拡大程度の初歩的魔術が出来ない等と情ないことは言わぬよな?」

「あ、当たり前ですよ!」


 質問を投げかけると、魔術で種を拡大して観察しろと言われる。

 ……正直、拡大の魔術は苦手だ。光の屈折やら何やらの調節が非常に繊細で難しい。高い集中が必要なのに、ピントが中々あわなくてイライラするのだ。

 普通に虫眼鏡を使わせてくれと思ってしまうのは致し方ないと思う。……が、それを言っても修行の一環と言われて終わりだ。魔力コントロールの修業になるのは事実だし、諦めてやるしかない。


「………む」


 魔力の塊をレンズ代わりに。光を屈折させ、焦点を形成する。


「むむむ………ん。よし」


 これで完了。

 あれ? 何か見える。これは……


「…………正気ですか?」


 直径1センチ程度の小さな種。それを拡大すると、表面にびっしりと隙間なく術式が書き込まれているのだ。


「どうだ、凄いだろう我は」

「凄い通り越してヤバイです」


 いやホントに。

 拡大の魔術を常に発動しながら、これだけ細かな術式を刻み込むなど尋常ではない。術式は魔力を使って描く故、種類の異なる精密な魔力制御を並列して行う事となる。

 必要なのは完璧な魔力制御と常軌を逸した精神力。

 機械で再現できない系ジャパンの下町職人技術的な何かを感じる。


「まさか、これをマスターするんですか?」

「ある程度は出来るようになっておいた方が良い。旅先であっても種1つあれば有用な触媒が制作できる故な」


 成程、師匠の言う通りだ。

 種なら持ち運びにも不便では無いし、種類を揃えておけば様々な状況にも対応できる。


「もっとも、我の領域までは要求せん。我の技は100年研鑽を積んだ結果だ。易々と

模倣されては、軽く殺意が芽生える」


 師匠が壊したら片目をえぐると言ったのも納得だ。

 例えるのなら、数えるのも馬鹿らしくなるくらい失敗を重ねたドミノ世界記録。それが完成した直後、部外者に真ん中から壊される感じ。むしろ、命を奪わないとか仏様レベル。

 ただ、1つ理解できない点があるとすれば。


「何でこんな細かい作業が出来るのに料理出来ないんだ、このズボラ魔女」

「何 か 言 っ た か ?」

「イエ、ナンデモアリマセン」



◇◇◇



「よし。これも完成、っと」


 師匠から植物魔術の基礎を教わって2か月ほど。

 今、俺の目の前には術式を刻み込んだ種子がたくさんある。


「……やっぱり、イマイチだよなぁ」


 2か月も必死に修練したのだ。ある程度は出来るようになっている。

 しかし。種は師匠の見せてくれたモノより遥かに大きいモノばかり。術式の量も師匠とは比べるべくも無く少なく、出力は師匠の10分の1が精々だろう。

 比較対象の師匠が凄すぎるだけで、今の俺の技術でも十分に一流だと師匠は言っていたが……


「これじゃあ弟子1号と何も変わらない。魔王を超えることは出来ない」


 問題はコレだ。

 別に師匠のいる高みに到達しようなんて、そんな身の程をわきまえない事は考えちゃいない。いつかは辿り着きたいけれど、今すぐは絶対に無理だ。

 そうではなく、今は目先の目標。「魔王」となった「前回の俺」、弟子1号を超える事を目指している。

 理由は単純。真に俺以外の全員が2周目ならば、“前回”持っていた手札だけじゃ対応できない事態が生じかねないからだ。勿論、超えるべきライバルとして、というのも理由の1つではある。

 そんなわけで、師匠から及第点をもらった後もこうして術式の開発と修練に励んでいる……のだが、これが中々上手くいかない。


「植物の種は可能性そのもの、か」


 呟くのは、師匠が教えてくれた植物魔術の神髄。

 植物魔術の基本は、種子に術式を書き込むことを通じて種子の“自己”の認識を狂わせる事にある。

 植物が身を守る為や子孫を残す為に用いる魔術は、徹頭徹尾その植物自身にしか効果を発揮しない。認識を改竄し、術者を植物の一部として認識させて初めて植物魔術は発動可能となる。

 過程は複雑で難易度は高いが、マスターすれば植物の有する特殊な魔術を自由自在に使用可能となるのだ。

 植物の種類は無数にあり、書き込む術式によっても術は変化する。異なる植物の組み合わせで新たな術を生み出すことだって出来る。

 植物魔術とは正に可能性の魔術。発想で上回りさえすれば、自ずと俺は弟子1号を超えることが出来る。


「……理屈は分かってんだけどなぁ。元々同一人物じゃ発想は似通ったモノになるのは当たり前といえば当たり前、か。……なぁ。どうすれば良いと思う、バルバル?」


 最近は修業で上手くいかない事があると、こうしてバルバルに相談している。

 ウアの前では頼れる兄でありたいし、師匠の前では少しでも格好良い男でありたい。だからこそ、この二人に弱音を吐いている姿を見せるわけにはいかないのだ。

 無論、バルバルは喋れないので、何か有用なアドバイスや激励の言葉が返ってくるわけでは無い。それでも励ますようにツルで肩を叩いてくれたり、心を落ち着ける香りの草花を持って来てくれたりする。

 今日も今日とて、相談すれば長いツルが一本伸びてきた。先端の葉っぱに何やら包まれているのが分かる。


「本当にバルバルは優しいな。いつもありがとう」


 今日は一体何だろうか。綺麗な花だろうか? それとも美味しい果実だろうか?

 かなりワクワクしながら、徐々に開かれていく葉っぱに注目する。結果、中から出てきたのは……。


「……種? これ、何の種だ?」


 そこには、直径4センチ程の大きめの種があった。

 初めて見る種だ。師匠の植物図鑑でも見たことがない。

 すると、俺の疑問に応じて、バルバルがジェスチャーを開始する。

 ……ふむ。

 ツルで地面を指して……。

 ん? 地面? ……あれ、そういえばバルバルって師匠の植物魔術で創造された存在だったよな?

 つまり……?


「まさか、これってバルバル自身の種か?」


 そう問いかけると、「正解だ」とでも言うようにツルが花丸を描いた。


「まじか!? いや、流石にそんなモノ貰う訳には……!」


 植物にとって種は、人間に置き換えれば子供みたいなモノだろう。

 そんなモノを受け取るわけにはいかないと思い、断固拒否したのだが……。

 

「サムズアップってマジか。お前、どんどん器用になっていくな……」


 終いには、ツルで器用にサムズアップの輪郭を象ってまで見せたバルバルの漢気(?)に俺が折れる結果となった。


「でも、これは凄いぞ。上手く術式を書き込めさえすれば、バルバルの異空間魔法が使えるようになる可能性がある」


 出力は限りなく弱くなるだろうけれど、それでも魔法が使えるようになる……これはデカい。一人一つの固有の力。俺には使えない力。それが使えるようになるかもしれないのだ。


「バルバルの厚意を無駄にしない為にも、絶対に上手く扱ってみせなきゃな」



◇◇◇



 それから再び2か月ほど後。

 俺は修行の合間に必死に研究を重ね、遂に完成した触媒を師匠に見せた。

 すると……。


「ほう、これは中々やるではないか。術者の血を多量に飲み込ませなければならない欠点こそあるが……それでも効果は十分だな」

「はい。出力を考えれば、異空間に逃げこむとかは出来ません。でも、相手の攻撃を飲み込む盾としての使い道なら……」

「うむ。その通りだ。これは実に有用だな。良くやった、弟子2号」


 師匠に褒められて有頂天の気分だが、ここは必死に抑える。

 だって、これは俺一人の功績では無い。


「バルバルのおかげです。バルバルが種を渡してくれたから、思いついたんです」

「……いや。それも含め、弟子2号の実力だ。暗い感情に囚われていた弟子1号は、バルバルと気軽に会話を交わすことも少なかった。その差が如実に出たのだろうよ」


 そうか、成程。

 弟子1号はウアを殺された復讐心に燃えていた……と推測される。だからこそ、修行の合間の和やかな雑談が少なく、今日のようにバルバルから種を貰う機会が無かったのだろう。


「故に、今は純粋に誇れ。お前は確かに、新たな手札を1つ生み出したのだからな」

「……はい!」


 こうして俺の修業の日々は、着実に前へと進んで行くのだった。


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