Chapter 6: “Quest”
1話 胎動する神話
◆◆◆
はじめに“創造神”がいた。
創造神は招いた。異界より を。その数は八であった。
八の は力を授かった。其は交換の力。偉大な力。
八の は再現した。遠き彼の地を。
大地。天空。大海。草木。獣。そして我々。全てをつくった。
――『創世の書』原典。第1章。
◆◆◆
最初に“創造神”がいた。名は伝わっていない。初めから無かったのだ。
次に“8柱の神々”が迷い込んだ。名は伝わっていない。消されたのだ。
――『契約の書』原典。第1章1節。
◆◆◆
一の神、最も優れし知恵の神。神々まとめて世界を創る。
二の神、最も強き武力の神。神々鼓舞して世界を守る。
三の神、最も美しき無垢の神。神々癒して世界を彩る。
四の神、最も優しき愛の神。神々想いて行く末を憂う。
五の神、最も気高き道徳の神。神々諫めて法を定める。
六の神、最も弱き勇気の神。神々 全てを捧げる。
七の神、最も賢しき幸運の神。神々離れて彼の地を目指す。
八の神、最も卑しき悪逆の神。神々裏切り最後に嗤う。
――『ヒルアーゼの福音書』原典。第3章『神々の黄昏』26節。
◆◆◆
少年と吸血鬼が去った禁書庫にて。
乱立する無数の巨大な本棚。その中でも一際大きな棚の上。そこで様子をずっと伺っていた存在がいた。
それは一人の女。
女は腿の付け根まで晒した生足を妖艶に組みながら、妖艶さの欠片も無い笑い方でケラケラと笑っていた。
「ケケケ。オイオイ、オレらの王様は大丈夫かよォ。妹の一人や二人の真贋程度で動揺し過ぎじゃないかァ? 時間に限りがあったってェのもあるが、神話関連の本を殆ど読んでないじゃねェか」
「それだけ兄ちゃんにとって“妹”が大きい存在なの。……腹立たしいことにね」
女の呟きに応じる少女の声。
その声の主は、先ほどまで何も無かった空間から現れた。
「……あァ? 愛されてるって事で嬉しいんじゃねェのかよォ、他ならぬ妹サマからすればさァ?」
「愛なんて嫌い。大嫌い。愛するのも愛されるのも嫌い。愛があるからヒトは…兄ちゃんは不幸になる」
「はァ?」
唐突に現れた銀髪の少女に対し、青い肌の女は一切の驚愕を示すことなく会話を続けていく。
まるで、傍にいるのが当然の友人へと話しかけるように。
「貴女なら分かるんじゃない? 貴女たち8人を切り裂いた最大の原因の1つでしょ?」
「……成程。そういうことなら、一理あるわなァ。だが、この世界にオレたちを呼び込んだ元凶が言う事かよォ」
「あれは事故。貴女たちが勝手に迷い込んだだけ。その後の事は全て貴女たち自身の選択の結果でしょう?」
「……ま、その通りなんだけどなァ。それでも容易に納得できねェのが、人の心ってヤツなんだろうぜェ」
「そんなの私が知った事じゃない」
「ケケケ、違いねェや」
そこまで言葉を交わして、女は…今はウルヴァナと名乗る者は、腕を組んで嘆息した。
「しっかし、このまま神話知識抜きで進まれたらよォ、妹サマだって困るんじゃねェのか?」
「どうして?」
「魔王サマが妹サマの所まで来れねェかもしれねェだろォ」
「それは無いよ。その程度の欠落で兄ちゃんは止まらない。絶対に」
「へェ、ってことは、そういう“前回”もあったのかァ。純粋に凄ェなァ、我らが魔王サマは」
「うん、私の兄ちゃんは凄い。本当に。だから困ってるんだけどね」
「……何がしたいんだァ、妹サマよォ」
「兄ちゃんを幸せにしたいんだよ。それだけ」
「駄目だこりゃァ、会話にならねェ」
そこで女は少女を理解する事を完全に放棄した。
遥か昔にも同様の判断をしている故、ただの確認作業に過ぎなかったのだが。
「……ならよォ」
そして。女は話題を変えるように口を開いた。
しかし。
「この燻る感情はオレの未練って事かよォ」
呟く女の表情は苦々しく苛立たし気で、常に浮かべていた笑みが消えている。
「どうしたの? 貴女が笑っていないなんて珍しい」
他者の感情が分からない少女すら指摘する程に、それは異常な事であった。
何故ならば。自称“快楽主義者”の女は、千年以上もの間、笑顔を絶やしたことが無かったのだから。
「神話が不要って言われてもよォ、なんかモヤモヤするんだよなァ。やっぱり、誰かに……他ならぬ魔王サマに知ってもらいてェんだろうなァ。オレたちの真実をさァ」
「貴女が徹底的に歴史から消したのに? それに、兄ちゃんをはぐらかしたのも貴女自身でしょう?」
「だからオレも困惑してんだよォ。とっくに吹っ切れたと思ったんだけどなァ」
「……ねぇ、貴女はどうして兄ちゃんに手を貸していたの? 政治やら戦争やらと距離を置き続けていた貴女が、曲がりなりにも臣下として忠誠を誓っていたのは何故?」
「そんなのテメェなら直ぐに分かんだろォ。読心やら共感やらの魔法だって使えるんだろうが。勝手に心を読めやァ」
「じゃあ聞くけれど、貴女は知らない言語の本を解読できる? ……いえ、もっと酷い。心が読めるからって習性として共食いをする昆虫の思考が理解できる?」
「オレらは昆虫かよォ」
「あくまでも例え話だけど。でも、私からすればヒトの思考はそういう領域なの。まだ言葉にしてもらった方が、納得は出来なくても理解はできる」
「なるほどなァ。……ま、そういうことなら答えてやるよォ」
一度言葉を区切ったウルヴァナは、その金の瞳を静かに閉じる。
そして一度深く息を吸って吐くと、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
彼女本来の口調で。
「……アイツに似てたから。弱くても、何も無くても。自分に出来る事を必死に探して探して。挙句の果て、自分を擲ってでも走り抜ける。その姿が、アイツに重なった。だからきっと、私は魔王の配下となったんだ」
「アイツ?」
「極光龍なんてェ大層な名前で呼ばれるようになった、あの馬鹿の事だよォ」
彼女の口調が変わったのは、その一度だけ。
続く言葉は、既に元の妙な口調に戻っていた。
「極光龍……あぁ、あのトカゲ」
「ケケケ。トカゲって酷ェな。……さっきの対価ってわけでもねェが、オレの質問にも1つ答えて貰って良いかァ?」
口調が戻ると同時、ウルヴァナは普段通りに笑い始める。
どこか無理をしているような。正しい笑い方を忘れてしまったかのような笑い方で。
「良いよ。等価交換。それが世界の絶対の法則だから」
「じゃァ、遠慮なく。まさか無ェとは思うが、オレが魔王サマとキャッキャウフフな関係になった“前回”って存在したのかァ?」
「……よりにもよって、その質問。でも、答えるって約束しちゃったし答えてあげる」
「オイオイオイオイ。ちょっと待てェ。その反応、まさかァ……」
珍しく動揺を露わにするウルヴァナに構わず、銀髪の少女は淡々と言葉を続けていく。
「……最悪な事に、あったの」
「げェ! マジかよォ。ケケケ。何がどうしたら、そんな奇妙奇天烈な状況になるんだァ?」
「甘い要素は皆無だったけれどね。でも事実だよ」
「“前”のオレは一体何を考えてたんだァ……待て。じゃァ、何か? オレも消されちまうのかァ?」
「幾億回も繰り返された“前回”の中には、そういう事もあったというだけの話。たった1度だけだったし、誤差の範疇として見逃してあげる。“今回”で兄ちゃんに色目を使わない限りは、という条件付きでね」
「ヘイヘイ、重々気を付けますよォっと」
そこで女は立ち上がり、腕を前で組んで伸びをする。
何か大きな事をする決意を固めるかのように。
「……どうするつもりなの?」
「妹サマと話していて思いついた…ッてより、思い出したことがあってなァ。オレは約束で語り部にはなれねェが、もう1人適任がいるってよォ」
「あぁ、成程。あのトカゲね」
「正解だァ。あの寝坊助を千年の眠りから目覚めさせる。そう決めたァ」
「別に構わないけど。私は手を貸さないよ」
「んなこたァ分かってる……待て。まさか魔力が使えなくなるってェ話かァ?」
「そこまではしないよ。その程度は許してあげる」
「ケケケ。そりゃ有難い。んじゃまァ、互いに頑張ろうぜェ」
「互いに?」
「詳しくは知らねェが、オレはアンタをそこそこに応援してるってェ話だァ」
「……そ。心の底から要らないけど、一応感謝はしておく」
「ケケ。それじゃあなァ」
そう告げて。ウルヴァナは姿を消した。
霞のように跡形も無く。音も無く。
「笑い方も口調も一人称も振る舞いも、魔術も戦い方も、その肉体すら借り物の継ぎ接ぎ。千年以上昔の約束やら何やらを未練がましく引きずって。それで何処を目指すのか」
誰もいなくなった書庫で、銀髪の少女は呟く。
どこか歌うように。朗々と。
「正直、本当にどうでもいいけど。でも、長い付き合いだからね。見届けるくらいはしてあげるよ、
そして少女も姿を消す。
書庫は再び、無人の静寂を取り戻したのだった。
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