11話 誤植邂逅
◆◆◆
「だぁああああっ! くそっ! どう考えても皆で協力して聖女を説得って流れだったじゃねぇか!」
堆く積み重なった瓦礫の山の中、一際大きな瓦礫に胡坐をかいて座りながら。
手近で手頃な大きさの破片を掴み上げて、思いっきり遠くへ投げる。
もっとも、投げようが叫ぼうが、このムカつきを解消することは出来ないと分かり切っているのだが。
「早々に逃げ出して俺様に押し付けていきやがって!」
それでも。さっきまで曲がりなりにも共闘していた魔王に対して悪態をつかずにはいられない。
聖女の魔法の1つ、『聖炎』。小難しい追加効果は一切なく、ただ眼前の敵を焼き払う白い炎。聖女の持つ最大威力の超脳筋攻撃魔法だ。
それに対し、俺様達はそれぞれが自身の全力で迎え撃った。
吸血鬼は馬鹿でかい炎の球を顕現させ、聖女の放った白い炎に真正面からぶつけた。
魔王は俺様の知らない魔術を発動させていた。空間の裂け目とでも表現すべき黒い亀裂を生み出し、そこに吸血鬼が相殺しきれなかった白い炎を飲み込ませていた。……あくまで推測だが、異空間に攻撃を飲み込む類の魔術なのだろう。
一方、俺様は魔法『開門揖盗』を発動した。相手の魔法・魔術を構成する魔力の一部を盗み出す、俺様専用の魔法。
どんなに強力な魔法・魔術であろうとも、それを構成しているのは魔力。その魔力が乱れれば、最悪の場合は暴発する。その暴発へと誘うのが俺様の魔法……なわけだが、そう上手くはいかない。強者になればなるほど魔力のコントロールに長けており、出来るのは僅かな弱体化か軌道を逸らす程度が精々となる。
とにもかくにも。
相殺。吸収。そして弱体化。三者三様の方法で聖女の魔法に立ち向かうと完全な拮抗状態が成立。直後、集まった魔力が爆発した。
結果として、大魔聖堂地下の回廊が倒壊。直上にあった土砂やら何やらを盛大に巻き込んで大惨事を引き起こした。
魔王と吸血鬼は、そのどさくさに紛れて姿を消していたのだ。
その後はもう控えめに言って地獄だった。
不名誉な事に魔王の仲間認定を受けた俺様は、殺意迸る聖女から一人で逃げ回る羽目になったのだ。
「ほっほっほ。それが奴じゃ。巧妙な嘘と逃げの一手。お主だって良く知っておろうに」
無論。ここまで全て、独り言では無い。
悪態に応じるのは長い髭が特徴的な白髪の老人。
先ほど転移でやって来たクソジジイ……賢者クレイビアッドだった。
「ああ知ってたよ! 知ってて騙されたから余計ムカつくんだ! 次会ったら絶対あの顔面ぶん殴ってやる……!」
女を殴る趣味は無い故、吸血鬼は見逃す。
ただ、その分2倍魔王をタコ殴りにする。
「まぁ、実際。儂が勇者と共に聖女を止めねば本当に殺されていたかもしれんのぅ。危ないところじゃったな、儂に感謝するんじゃぞ」
「マジそれな……って、おい! クソジジイてめぇ! ずっと様子を見ていやがっただろ! そうでもなけりゃ、あんな最高のタイミングで登場できるわけないもんな!」
「ほっほっほ。さて、どうじゃろうな。儂には何のことやらサッパリじゃ」
「そもそも聖女を転移で送り込んできたのもテメェだろうが! マッチポンプも大概にしろよ!」
「いかん、いかんぞ。憶測で他者を貶しめてはならん。儂はお主をそんな風に育てた覚えは……」
ヨヨヨ…と下手糞な泣きまねをしやがるジジイ。超ウザい。
「じゃあ聞くけどよ、これだけの大惨事で死傷者が1人も居ないってのは何故だ?」
「あぁ、それは人払いが予めされておったからじゃよ」
「人払い?」
「“前回”、どこぞの盗賊が易々と侵入したのでな。一度壊して造り直す計画があったんじゃよ。この周辺は住宅街でもない故、比較的すんなりと実行に移せたのじゃ」
「……嘘だろ? そんな重要な情報をラドロヴォール様が見逃したってのか?」
かつての天狗になっていた頃とは違う。“前回”で何度も侵入している場所であっても、事前に下調べは徹底していた。それなのに掴めなかったというのか?
「あぁ、そりゃ当然じゃ。この計画の責任者は儂じゃし。儂なら、お主に隠し通すのも容易じゃ」
「……成程な。死ぬほど悔しいが納得だ。俺様はまたテメェに勝てなかったって事かよ」
“前回”でも俺様は作戦全てを叩き潰されて捕まっている。今回も同じように先回りされて手を打たれたのだろう。
……待て。
「やっぱり全部テメェの差し金じゃねえか!」
「ほっほっほ。そうとも言うかもしれんのぅ」
「そうとしか言わねぇよ!」
分かっていたが、やはりムカつく。
ジジイは、予め禁書庫からの脱出経路上に全力で戦っても問題ない場所を用意していやがったのだ。
俺様を転移させた後、その場所へ頃合いを見計らって聖女を転移させたのだろう。
「いずれ若者たちの道が衝突する事は明白じゃったからのぉ。その為の場所をと用意しておいて正解じゃったよ」
「クソジジイ、テメェ一体いつから準備してやがった?」
「ひと月くらい前かのぉ。ここの解体再建計画を知って、これは使えると思って引き受けておったんじゃよ。お主たちのおかげで、解体の手間が省けたわい」
「魔王と勇者一行を利用して建設事業かよ!」
「ほっほっほ! これが意外と儲かるんじゃよ。隠居老人の仕事としては十分じゃろうて」
ぬわぁああああ! ムカつく!
俺様たちの右往左往を巧みに誘導して、自分はちゃっかり得してやがる。
相も変わらず、このクソジジイは他人をイラつかせる天才だ。
「しかしのぅ。そうか、もう1人の妹、か……」
……と。突如、賢者は真剣な表情と声音で呟く。
おふざけの時間は終わりという事らしい。
「何か分かるか、賢者」
「……いいや。お手上げじゃ。なんにも分からん」
「……そうかよ。クソジジイでも分かんねえ事ってあんだな」
「ほっほ。老人を買いかぶり過ぎじゃ。分からぬ事の方が多い。この世界は未知に満ちておる」
賢者は世界中から知識を集め続けている。その賢者が何1つ分からないなら俺様に分かるはずもない。
とりあえず、今ここでウダウダ考えても無駄な事は確かだ。
「……っておい。その聖女は何処に行ったんだ? 勇者も見かけねぇが」
賢者は単独ではなく、勇者を連れて転移してきた。わざわざ遠方にいた勇者の元へ一度向かい、共に転移して来たとのことだった。
その二人の姿が忽然と消えている。
「ほっほ、気になるか? 青春じゃのぅ」
「茶化すな! ……また兄貴と戦ったんだぜ? 隠していても、本音では相当参ってるかもしれねぇだろうが」
「その辺りには儂も配慮しておる。今ごろ聖女は勇者と共に歓楽街の方へ行っているはずじゃ」
このヒルア帝国首都シンヤヒルアは実に特殊な構造をした都だ。同心円状の四重構造が最も端的な表現であるものの、4層の分け方が一律ではないという特徴を有する。
まず、都の外周を囲う高く分厚い壁。龍種の群れが襲来してきても耐え抜けるよう設計された壁は高さ30メートルを優に超える。その内側には美しい水路によって碁盤の目のように整理された区画が広がり、住宅や商業施設が整然と並び立つ。
次いで、その区画を都の中心へと向かって進むと、少し建物の様相が変わる。この領域は教会騎士の住居や都市防衛に関する施設の類が配された場所だ。……ちなみに、今の俺様達は此処にいる。
そのまま更に突き進むと、今度は巨大な円錐台の構造物が行く手を阻む。蒼く鋭い傾斜のソレは一種の防衛装置であり、よじ登ろうとすれば発見されて迎撃される仕組みとなっている。また、その外周は常に蒼く透明な結界魔術で覆われており、許可無き者の侵入を決して許さない。
そして、最後の場所。円錐台の頂上には荘厳な白亜の建造物『大魔聖堂』が聳え立つ。外側の居住区から眺めると、蒼い結界の向こう側、遥かな高みに聖堂が浮いて見えるよう設計されているのだ。
聖女たちが向かった歓楽街は一番外側の層。一般住宅街エリアの一部。
成程、あそこであれば気分転換には最適……
「って、おい!? 歓楽街デートのチャンスだったじゃねぇか! そこは俺様に声かけろよ! メレちゃんを完璧にエスコートしてみせたのによ!」
「お主、さっきまで殺されかかっておったじゃろうが。楽しい歓楽街で殺人事件を起こすわけにもいくまいて」
「ぐ…っ」
「それに、同じ年頃の娘同士の方が気安かろうて」
「うぐぐ…」
「悔しかったら、同性の友人より優先される程度には好感度を稼ぐことじゃな」
……ちくしょう。反論の余地が一切ない完璧な正論だ。
「……んなこたぁ分かってるよ。冗談だ、冗談」
「そうは聞こえなかったがのぅ」
「うるせぇ、さっさと話しを進めるぞ! ……気分転換をさせて、それで? その後はどうするつもりだよ。わざわざ勇者を連れてきたのは聖女の遊び相手ってだけじゃねぇんだろ?」
賢者の転移魔法は魔力の消費が激し過ぎる。いくら1人または2人の少人数とはいえ、ここまで連続で使用したのなら賢者の魔力は空っぽになってしまっている筈。
つまり、戦えなくなる危険まで冒して勇者一行の殆どを集めた。そこには何かしらの意味がある。
そう思い、尋ねれば。以外にも賢者は誤魔化しも悪ふざけも一切なく素直に応えた。
「そろそろ情報を共有しておくべきと思ってのぅ。聖女と魔王の血縁やら、もう1人の魔王の妹やら。それぞれが持っている情報を隠さず共有しておかねばならん」
「後者はともかく、前者は教会から口外禁止されてる超極秘情報だろ? 良いのか、教会に歯向かう事になるんだぞ」
「正直その辺りは面倒極まりないんじゃが、そんな事を言ってられん状況になったからのぉ」
「……どういうことだ?」
クソジジイは敬虔な信徒って訳じゃねぇが、それでも教会上層部との繋がりは深い。国一番の術者として国の裏側にも関わっている。
その賢者が教会の意に反してでも行動すべきと判断した。一体何故だ?
「“前回”には存在すらしていない魔王のもう1人の妹。その話が事実であれば、聖女が狙われる可能性がある」
ここで「妹」の話?
…………成程、そういうことか。
「本物を消して取って代わろうとする可能性があるって事か」
「然り」
「そういうことなら納得だ。今一緒にいるのが勇者ってのもな」
あらゆる状況に対応できる聖女だが、本領を発揮するのは対多数の戦い。一方、勇者は完全に対個人へと特化している。一対一の戦闘ならば、勇者の力は聖女すら超えるのだ。
戦闘スタイルの相性も良く、お互いの性格や癖も熟知している。あのタッグならば如何なる怪物であろうと打ち勝つだろう。
「……まぁ、普通はそうじゃな」
「あぁ? 奇妙な言い回しするじゃねぇか。何か気にかかる事でもあんのかよ」
「…………もし仮に、あの2人ですら勝てぬ化け物なのじゃとしたら、最早ヒトが…生物が抗える存在では無いかもしれぬと。そんな馬鹿げた事を考えてしまってのぅ」
「何だそりゃ、冗談でも笑えねぇ。そんな化け物がいて堪るかよ」
あの二人を苦戦させられるのは、それこそ魔王と魔王軍くらいだ。
それすら“前回”で打ち破っている二人が負けることなど万に一つもあり得ない。
「そういや、オルトヌスの野郎は連れて来なくて良いのか?」
「もう転移の魔力は残っとらん。アヤツには後で伝えるしかあるまい」
……敗北軍師として陰口叩かれて。彼自身が提案した作戦とはいえ孤独な隠居生活を続けて。挙句の果てにハブられる。
“前回”から変わらず星のめぐりが悪いというか、貧乏くじを引き続けるというか……とりあえず、なんかもう憐れすぎて同情する。
今度一緒に飯でも行ってやるか。
「兎にも角にも、今の儂らがすべきは此処の後始末じゃ」
「後始末?」
「こんだけ散らかしたんじゃ、下手人の一人として瓦礫の撤去を手伝ってもらうぞ」
「はぁ!? テメェの魔術でやれよ!」
「ほっほっほ。儂の魔力は空っぽじゃと言ったじゃろうが。つべこべ言わず働くのじゃ」
「魔王も下手人だろうが!」
「此処にいないんじゃから仕方があるまい」
「マジで恨むぞ魔王……!」
「ほっほっほっほ!」
◆◆◆
「話してくれて有難う、メレ。……なるほどね。そういうことがあったんだ」
賢者が有無を言わさぬ様子で勧めるので、聖女と共に歓楽街へ来たのだけれど。
正直、“前回”は戦いに明け暮れた日々だったし、どうやって遊べばいいのかなんて分からない。
それに、ボクたちの顔はそこそこ有名で見つかれば騒ぎにもなってしまう。
だから、簡易な変装をしてジェラートを2つ購入。人通りを離れ、人気の無い建物の陰で食べながら聖女の話を聞いていた。
どうも、エイジとクリスティアーネにラドロヴォールが手を貸し、その3者を相手取って聖女は戦ったらしい。その結果、逃げられてしまったとのこと。
……世界中多くのヒトが魔王を憎んでいる中、こんな事を思うのは不謹慎かもしれないけれど。
それでも。
良かった。本当に。彼は世界中が敵という状況でも無事に生きている。
「1つ、どうしても分からないのです。何故ゴールドさんはあんなことを」
「えぇ、嘘でしょ。本気で分かってないの……」
「……何をでしょうか?」
「これは道行が険しそうだよ、ラドロ……」
ボクが経験した“前回”は勇者一行の誰とも異なる。一行からボク独りはぐれて、同じく偶然にも単独行動していた魔王と過ごした数日。大筋はエイクだけれど、あの数日だけはエイクでもビクトでもカルツでも存在しなかった。
そして。賢者と義賊がエイク。聖女がビクト。軍師がカルツ。皆それぞれバラバラだけど、それでも1つ共通しているのは義賊ラドロが聖女メレリアにぞっこんだったという事。彼はずっと、どんなルートでも一途だった。
そんな彼が一生懸命になるとしたら、それは聖女の為だ。……あとは恩人の賢者の為かな。後者を義賊本人は絶対に認めようとしないだろうけれど。
だから、多分。今回もそうなんだと思う。
事情は良く知らないけれど、間違いなくラドロヴォールはメレリアの為に動いた。
まぁ、でも。そこらへんは本人同士の領域。他人の恋路に外野がとやかく言うべきじゃないと思うわけで。
「まぁ、でも。かつて共に戦った身としては。ラドロが裏切るなんて事は絶対に無いと思うよ。何かのすれ違いじゃないかな。落ち着いてゆっくり話し合えば誤解も解けるよ」
「……そうでしょうか」
「この後で重要な話があるって賢者さんが言ってたし、多分そこで事情は聞けるはずだよ」
……でも、ボクもちょっと良く分からない。何が起きてるんだろう。
“前回”の時から聖女が何か大きな秘密を抱えているのは知っていた。けれど、踏み込もうとしたところで賢者に止められたのを思い出す。
そんな事情を色々と知っていそうな賢者が用意した話し合いの席。間違いなく、多くの未知を知る事になるだろう。きっと、良い話も悪い話も両方。
それでも。ボクも立ち止まるわけにはいかない。エイジだって頑張っているんだ。ボクもより良い未来を…“前回”では掴めなかった最高のハッピーエンドを目指していく。
「……? どうしたのですか、エスリム?」
「……ううん。何でもないよ。ただちょっと、ある約束を思い出してたんだ」
「約束、ですか……?」
……ボクも頑張るから、キミも生き抜いてね。あの日、雪の上で最後に交わした約束が果たせるように。
そんな風に思った直後のことだった。
ボクたちの背後から話しかける、少女の声が聞こえたのは。
「ねぇ、そこにいるのは勇者エスリムさんと聖女メレリアさん?」
「…っ!」
「何者ですかっ!」
咄嗟に飛びのいて振り向き、聖剣グラヴィテスを抜き放って構える。
聖女も同様に『聖天使』を発現させる。……場所が場所だから大きさは2メートル程に抑えているけれど、それでも決して能力は劣っていない。
ボクも聖女も全力の警戒。決死の構え。
「うん、良い反応。流石と言っておくべきかな」
そこにいたのは少女。
銀髪と白い肌、そして赤い瞳。精巧に出来た人形のような、美しく可愛らしい少女だ。
けれど、何故だろう。
ただただ身体が震える。武者震いじゃない。そう、これは純粋な恐怖による震えだ。
滅龍アドラゼール……いや、もっと。或いは、最終決戦の時の魔王エイジすら超える絶望的な力を感じる。
「キミは一体……? これだけ威圧的に魔力を放っている以上、味方というわけでは無さそうだけれど」
「うーん。味方と言えば味方のはずだよ。貴女たちの事だって何度も助けてあげてるし。……まぁ、でも。私が味方しようと思える存在は世界に1人だけだから、結局は敵になるのかな。うん」
ボクたちを助けた?
……駄目だ。必死に記憶を引っ繰り返してみても、彼女のような女の子と出逢った覚えはない。それは“前回”を含めても同じ。
返って来た答えは良く分からないモノだったけれど、でも彼女自身が“敵”と明言している。
となれば。
「出来れば退いて欲しい。敵だというのなら、ボクはキミを斬らなきゃいけなくなってしまう」
聖剣を見せつけるようにして脅しをかける。
でも、多分だけれど。傍から見たら小動物が毛を逆立てて肉食獣を威嚇しているみたいに見えるんじゃないかな。
勿論、小動物がボクの方で……
「出来るものならやってみなよ。無駄だと思うけど」
……肉食獣が彼女だ。
それでも。ボクは勇者だ。たとえ、彼我の実力差すら分からない強大な相手であろうとも、引く理由にはならない。
見た目はボクより年下の少女。本来なら、手加減して気絶させる程度にしておくべきだ。でも、彼女に対して手加減なんてしている余裕はない。
ここは彼女の実力を信じて、本気で……!
「……え?」
剣が動かない。足が踏み出せない。
恐怖による硬直? いや違う。これはもっと強制的なモノだ。ボクはこれと似た力を何処かで……。
「聖天使、二之法――……え? これは、一体どういう?」
メレリアも最大威力の一撃を放とうとするが不発に終わる。
ボクとは違って動く事は出来ていた。けれど、発動の直前になって全ての魔力が霧散するように掻き消えたのだ。
「魔法も魔術も私には通じないよ。全て元を辿れば私のモノだし」
一体どういうこと……?
何も分からない。何1つさえ。
「貴女たちには聞きたいことがあったの」
いや、待って。今のボクを押さえつける謎の力。これをボクは何処かで経験している。
そう、確かこれは契約魔術の契約に反そうとした時のような……まさか!?
「ねぇ、勇者さん。兄ちゃんを刺し貫いた時どうだった? 楽しかった?」
やっぱり、そうか。
彼女がエイジの妹、ウア。ウア・ククローク。
そうか、彼女はボクを憎んでいるのかもしれない。いや、きっとそうだ。
……言い訳はしない。ボクは“前回”で彼女の兄へと剣を向けたのだから。
「ねぇ、聖女さん。兄ちゃんの唯一の右腕を吹き飛ばした時どう思った? 楽しかった?」
「貴女が、妹? そんな…そんなはずが……」
なんだろう? メレリアの様子がおかしい。動揺の仕方が普通じゃない。
心配だ。けど。今は何より、この目の前の存在に注意を向けなければ。
「……キミがウア、なのかな。そうでしょ?」
「正解だよ、勇者さん。けれど、質問に質問で返すのは駄目なんじゃなかったかな。私の質問にも答えて欲しいのだけど?」
「……そうだね。ごめん、キミの言う通りだ」
思い出す。魔王軍の本拠地に乗り込み、エイジの心臓を聖剣で貫いた光景を。感触を。
先日のレウワルツでの一件を踏まえると、あれは幻覚の類だったのかもしれないけれど。そんな事は関係ない。
今思い出しても、あれは……
「最悪の気分だったよ。あの時、ボクは全然楽しくなかった。凄く凄く悲しかったんだ」
「ふぅん。なのに殺そうとしたんだ。殺すつもりで心臓を突き刺したんだ」
「言い訳はしない。ボクはボクの道を、彼は彼の道を貫いた。その結果があの結末だった」
会話をしながら、懐の夜想石に魔力を通していく。こうすればエイジにも会話が聞こえるはず。
彼女の行動がエイジの想定の範囲内なのか範囲外なのか。彼女がエイジの敵なのか味方なのか。何1つ分からない。
けど、あれだけ必死に探していたエイジに伝えないという選択肢はない。
……それに。ボクが分からない事でも、きっとエイジなら答えを見つけ出すだろうから。
「させるわけないでしょ。殺し合いをしておいて、恋人の真似事とか図々しいにも程がある」
駄目だ。長そうとした魔力が消えていく。
……違う。これは、効力を失っている?
「……本当。ヒトの感情って分からない。何で兄ちゃんは、こんな奴らのことを」
分かった。何も分からないけれど、魔法も魔術も無駄だという事は理解した。
それに剣も振るえないのなら、もうボクたちに抗う術はない。
今は言葉を交わす事しかボクには出来ない。
「エイジがキミを探していたよ。世界中を敵に回しながら、必死にね」
「知ってるよ。私の兄ちゃんは最高だよね」
……なにこれ。なんなのコレ。
たった1度の応酬で理解できてしまう。
会話が致命的にかみ合わない。ズレている。思考や価値観がボクたちと明確に異なっている。
「……キミの目的は、……ううん。願いは何?」
「兄ちゃんが幸せになること。それだけだよ」
「幸せ……?」
「……まぁ、でも。そもそも私にヒトの幸せなんて分からないんだけどね」
「それは、どういう……?」
奇妙な返答を更に聞き返そうとして、そこで今まで不自然な程に口を噤んでいたメレリアが口を開いた。
「貴女は! 貴女は一体何者ですか! 」
彼女らしくもなく言葉を荒げてメレリアは尋ねる。
ここまで感情を昂らせた彼女は、“前回”“今回”通して初めて見た。
「私はウア。ウア・ククローク。エイジ・ククロークの唯一無二の妹だよ、メレリア・ククローク」
……え? どういうこと?
メレリア・ククロークだって?
そう呼ばれた聖女を見れば、否定する様子は見受けられない。一体どういうことなの?
「貴女が妹であるはずが……だって、妹は……」
「うるさいなぁ、もう。ちょっと黙っててくれる?」
そう少女が…ウアが言うと、それきりメレリアの声は聞こえなくなってしまった。
口をパクパクとするだけで、音が出ていないのだ。
「さて、と。勇者さんとのお話の続きを…………あ、まずい。ヒトが近づいてきてる。本当はもっと聞きたいことがあったけれど……まあ、いいや」
すると、銀髪の少女はニコリと笑って告げたのだ。
「とりあえず、消えてもらうね」
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